第2話 とある生徒の日常2
◇
……数日後。
「ねぇ、先週の事件って……」
「多分……ニュースでもやってたし、これから全校集会があるみたいだし」
週明けの月曜日、教室内には重苦しい空気が漂っていた。それもそのはず、凄惨な事件が起こったからだ。雰囲気は暗いものの、先程からその話をする生徒の声が絶えない。
「まさか、桃園さんが……」
「信じられないよ……」
そう、学園のアイドルである桃園友梨佳が亡くなったのだ。……先週の金曜日の放課後、夕方と言っていい時刻。薬物中毒によって錯乱した男が町中に現れて、刃物を振り回したのだ。要するに通り魔である。白昼堂々(といっていい時間帯かは分からないが)行われた凶行により、多数の負傷者と、一人の死者が出た。その一人というのが、桃園友梨佳だったのだ。
「襲われたとき、あの藤村も一緒だったらしいよ」
「藤村を庇って刺されたって……」
事件当時、現場には藤村もいたらしく、桃園さんが彼を守って死んだという噂まで出ていた。その真偽は定かではないが、普段の二人の関係を見ていればあり得ない話ではないだろう。……殺されたほうが逆であれば、あり得ないと断じていただろうが。
「つーか、藤村来てないな……」
「さすがに来れないんじゃね?」
いつもならとっくに登校しているはずの藤村は、まだ姿を見せていない。目の前で友人(と言っていいのかは疑問だが)を刺殺されて、しかもその相手が普段から「死ね死ね」と言い続けてきた子となれば、さすがの彼も精神的にダメージを負っているのかもしれない。みんなそう思っていた。
その後、全校集会が始まり、桃園さんの死が公表された。また、今夜には告別式、明日の昼には葬式が執り行われること、式への参列は校長、クラス担任、クラス委員長のみで他の生徒は自粛して欲しいことなどが告げられた。その後は平常通り授業が行われたが、一日中みんなの表情は暗いままだった。そして、藤村は結局学校には来なかった。
◇
「昨日のあれはどういうことよ!?」
二日後の水曜日。朝っぱらから教室に怒声が響き渡った。声のほうを見れば、委員長が藤村に詰め寄っていた。……そういえば、二人とも昨日は欠席していたな。委員長は桃園さんの葬儀に出席していたからだが、藤村も相変わらず休んでいた。だが、今日は登校しているようだ。
「……」
だが、藤村は我関せずといった様子で自分の席に座っている。そんな彼の態度が癇に障ったのか、委員長は更に怒りをヒートアップさせる。
「いい加減にしなさいよ! やっていいことと悪いことの区別もつかないわけ!?」
そのまま勢い余って、藤村の胸倉を掴み上げる委員長。さすがにただ事ではないな……。
「どうしたんだよ委員長、何があったんだ?」
そんな委員長を、一人の男子(委員長の幼馴染らしい)が窘めようとする。そんな彼に、委員長は藤村を掴んだまま、こう告げた。
「こいつ、昨日の桃園さんのお葬式で……桃園さんのご遺体に塩をぶちまけたのよ」
「……は?」
委員長の話はこうだった。昨日のお葬式は、事前の通達通り、学校からは校長、クラス担任、委員長の三人のみが出席することになっていた。にも関わらず、藤村は桃園さんの葬儀に現れたらしい。まあ、普段のやり取りは別にしても、学内で桃園さんと一番一緒にいたのは藤村だろうから、通達を無視して葬儀に出席すること自体はおかしなことではない。だが、突然現れた彼は、棺の窓(ご遺体の顔が見れる部分)から大量の白い粉を―――袋入りの食塩を流し込んだのだ。確かに、お葬式の後に参列者が塩でお清めをする風習はある。だが、それをご遺体に掛けるのは違うだろう。というか、部外者が式に乱入して勝手にご遺体を汚したなんて、とんでもない所業である。普通に非常識だし、罰当たりな行いだ。委員長が憤慨するのも当然である。
「藤村……それ、本当なのか?」
取り成そうとした男子も、さすがにそれは擁護できないと思ったのか、藤村に確認を取る。その間も委員長は藤村の胸倉を掴んだままだ。怒りを鎮める様子もない。
「……関係ないだろ」
「……は?」
そしてようやく、藤村が口を開いた。だが、その言葉は予想外の物だった。
「これは俺とあいつの問題だ。他人がしゃしゃり出るな」
「……っ! このっ……!」
突き放すような藤村の言葉に、委員長はとうとう抑えきれなくなったのか、空いているほうの手で藤村の頬を思いっきり張り倒した。そして一度、胸倉を掴んだ手を離したかと思えば、そちらの手でも更にビンタ。
「……」
だが、藤村は完全に無反応で、そのまま自分の席に着いた。堪えている様子は皆無だ。
「普段から酷いと思っていたけど、ここまでとは思わなかったわ……この人でなし! クズ!」
暴力を振るっても足りないのか、委員長は藤村を罵る。当然これにも彼は無反応。
「何とか言ったら―――」
『―――二年二組、藤村達也君。至急校長室に来てください。繰り返します。二年二組、藤村達也君。至急校長室に来てください』
委員長が更に続けようとしたとき、遮るように校内放送が流れた。内容は、藤村を呼び出すもの。……そういえば、式には校長もいたはずだ。となれば、藤村を呼び出して問い詰めることになるのは必然か。
「……はぁ」
藤村は溜息を漏らすと、立ち上がって教室を出て行った。そんな彼を見送るクラスメイトたちの目線は、これでもかってくらいに冷たかった。
……その日のうちに、藤村には一ヶ月の停学処分が下った。それに同情する者は当然いなかった。
停学が終わってから、藤村は登校してきたものの、誰も話しかけようとはしなかった。その状態は卒業まで続いた。当時を知る生徒たちの間では、藤村達也の名前は最低最悪のクズ男の代名詞として語り継がれるのだった。
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