第3話 桃園友梨佳の一生



  ◆◆◆



 そのことに気づいたのは、確か幼稚園の年長の頃だったと思う。私、桃園友梨佳が、とても異質な人間だということを。

 きっかけはとても些細なこと。教室の中を走り回っている子いて、その子が私にぶつかった。私はそのせいで転んでしまって、ちょっとだけぐずってしまったのだ。でも、別に怪我をしたわけでもないし、大泣きしたわけでもない。当時の幼稚園ならば、割とありふれた光景ではあったはずだ。けれど、そのときは違った。教室内が蜂の巣を突いたような大騒ぎになったのだ。同じ組の子たちが、そればかりか先生までもが、ぶつかってきた子を激しく罵り始めたのだ。ぶつかってきたその子は、突然大勢から罵声を浴びせられて竦み上がりながら、錯乱したようにわたしに謝ってきた。それでも教室の騒ぎは収まらず、そんな混沌とした状況に私は思わず呆然としてしまった。……結局、その日の騒ぎは、我に返った私がその子を許すまで続いた。そして、その子はその日以来、みんなの嫌われ者になってしまった。



 その事件をきっかけに気づいたのが、私の特殊な体質―――というか特性だった。まず、私は誰からも無条件で好かれる。誰も私を嫌わない。小学校に上がって誰かの陰口を叩いている子がいたときには、私に分からないようにしているだけで本当は嫌われているんじゃないかとも思ったけど、姿を隠して他の子の話を盗み聞きしてみても、陰口を叩かれたことはなかった(それどころか、ポジティブなことを言われている場合すらあった)。

 それだけならまだ良かったのだけど、問題はもう一つの特性。というよりは、多分副次的なものなんだろうけども……私に敵対的な行動を取った人間は、同じ集団の人間から徹底的に叩かれるのだ。勿論、私は誰からも好かれるから、わざと敵対的な行動を取る者はいない。でも、事故などで意図せず私を傷つけてしまったり、不利益を齎してしまうことは何度かあった。そしてそのたびに、その子は集団から爪弾きにされる。



 そんな自分の特性が、私は年々嫌になった。私を嫌う者がいないということは、まるで周囲の人間を洗脳して、自分の都合のいい人形に変えているようだった。それに、意図せず私を傷つけたせいで、生活を滅茶苦茶にされる子が出るのも耐えられなかった。私が取り成せばある程度は緩和するものの、それでも一度敵対的とみなされるとその影響が完全に消えることはなかった。

 それだけでなく、私のためを思って周囲の人間の行動が克ち合うと、それが大きな諍いになることも多々あった。そのため、私は周囲の人間関係を調整する必要に迫られて、日常生活を送るだけでもかなり疲弊していたのだ。



 そんな私の生活に変化が訪れたのは、小学四年生のときだった。クラスにやって来た転校生の男子。彼―――藤村達也は、偶然にも私の隣の席になった。

「初めまして、藤村君。私は桃園友梨佳。よろしくね」

 隣同士になった彼に、私は挨拶をした。礼儀だから、というだけではなく、私が彼に非友好的な態度を取ると、他の人たちが一緒になって彼を排斥しかねないからだ。他人の生活を守る。それが当時の私にとって、最優先事項だったのだ。

「……うるさい、話しかけるな。さっさと死ね」

「……え?」

 でも、返ってきた言葉に私は耳を疑った。それは、本来ならあり得ないはずの台詞。私に対する罵倒など、生まれて初めて聞いた。

「この転校生、桃園さんになんてことを……」

「いくらなんでもふざけすぎだろ……!」

「酷い……」

 案の定、他のクラスメイトから非難の声が上がり、それは次第に大きくなる。……まあ、これに関しては私の特性がなくても当然の流れだろうけども。

「……藤村君」

 でも、私にとっては、別の意味で衝撃的だった。私に暴言を吐く男の子……つまり、彼には私の特性が効いてない。この異常な世界で、唯一まともな状態で私と接してくれる人間なのだ。

「私と、お友達になって」

「「……は?」」

 私の言葉に、クラスメイトの困惑の声が重なった。当たり前だ。初対面でいきなり暴言を吐くような人間と友達になりたいわけがない。普通なら。……でも、私にとっては、彼は特別な人間になり得た。このチャンスは見逃せない。

「達也って呼んでいい? っていうか呼ぶね。達也は前どこに住んでたの? 好きな食べ物は? 色々教えて!」

 私にとって、本当の意味で友達になり得る存在。そんな稀有な人間を前にして、私は思わず舞い上がってしまい、彼を質問攻めにしていた。本当に、夢中だった。

「話すかボケが、呼吸すんな生きてられるだけで迷惑だ」

 そして、そんな私に対して変わらず罵倒で返す達也。私と彼の奇妙な関係は、このときから始まったのだった。

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