第3話干渉
すばるの母親は、父親の暴力から息子を守るために、徐々に過干渉な態度を取るようになった。それは、彼女自身が絶望の中で絞り出した「唯一の方法」だったのだ。
「すばる、この服を着なさい。明るい色は目立つからダメよ。」
母親はそう言いながら、すばるのクローゼットから地味な色の服だけを選び出す。彼が選びたがっていた鮮やかな青色のTシャツは無言で棚の奥に押し込まれた。
「どうしてこれじゃダメなの?」
幼いすばるがそう尋ねても、母親は決してはっきりと答えなかった。
ただ、「お父さんの機嫌を損ねないため」とも「余計な注目を集めないため」とも取れる曖昧な説明を繰り返すだけだった。
母親の干渉は、服装だけにとどまらなかった。
食事の時間、テレビのチャンネル、学校での行動に至るまで、彼女はすべてをコントロールしようとした。
「学校では、先生に逆らうようなことを言っちゃダメよ。とにかく大人しくしていなさい。」
「友達に何か言われても、反論しなくていいの。波風を立てるのが一番危ないから。」
母親の声は優しげではあったが、その裏にはどこか押し付けがましい響きが混じっていた。
すばるが「わかった」と頷けば、それだけで母親は安心したように笑顔を見せた。
だが、その笑顔を見るたびに、すばるの心の中には「自分の意見は必要ないのだ」という感覚がじわじわと染み込んでいった。
母親の干渉が強まるほど、すばるの自由は奪われていった。
彼が「友達と遊びたい」と言えば、母親は「今日はやめておきなさい。家で静かにしていればお父さんも怒らないから」と答えた。
父親が出張で家にいない日でも、「出かけると何か危ない目に遭うかもしれない」との理由で家に閉じ込められることが多かった。
すばるが友達の家に遊びに行くことを許されるのは、事前にその家庭の親と母親が話をし、場所や時間を細かく確認した後だけだった。
「約束を守らなかったら、二度と行かせないからね。」
母親のその言葉が頭に残り、すばるは遊びに行くたびに緊張し、楽しむ余裕すら持てなかった。
母親の過干渉は、彼女自身の疲労を募らせていく結果にもなっていた。
父親の暴力を防ぐために日々神経を張り詰め、息子を守るために全力を注ぐ生活は、彼女を限界まで追い詰めていたのだ。
「すばる、あなたがもっといい子でいてくれたら、お父さんも怒らないのよ。」
そう呟いた母親の顔には、疲労と絶望の色が濃く浮かんでいた。
すばるはそれを聞いて胸が苦しくなった。
自分が悪い子だから、母親がこんなにも苦しんでいるのだと思わずにはいられなかった。
母親の干渉は、いつしか彼の行動全てを縛り付けるものとなった。
学校の宿題をする時間、遊ぶ時間、寝る時間、すべてが母親によって決められていた。
すばるが「もう少し起きていたい」と言えば、母親は「夜更かしするとお父さんが怒るよ」と答えた。
すばるが「友達と話したい」と言えば、「余計なことを話すと問題になるからやめなさい」と諭された。
そんな日々の中で、すばるの心は少しずつ縮こまっていった。「自分で考えて行動する」ということが何なのか、彼は次第に分からなくなっていったのだ。
それでも、母親の行動には確かに愛情があった。彼女は自分なりに、すばるを守るために最善を尽くしていたのだ。
だが、その愛情の形は、すばるにとっては「自分のことを信じられない」という感覚を植え付けるものだった。
母親の指示に従うことで、父親の怒りを回避できたとしても、そのたびにすばるは「自分では何もできない」という思いを深めていった。
「お母さんが言う通りにしていれば大丈夫だから。」
母親は繰り返した。その言葉に、すばるは頷くしかなかった。
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