「ふてほど」の正体

矮凹七五

第1話 「ふてほど」の正体

 第一線を退いてから一年目。

 会社勤めしていた頃と比べると、テレビを見る機会が明らかに増えている。

 そりゃそうだ。自分の時間が増えた上、たいして趣味を持っていないのだから。

 報道すべきことを報道しないニュース番組、原作者をないがしろにしたドラマ等、問題があるゆえ、批判されている番組は少なくない。

 だが、そんな思わしくない番組とは別に、面白くて良質な番組も結構あるので、ちょくちょく見ている。今も、こうして椅子に腰かけて、ダイニングキッチンにあるテレビを見ている。

 さて、そろそろ夕飯だ。

 俺の目の前には、妻が運んできたばかりの料理がある。

 俺が「いただきます」と言おうとした時、テレビから「今年の流行語大賞は『ふてほど』に決まりました」という、アナウンサーの声が聞こえてきた。

 知っている。

 少し前にスマホで同じニュースを見たからだ。

「ふてほど」とは『不適切にもほどがある!』というドラマの略称のことだが、今日、初めて知った。

 このドラマは俺も妻も見ていたし、確かに面白いのだが、この略称は一度も使ったことがない。

「この言葉、主演俳優ですら使ったことがないらしいわよ」

「そうなのか?」

「ええ」

「それ、どこで知った?」

「スマホでニュースサイトを見て知った」

「そうか。やはり、スマホで知ったか。今年は『闇バイト』が相応しいと思ったんだけどな。なんで選ばれないどころか、ノミネートすらされなかったんだ?」

「去年ノミネートされたからとか、ネガティブだからとか、そんな理由なんじゃないの?」

「それはそうとして、ドラマがヒットしたとはいえ、俺達が聞いたこともない言葉が、なんで選ばれたんだ?」

「審査員の趣味なんじゃないの?」

「だとしたら、ずいぶん自分勝手な連中じゃないか。こんな流行語として不適切な言葉を……あっ!」

「どうしたの?」

「わかったぞ! なんで、この言葉が選ばれたのか! 奴ら、流行語そのものを作りたいんだ! めぼしい流行語がなかったから、あえて、あまり使われていなさそうな言葉を選び、たくさんの人間にツッコミを入れてもらう。こうして何回も使ってもらうことにより、結果として流行語となる。これが奴らの狙い。いわゆる炎上商法と一緒だ! こんな言葉、使うわけにはいかん! 使ったら、奴らの思うつぼだ! 使いたくなったら、伏字や隠語にすべきだ! 例えば『禁語2024』とかな! もし、使ってしまったら、けつあな確定だぞ!」

 思えば去年の「アレ(A.R.E)」も理由は同じだったかもしれん。去年なら「増税メガネ」の方が相応しかったのに、何だかんだ理由を付けて選ばれなかった。

 奴ら、気に食わない言葉は選びたくないのだ。

 近年、ネガティブな話題が多い。

 こんな世の中だからこそ、明るい言葉を選びたいのだろうが、だからといって、世相を反映していない言葉は、選ぶべきではない。

 こんな言葉を選ぶ審査員こそ、ふて……いかん! いかん! 俺がけつあな確定になってしまう! どうせ入れるのなら、座薬にしてくれ。痔主じぬしだし。

 さて、俺が使った「けつあな確定」という言葉。

 一昨年出てきた言葉で、当時は流行語大賞どころか、ノミネートすらされなかったが、奴らが選ぶ自称流行語よりも、こちらの方がよっぽど流行っていたように思える。

 もちろん、ノミネートされなかった理由は、お察しだが。

 いかん、いかん、脱線してしまった。

 心の中でだが、言い直そう。

 こんな言葉を選ぶ審査員こそ、「禁語2024」なのではないか?

 即刻、審査員を入れ替えるべきだ。それも全員な。

「それはそうと、あなた……」

「何だ?」

「ご飯、冷めるわよ」

「……いただきます」

 俺は手を合わせておじぎをしてから、箸を手に取った。

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