第4話 蒼い狙撃手
零士は初心者狩りのプレイヤーたちを撃退し、荒い息を整えながら周囲を見渡した。戦闘の余韻がまだ彼の体に残っているが、それ以上に現実感のある疲労感が彼を襲う。
「はぁ……ゲームだってのに、ここまで疲れるとはな。」
彼は短剣を軽く振り、刃についたデジタルの血飛沫を振り払った。次に街に戻るか、それともクエストを進めるか考えつつ、ふと草原の奥に目を向けると、一本の小高い丘の上に人影が見えた。
「誰だ……?」
遠くからでもわかるその人物の特徴――全身を青で統一した装備、肩には白い装甲が備わり、首元には雪模様があしらわれた青いマフラーが揺れている。そして、その手に抱えるのは長いスナイパーライフル。彼女はじっと零士の方を見ていた。
「あんた、さっきの戦闘で初心者狩りを撃退したのよね。」
透明感のある声が響き渡る。彼女の動きは滑らかで、躊躇なく零士へと近づいてくる。彼女の名札には「青雨」と書かれていた。
「ああ、そうだけど……それが何か?」
零士は警戒心を隠さずに答えた。ゲームの世界では信じられるのは自分だけだ、とさっきの戦闘で学んだばかりだった。
「別に攻撃する気はないわ。むしろ、あなたに興味が湧いただけ。」
彼女の顔には柔らかな笑みが浮かんでいるが、その視線は鋭く、まるで零士の能力を値踏みするようだった。
「興味だって?俺はただの初心者だ。」
「そうね。でも、その戦い方はただの初心者には見えなかったわ。さっきの動き、全弾かわしながら相手に接近するなんて普通じゃない。」
零士は少し驚きつつも、その言葉を否定せず肩をすくめた。
「まあ、現実で少し鍛えてるからな。」
「現実で鍛えてる人がこんなゲームに来るなんて、珍しいわね。」
青雨は小さく笑った後、肩に掛けたスナイパーライフルを軽く撫でた。その仕草は彼女がその武器をどれだけ愛用しているかを物語っていた。
「それよりも、あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「RAGEだ。そっちは?」
「私は青雨。そう呼んで。」
青雨は軽く片手を挙げて挨拶をした。その仕草は自然体でありながら、どこか洗練されている。彼女が長くこのゲーム世界に身を置いていることを感じさせた。
「そういえば、さっきの戦闘でアイテムを拾ったでしょ?それ、見せてもらえる?」
零士は少し警戒しつつも、先ほどの戦闘で拾ったアイテムをインベントリから取り出した。それは初心者狩りのプレイヤーが落とした装備の一部だった。
「へぇ……『耐衝撃コート』ね。これは初心者にしてはなかなかの収穫だわ。」
青雨は装備をじっと見つめ、何か考えているようだった。そして、ふと顔を上げて零士に言った。
「ねえ、もしよかったら私と組まない?あなたなら、足りない近接戦闘の部分を補えると思うの。」
「組む?いきなりだな。」
「もちろん、このゲームで知らない人と組むのはリスクがあるわ。でも、さっきの動きを見て、あなたなら信頼できると思ったの。」
青雨の目は真剣だった。零士はその視線を受け止めながら、どうするべきか考える。彼女のようなプレイヤーと組めば確かに得るものは多いかもしれない。しかし、その一方でゲーム内での信頼関係を築くのは難しいものだ。
「……わかった、組もう。」
零士は一呼吸おいてから答えた。その答えに青雨は満足そうに頷き、手を差し出した。
「決まりね。それじゃ、よろしくね、RAGE。」
「おう、よろしくな。」
こうして二人はパーティを組むことになった。それがこのゲーム世界での零士の新たな一歩となることを、彼はまだ知らなかった。
零士と青雨はしばらく黙って歩きながら、徐々に山へと近づいていった。空は薄曇りで、穏やかな風が草原を吹き抜けている。ゲームの世界でも、この瞬間だけは少し現実感を感じてしまう。まるで本当にここにいるかのような感覚に囚われていた。
「さっきの戦い、すごかったわね。」青雨が突然話し始めた。
「うーん、そうか?」零士は少し照れくさそうに答えた。「まあ、なんとか間に合ったって感じだ。」
「間に合ったって言っても、普通のプレイヤーがあの戦い方できるとは思わないけど。」青雨は軽く笑った。「それに、あの銃弾を全弾避けるなんて、普通じゃないわ。」
「まあ、ちょっと特殊な練習をしてるからな。」零士は軽く肩をすくめた。
青雨はその言葉に納得したように頷いた。「やっぱり、現実でも訓練してるんだ。」
「ちょっとだけな。」零士は少し苦笑いを浮かべた。
しばらく無言で歩いた後、青雨が再び口を開いた。「ところで、どうしてこんなゲームに来たの?実際、こんなゲームに時間を費やすのって結構な覚悟がいると思うけど。」
零士はその質問に少し考えてから答えた。「まあ、現実でちょっと疲れたからな。少し逃げたくてさ。」
青雨はそれを聞いて、少し驚いた様子だった。「そうなんだ…。それなら、もっといい方法があると思うけど。」
「そうだな。」零士は言葉を濁しながら答えた。続けて、周囲を警戒するように視線を巡らせる。
青雨はその様子を見て、「気をつけて、何か感じるわね?」と聞いた。
その瞬間、草むらの中からガサガサと音が聞こえ、何かが近づいてくるのを感じた。零士はすぐに短剣を構え、青雨もスナイパーライフルを肩に掛け直す。
「またか。」零士は小さく呟いた。
草むらから飛び出したのは、巨大な魔物だった。鋭い爪と牙を持ち、赤い目が血走っている。その体は大きく、まるで山の獣のようだ。
「ボス級のモンスターか。」零士は冷静に言った。
「準備してるわ。」青雨はライフルを構え、狙いを定める。
「じゃあ、俺は前に行く。お前は後ろから支援頼む。」零士は素早く前進し、魔物に向かって駆け出す。
青雨は静かにライフルを構え、狙いを定めると、一発の弾丸を放った。弾は魔物の頭部に命中し、魔物は激しく呻きながらよろける。しかし、それでも倒れはしなかった。
「効いてるけど、まだ足りない。」青雨が呟きながら、次々と弾を放つ。
零士はその隙に魔物の側面に回り込み、短剣を振り下ろす。しかし、魔物の皮膚は固く、刃がほとんど食い込まない。魔物はその一撃でさらに怒り、零士に向かって爪を振り上げる。
「危ない!」青雨はもう一発、狙いを定め、零士を助けるために弾を放つ。弾丸は魔物の目に命中し、魔物は一瞬動きを止めた。
「今だ!」零士はその隙に駆け寄り、再び短剣で魔物の首元を狙った。今度は、魔物が動けなくなるまで攻撃を続けた。
ついに、魔物が倒れ、その大きな体が地面に沈んだ。戦闘が終わり、二人は息を整えながら倒れた魔物を見下ろす。
「お疲れさま。」青雨が息をつきながら言った。
「お前もな。」零士は少し疲れた様子で返事をする。
倒れた魔物からは、貴重なアイテムや素材がドロップされていた。青雨がそれらを集めながら言った。「いい装備が手に入ったわね。これ、あなたにあげるわ。」
「本当にいいのか?」零士は驚きつつも、その好意を受け入れた。
「もちろん。」青雨は微笑みながら答えた。「これからも一緒に冒険を続けるんだから、お互いに支え合っていこう。」
零士はその言葉にうなずき、二人は再び歩き出した。ゲーム内での冒険が、少しずつ新たな絆を深めていく予感がした。
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