ー3ー

 作戦会議を終えた僕たちはその日の仕事そっちのけで、ゲーム最後の大イベントの開始まで水鏡みかがみでレオーネたちを見守った。

 そして、夜が更け……、討伐前夜1イベントが始まった。

 牢の扉越しに二人の会話が始まる。ガウェインといえども禁忌の存在であるレオーネとは扉越しで話しをする決まりだ。と言っても、やはり乙女ゲームの世界。これまで何度か人払いをし、部屋で二人きりの時間を過ごしている。

 ノーマルEndに入ったら僕の仕事はない。代わりに二人に幸せも訪れない。

 複雑な思いで僕はレオーネの選択を待った。

 明日の討伐にレオーネにも出てもらうとガウェインが伝えた後、『成果を挙げれば、私は自由になれますか?』と言うとノーマルEnd。

 だけど、魔物に家族を奪われた悲しみを知るレオーネは自身の保身に走る真似はしなかった。


【先頭に立たせてください】


 レオーネは、自ら前線を願い出た。

 つまり、ノーマルEnd回避。


【そうか……。実は、あなたには先頭に立ってもらいたいと言うつもりだった……。志願してくれて、ありがとう】


 二人の会話が途切れたタイミングで、兵士が一人階段を駆け下りてきた。


【ガウェイン様! アレックス様がお呼びです】

【わかった。レオーネ、また来る】


 シナリオ通りにガウェインがレオーネの元を離れ、階段を上っていく。


伽琉磨かるま、準備!」

「わかってる!」


 僕はすぐにゲーム世界に入った。

 牢獄棟の裏に降り立つと、はやる気持ちに足をもたつかせながら入口にまわった。ガウェインと兵士の後ろ姿と入れ替わりに、交代要員の衛兵Bが棟の中に入っていく。僕は足音を忍ばせつつも駆け寄り、躊躇ためらいなく衛兵Bの後頭部に手刀を入れた。武闘派では決してない僕だけど、もう何度も衛兵に成り代わっているせいで、気絶させるのに慣れてしまった。

 気絶した衛兵Bの着ている制服と武器を拝借する。薄着で申し訳ないけれど、入り口付近にある掃除用具入れにおさまってもらう。

(ちょっとだけ、ごめんね)

 心の中で詫びを入れ、僕は急いで制服を羽織って整え、レオーネのいる地下に歩みを進めた。


「遅くなったな。交代だ」


 少しだけ低い声を出して、衛兵っぽさを出す。交代相手の顔なんて覚えていないのは把握済みだ。顔は隠さず、むしろ堂々と振舞う方が怪しまれない。


「あぁ、もうそんな時間か」


 僕の姿を見て、衛兵Aは少し姿勢を崩した。任務から解放されて気が緩んだようだ。


「明日の討伐部隊のことは聞いたか?」


 早速会話が始まった。僕は、「あぁ」と相槌を打つ。


「リアン様が選抜された魔術師団とガウェイン様率いる騎士団も行くらしい。紅蓮ぐれんの魔女一人ではさすがに倒せないかもしれないが、何もガウェイン様まで前線に行かれなくても……」


 小さく溜息を零す衛兵A。

 ガウェインは若い兵士たちから慕われている。彼が騎士団をまとめる前は下級兵を暴力で従わせるような部隊長や自分に都合のいい者を重用するような歪んだ上下関係が多く成立していた。実力で騎士団長の座に就いたガウェインは徹底的に古い体質を排除し、節度ある騎士団に作り替えた。

 だから若い兵士にとってガウェインは希望の星のような存在で、いなくなってもらっては困る存在なのだ。

 危険な前線に立って万が一のことがあったら……。その気持ちもわかる。

 だけど……。


「ガウェイン様が前線に出てくださるなんて、こんなに心強いことはないだろう。紅蓮の魔女もいるし、あのリアン様が選抜された魔術師団もいる。きっと無事に魔物を退治できるに違いない」


 琳祢りんねと用意したセリフ。

 でも、本心だった。

 ゲームがスタートしてからレオーネだけでなく、メインキャラたちの人となりも見てきた。ガウェインはちょうを任されるに値する実力と人望を持っているし、リアンは変わり者の研究家だけど、レオーネを除くと魔術で右に出る者はいない。

