第4話 桃園友梨佳の一生2
◇◇◇
「おはよー、達也」
「死ね」
高校に進学してからも、私と達也の関係は続いていた。何の因果か、それとも私の特性故なのか、彼とはあれ以来ずっと同じクラスだった。
「今日の一限って数学だよね? 宿題まだ終わってないんだけど、写させて?」
「今すぐ死ねばその必要もなくなるぞ」
「あ、それ数学のノートでしょ? 貸してー」
「勝手に持ってくな、呼吸すんの止めろこのアバズレ」
彼のノートを強奪して、宿題を写そうとする私。それに対して彼は、ノートを奪い返しながらいつものように罵倒で返してくる。それがとても心地良い。彼だけは特別だって、実感できるから。
「ケチ~! 私には達也だけが頼りなんだから、ノートくらい見せてくれてもいいじゃん!」
「甘えるなカスが。お前の脳みそには蛆虫でも巣食ってるのか? そうでないなら宿題くらい自力で片づけておけ。その程度の知能くらいは、てめぇみたいなアホンダラにでもさすがにあるだろ。もしないなら、この世に生を受けないでくれ。生まれてこられるだけで迷惑だ」
私が喋れば、達也はその何倍もの言葉を返してくれる。私を罵倒するために、否定するために、色んな表現を遣ってくれる。愛を囁くためではなく、存在を踏みにじるために言葉を尽くされて喜ぶなんて、我ながらどうかしている。これでは新手のマゾヒストだ。そんな性癖、ないはずなのに。
「違うの、昨日ゆうつべで動画見てたら、広告で面白そうなゲームを見つけて、それをやってたら時間が無くなっただけなの」
「やっぱりアホじゃないか。そもそも宿題やってから動画見ろよ。計画性のなさで世界の頂点でも目指すつもりか、行き当たりばったりの化身め」
私のことは否定する癖に、突っ込み自体は至極真っ当なのが、彼の真面目な性根を表しているようで。そんな彼に、こんなことをさせているのが申し訳なくて。嬉しいのに、後ろめたい。そんな矛盾を抱えながら、達也とのお喋りを楽しむ。彼と話しているとき、私の心は相反する気持ちによって、滅茶苦茶に撹拌されている。
「いいから宿題見せてよ~。私と達也の仲じゃない」
「そんな仲になった覚えはないが? 勝手に記憶を捏造するな。幻覚作用のあるキノコでも喰ったか? 或いはお前の残念な脳みそは自動で記憶の改竄をする欠陥品か?」
彼の言うように、これは私が都合よく解釈しているだけなのかもしれない。本当は、彼も私の特性に囚われていて、私の内に秘められた望みを察してこう振舞ってくれてるだけなのかもしれない。そんな風に考えたことは何度もあった。
「お願~い! 今日のお昼奢るから~」
「なんでお前の奢りで飯を食わねばならんのだ。そんなものは食事じゃなくて産業廃棄物だろ。もしくは放射性核廃棄物」
「いいからお願~い! 授業始まっちゃうよ~!」
「ったく……」
だって、私のことをこれだけ罵倒するのに。嫌っているような言動をするのに。最終的には私を助けてくれる。今だって、結局ノートを貸してくれた。私に不利益になることはしない。高校だって、学力的にはもっと遠くのところにも通えたはずなのに、わざわざ地元の近い学校に一緒に進学してくれた。いくらクラスが同じだからって、避けようと思えば出来たはずなのに、私との会話に付き合ってくれている。
「ありがと~! この御恩は一生忘れません~!」
「三歩歩いたら忘れる恩なんてどうでもいいから、さっさと写して返せ」
だから、達也の態度は、他の人たちと本質的には同じなんじゃないか。ただ、彼の好意の示し方が、私にとって都合が良い形になっているだけなんじゃないか。そんな疑問が、度々浮上する。
「じゃあ早速写さないと……ってうわ、字汚っ!」
「文句があるなら返せ」
「嘘嘘じょーだん! めっちゃ字綺麗だから、勘弁して~!」
でも、それは認められない。認めたくない。それを認めてしまったら―――私は、もうこの世界にいられなくなる。他人を洗脳して都合良く歪めてしまう私は、自分が生きていることすら許せなくなる。達也という例外がいてくれるから、何とか今の人生に縋り付けているのだ。
これは、都合の良い幻想の上に成り立った世界だ。例え薄々気づいていても、幻想を幻想と認めてしまえば、この世界はいとも容易く崩壊する。私の日常は、そんな薄氷の上で成立していた。
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