第5話 異世界_エルフの世界1

「何が起きているか理解できないよ。だけど、もしかすると青い結晶がダンジョンを安定させていたのか?」


 今俺は、子犬を抱えて迷宮ダンジョンの出入り口──ゲートを目指していた。

 とにかく走る。

 走りながら考えるけど、もしかしたら迷宮ダンジョンが閉じようとしているのかもしれない。壁・天井・地面が、生き物のように蠢いている。まるで生物だ。

 これは前代未聞だと思う。


 走っていたのだけど、通路が塞がってしまった。退路を断たれた状況だ。

 迷宮ダンジョンの壁は、セラミックみたいな質感だったけど、もう生物の体内に閉じ込められたように脈動している。

 こんなのは、学校の座学でも習っていない。

 ここで子犬が、口からレーザー光線を放った。

 とりあえず、出口までの道ができたので躊躇わずに飛び込むことにした。


 全力で走る。昨日までは考えられない体力とスピードだ。


「外部からエネルギーを得られる……。こんなにも違うのか」


 後少しの所まできたが、足を取られた。トラップみたいだ。その部分だけ、地面が柔らかい。

 沼地に踏み込んだみたいに、膝まで埋まる。

 そして……、『グキ』っという、鈍い音が膝から鳴った。


 迷っている暇はない。俺は子犬を投げて、ゲート前まで届けたのを確認した。


「わんわん!」


「お前だけでも逃げろよ!」


 俺の体が、迷宮ダンジョンに埋もれて行く。

 親には悪いけど、ここまでかな。

 『適正者』認定されたんだし、迷宮ダンジョンで死亡するのは覚悟していた。

 そして、殉職した場合は、国から多額の保証金が出る。


(両親は、喜ばないだろうな。せめて、弟か妹がいれば話が違ったんだけど)


「わんわん!」


「逃げろよ? そして、俺の死亡を伝えてくれよ」


 まあ、さっき出会ったばかりの子犬がどうやって伝えるのかって問題はあるけど、置いておこう。

 一応、メールで迷宮ダンジョン探索することは、両親に伝えてある。

 警備会社にも連絡してあるし、手続きに不備はなかったはずだ。


「運が悪かったか、欲をかき過ぎたか」


 頭まで迷宮ダンジョンの壁に沈んで、呼吸ができなくなり、そこで意識を失った。

 窒息かな……。





「はっ!?」


 俺は起き上がった。


「***********」


 声の方向を見る。


「エルフ!?」


 迷宮ダンジョンでまれに会う、仮の霊長類に分類される種族だ。

 かなり好戦的なのが知られている。

 国はエルフ族などの亜人種を捕えて、意思疎通を試みているみたいだけど、不可能と判断している。

 友好どころか、意思疎通もできない。それが世界の共通認識だと思う。


 だけど、俺を手当てしてくれている……。特に右足の膝が動かせないので、立つことすらできない状況だけど、防御の構えをとる。美醜の問題じゃなかった。本能的な判断だ。


 ここで、青い結晶を出してきた。何かを伝えたいみたいだ。

 俺は、右手に青いエネルギーを集中させた。まだ、名称がないんだよな。

 エルフの──女性は、俺の右手を掴んできた。


「言葉は分かりますか? あなたの脳に直接語りかけています」


 驚いていしまう。〈魔力〉と〈闘気〉にそんな力などない。


「この青い力は、何なのでしょうか?」


迷宮ダンジョンを支える力です。極まれに、体内に取り込める存在がいて、異世界との『交渉役』を求められます」


 答えてくれた? だけど、話の内容は理解できない。

 それと、『交渉役』? 迷宮ダンジョン内で出会った、知的生命体は凶暴で襲って来ると座学で習った。

 ゴブリンとかオーガとかだけじゃない、エルフとか亜人、魔人とも交渉できなくて、捕まえては隔離処置を施していると聞いたことがある。


「……あなたの思考を読みました。あなたの世界は、まだ異世界が接続されたルールを知らないのですね。もしくは、秘匿されているのか……。安心してください、青い結晶を取り込んで〈霊力〉を得た貴方には、危害を加えるつもりはありません」


 今は信用するしかない。体が動かないし、帰り道も分からないんだ。


「わふぅ~ん」


 ここで、子犬が部屋に入ってきた。


「この子犬ですね、あなたを導いたのは。〈霊力〉を扱える魔物モンスターはどの異世界にもいるのですが、魔物モンスターなので勘違いで殺害されてしまうんです。まあ、姿形は、一定ではないのですけどね」


 このエルフの女性は、迷宮ダンジョンについてかなりの知識を得ている。

 地球では、20年経つけど今だに発生原因とか分かっていない。

 色々と聞いてみたいな。


迷宮ダンジョンやゲートって、何で発生しているのですか?」


「知識を得ていないのですね。いえ、歴史として紡がれていないのかな? 数千年に一度訪れる、神からの試練ですよ?」


 ダメだ分からない。


「自分の世界の迷宮ダンジョンを最後まで守れれば、進化の権利を与えて貰えるんです。あなたの世界でも、短期間に知的生命体が進化した歴史があるんじゃないんですか?」


 驚いてしまう。俺の知識だと、5000年前のメソポタミアか? もしくは、縄文時代とかかもしれない。

 もっと前ならば、10万年前にホモサピエンスが生まれたことを言っている?

 生物の進化や文明の発展に、迷宮ダンジョンが関わっていた?


「守れなかった場合は、どうなりますか?」


「生物としての進化が、できないだけですね。その世界を支配している知的生命体が滅んだ場合は、他の種族に知的生命体が生れるだけですよ? 再度、ゲートが発生するには、1万年以上遅れることになりますけどね」


 この話を何処まで信じていいのだろうか。


「それとですね。貴方には、ゲートを閉じる力が宿りました。貴方が世界の希望になります。元の世界に戻ったら、頑張ってくださいね」


 先ほど、青い結晶の力を〈霊力〉と言った。

 それが、迷宮ダンジョンに影響を与えられる? ゲートを閉じられるのであれば、これほど求められた力もない。

 考えていると、エルフの男性が入って来た。

 彼も俺の右手を触ると、言葉が通じるようになる。どうやら、確立された技術みたいだ。


「疑問を解消するよりも、今は怪我を癒しなさい。動けるようになれば、元の世界に帰してあげよう」


 感情が伝わって来る。俺は、歓迎はされていないみたいだ。

 子犬が俺の腹の上に登って来て伏せの状態になった。動くなと言うことらしい。


「暫く、ご厄介になります。何か返せるといいんですけどね」

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