 頼りになる存在がレオーネの傍にいてくれる。だから大丈夫だと、僕は心から言った。


「そうか。確かに、そうだな。ガウェイン様が魔物ごときにやられるわけがない」

「あぁ、そうだ」


 衛兵Aは僕の言葉に納得したように頷くと、「あとは頼んだぞ」と僕の肩を叩いて階段をのぼっていった。

 後姿を見送って、僕は静かに息をつく。

 レオーネは今の会話を聞いていただろうか。

 不安と緊張でうるさい心臓をなんとか落ち着かせようとしていると、ガウェインが戻ってきた。

 敬礼をすると、「ご苦労」と低く響く声でねぎらわれる。こういう一面も人気の一因なのだろう。


「私が見ているから少し席を外していいぞ」

「は!」


 もとのシナリオ通りガウェインに退席を命じられた僕は、もう一度敬礼をして、階段をのぼっていく。


「レオーネ、もう少し話せるか?」

「えぇ」


 二人の声を背後で聞く。階段をのぼりきると、僕は急いで制服を脱いで掃除用具入れでのびてる彼に掛け、武器も傍らに立てかけて、水鏡の間に舞い戻った。


「おかえり。いい感じなんじゃない?」

「ほんと? ならよかった」


 琳祢に並んでゲーム世界を覗く。


【明日のことだ】


 ちょうどガウェインが本題に入ったところだった。


【あなたが先頭に立つことになってはいるが、決して無理をせず周囲を頼ってほしい】

【ありがとうございます】


 さぁ、最初の選択だ。ここで『ですが、私が食い止めればいいだけですから』以外の言葉を発してくれれば……。


【ですが、私は私にできる精一杯で戦います】


 僕は拳を握る。第一関門突破だ。


【一人で戦うわけではないのだから、気負う必要はない。リアン殿たちもいるし、私も前線に立つ】


 次だ。二回目の選択。


【私は魔物に家族を奪われる悲しみを知っています】


「よし!」


 思わず声が出た。

「今ので大丈夫だよね」と隣を伺うと、琳祢は力強く頷いた。


【なんとしてでも被害を最小限に抑えたいのです】

【あなたの心意気は有り難いが、生きて帰って来るんだ。功績を認められれば、今よりも自由な身になれる可能性がある。それに、あなたが死んでしまったら悲しむ者がいるかもしれない……】

【そんな人、いません……】


 僕たちが話している間も二人のやり取りは進む。


「もう大丈夫そうね」


 琳祢が息を吐くのと同時に僕も安堵の溜息を零す。

 この後は、ガウェインが想いを伝え、それにレオーネも応えるというやり取りになるはずだ。二人にとって大切な会話。僕たちがじっと見ているのはさすがに野暮というものだ。


「おつかれ」

「おつかれさま」


 僕たちはどちらともなく手を出して握手した。


「今まで、本当にありがとう」

「どういたしまして。私も最後まで見守れてよかったわ」

「僕も。すごくホッとしてる」


 ゲームとしての最終局面は明日だし、そもそも魔物を討伐できるかどうかもわからない。だけど、僕たちにできることはここまでだ。それにレオーネたちなら大丈夫だと信じている。


「遅い時間だけど業務に取り掛かろうか」

「そうね。今日は一日こっちにかかりっきりだったものね」


 さぁ、通常業務に戻ろう。

 僕たちは水鏡の間から仕事部屋に向かって並んで歩きだす。

 

「ね、そういえば前から気になってたんだけどさ」

「なに?」

「魂の思念から転生先を選ぶけど、ただただゲームするのを楽しみにしてたり、ゲームのこと考えてただけでも強めに思念が残る可能性あるよね」

「そうね」

「今のルールで転生先を選ぶのって、正しいのかな……」


 新たな生を受ける場所が決まるのに、魂はそれを知らない。

 僕の素朴な疑問を受け、琳祢が顔を歪めた。


「あんた、今更それ言う?」

「いや、ほんとに今更ではあるんだけど……。なんだかシステムとして良いのかなぁって」


 琳祢が「言いたいことはよくわかるわ」と溜息交じりに言う。


「正直単純すぎるし、ゲームへの転生をOKとしていることで日本の人口にも少なからず影響が出てる。微妙なルールだと思うわ。

 でも、私たちにできることはしっかり座標を設定することと、見守ること。そして転生者たちが幸せに生きてくれることを冥界から祈ることのみ」


 有無を言わせぬ琳祢の物言い。

 後半部分は僕も全く同じ思いだ。


「そうだね。ゲームの世界だろうと地球だろうと幸せに生きてほしいよね」

「そうそう」




  -*-  -*-  -*-




『転生先の座標を設定して、あとは生まれるのを見守るだけ。簡単でしょ、伽琉磨』


 十九年前、新人の僕に琳祢が言った言葉。

 確かに作業自体は簡単かもしれないけれど、責任のとっても重い仕事。それが僕たち神使しんしの役目。

 彼女が僕のミスの回避に十九年も付き合ってくれたのは、彼女自身の懺悔ざんげもあったんだろうなと思っている。絶対はぐらかすから訊かないけど。


「さて、もう遅いし、ちゃっちゃか仕事するわよ」

「了解」


 僕はレオーネ以来、座標設定を間違ったことはない。それもこれも二人体制になる前から琳祢がこっそりダブルチェックをしてくれているおかげだ。

 頼もしい相棒と一緒に、今日も魂の願いを聞くところから僕たちの仕事は始まる。

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転生者を見守る簡単なお仕事? ~R18乙女ゲームに転生させてしまいました~ 朝凪なつ @asanagi-n

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