第5話 桃園友梨佳の一生3
◇
「達也ー、一緒に帰ろー」
「断る」
「まーまー、そう言わずに」
授業が終わって、放課後になった。私はいつものように、達也と一緒に下校する。お互い帰宅部なので、何か用事がない限りは一緒に帰っていた―――というか、達也の帰宅に私がついて行ってた。
「ったく……」
だから、こうして彼が折れるのも毎日の恒例行事だ。お約束とも言う。
「にしても、もう高二かぁ……私たちの付き合いも長いよね」
「そうだな。お前みたいな脳みそイカレポンチに付き纏われてもう七年だな。そろそろ死んでくれ」
そんないつもの帰り道、私はふとそんなことを思った。達也とは小四のときに出会ったから、彼の言うように七年前だ。彼がその年数をすぐ答えられたのは、私と同じくらい、そのときのことをはっきりと覚えているからだろう。
「色んなことがあったよね~。小学校の修学旅行で夜に二人で部屋を抜け出したり」
「中学の時もそうだろうが」
「一緒にテスト勉強とか、受験勉強もしたよね」
「お前が勉強出来なさ過ぎて俺に泣きついてきただけだろ。お陰で自分の勉強が捗らなくて迷惑だった」
「毎年バレンタインにチョコ上げたら、嫌そうにしながらもちゃんと食べてたし、ホワイトデーのお返しもちゃんとくれたよね」
「食べ物を粗末にしないのも、礼儀作法も、人として当然だろう。いくらお前がゴミカス女で、チョコも海苔の佃煮入りだったりのゲテモノだったとしても」
いくらでも思い出せる、二人での思い出。でも、達也のほうがより正確に覚えていて。そんな彼のリアクションに、私は喜ぶべきなのか、己の記憶力のなさを嘆くべきなのか、それとも―――
「きゃあぁぁぁーーー!!!」
そんな昔話をしていたからだろうか。そのときは突然訪れた。町中に響く悲鳴。それも一人や二人じゃない。そしてそれは、私たちのすぐ近くで上がっていた。
「何だ……?」
達也は、悲鳴が聞こえてきた左側の角のほうに目を向ける。そこからは、人々が慌てて走ってくる様子が見えた。どう見ても尋常ではない様子。
「とりあえず引き返すぞ」
「う、うん……」
状況は分からずとも異常事態であることは察した達也は、私にそう促してくる。来た道を戻るように振り返る彼に、私は遅れて後ろを向いて―――
「―――っ!」
身体が倒れた。激痛が走る。前に倒れ込んだから腕や膝が痛いのは当然だけど、そんなのすぐに気にならなくなった。―――背中が、胸が、焼けるように熱かった。痛い。痛い。痛い―――
「友梨佳……!?」
達也の、慌てたような声が聞こえた。……そういえば、彼に名前を呼ばれたのなんて初めてだな、なんて。状況も弁えず、そんなことを思ってしまった。
「たつ、や……」
私は必死に手を伸ばす。痛みで涙が溢れて視界が霞んでるし、自分の身に何が起きたのか全く理解していない。後ろから聞こえてくる狂ったような声も、人々の悲鳴も、多分殆ど認識出来ていない。今はただ、達也に触れたい。その思いだけで、藻掻くように手を伸ばした。
「友梨佳……!」
誰かが、私の手を掴んだ。それが達也の手だとすぐ分かった。彼とはスキンシップは殆どなかった―――彼が本気で嫌がるからしないようにしていたんだけども―――から慣れてはいないはずなんだけども、何故かこの時だけはすぐに分かった。
「たつ、や……。わた、し……」
「……分かってる」
声を出すのもしんどい。でも伝えなきゃ。何が起きたかは分からないけど、多分もう時間がないことだけは分かっていた。だから焦った。何を伝えたいのかもはっきりしないまま口を動かす私に、達也は落ち着いた声でこう告げてきた。
「さっさと死ね、友梨佳」
……ああ、なんてことだろう。達也は私の友達だ。唯一の友達、親友と言っていい。それくらいに大切に思っているけど、それと同時に、疑ってもいた。彼は私の特性に惹きつけられた、哀れな被害者なんじゃないかって。その疑いを晴らす術を、私は持っていなかった。
でも、彼は最後に示してくれた。例え達也が本気で私を嫌っていたのだとしても、そうでなくても、その言葉が聞けただけで十分だった。そう、思わせてくれた。
「たつ……、や……」
友達がこんな状態になっているのに、その言葉をくれた。その事実だけで、私は救われた気持ちになった。私の人生が肯定されたような気がした。存在を否定されないと肯定されないなんて、何という皮肉だろう。
もう、目はまともに見えてない。でも、ぼやけた輪郭は、多分達也の顔なんだろう。彼の表情は分からないけど、最後に見れる光景としては最上だ。
私、桃園友梨佳は、この日。
親友に看取られながら、死を願われながら、この世を去ったのだった。
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