第3話 初心者狩り

天条零士はまず、自分がどうやって動くのかを確認することにした。両手を握ったり開いたり、足を動かして地面を踏みしめてみる。感覚は驚くほどリアルで、自分の体そのものとしか思えない。しかし同時に、どこか違和感もあった。現実の体とは微妙に違う動きがあるのだ。特にジャンプの高さや、視界の広がり方が現実とは異なる。


「なるほどな……本当に操作じゃなくて、自分で動いてる感じか」


彼は軽く息をつきながらつぶやいた。このVRは意識だけをフルダイブする形式で、ゲームキャラを操作するのではなく、自分自身がキャラクターそのものとして体感するシステムだ。だが、零士は前時代的なVRの知識しかなく、それに基づいた動きをしようとするせいか、まだ違和感が拭えない。


腕を振り上げる、足を蹴り上げる、前転を試す。基本的な動作を繰り返しながら、自分の体の限界を探る。どうやら現実以上に軽快に動けるようだが、リアルのように疲れを感じることも分かった。


「疲労感もちゃんとあるのか……これは面白いな」


周囲を見回し、ゲーム世界の美しさに目を奪われる。異界の風景は鮮やかで、空には複数の月が浮かび、遠くの地平線には広がる草原や山々が見える。耳を澄ますと、風に揺れる木々や鳥の鳴き声がリアルに聞こえた。


次に、零士はメニューを開いて装備やステータスを確認することにした。指先を軽く動かすと、目の前に透明なウィンドウが表示される。ステータスには現在の体力やスキル、初期装備が記載されていた。


「基本装備は……短剣と、軽い防具か」


手元に現れた短剣を持ち上げてみる。重さはほとんど感じず、どちらかというと玩具のような感覚だが、刃の光沢や細かな彫刻は本物さながらだった。彼は短剣を軽く振り、次にしゃがんで地面に置かれた石を拾い上げる。


「アイテムもこんなふうに拾えるのか。操作というより、普通に体を動かしてる感じだな」


基本動作を一通り試した後、彼は次に行うべきことを考えた。この世界で生き抜くためには、まず街に向かい情報を集めるのが定石だろう。


「よし、まずは街だな」


彼は地図を確認し、最寄りの街へと歩き出した。


草原を進むと、ところどころに魔物が見えた。小型のスライムやウサギのような姿をしたモンスターたちだ。彼らはまだプレイヤーに気づいておらず、のんびりと草を食んでいる。


「戦闘はまだ早いか……まずは装備を整えないとな」


慎重に魔物を避けながら歩を進めると、やがて遠くに街の輪郭が見えてきた。高い城壁がそびえ、門の上には弓を構えた衛兵がいる。門を通り抜けると、賑やかな通りが広がり、多くのNPCやプレイヤーが行き交っていた。


零士はまず、宿屋で休息を取ることにした。宿屋の受付に立つ女性NPCは驚くほどリアルで、表情や声の抑揚まで現実さながらだ。


「ようこそいらっしゃいました。お泊まりですか?」


「いや、情報を集めたいだけなんだけど、ここに初心者向けの案内とかあるか?」


受付の女性は微笑みながら、小さな冊子を渡してきた。内容はこの街の地図や初期クエストの案内などが記されている。


「ありがとうございます、助かる」


冊子を開いて読み進めるうちに、彼は「初心者狩り」という言葉に目を止めた。


「初心者狩り……?」


その説明には、低レベルのプレイヤーを狙う悪質なプレイヤーたちの存在が記されていた。彼らは戦闘経験の浅いプレイヤーを倒し、アイテムや装備を奪うことで利益を得ているという。


「どこにでもいるもんだな、こういう連中は」


零士は眉をひそめた。自分もその標的になる可能性がある以上、警戒しなければならない。


「とりあえず、初期クエストでも受けて装備を揃えるか」


彼は宿屋を後にし、掲示板に向かう。掲示板には様々なクエストが貼り出されており、どれも初心者向けの内容だった。


「スライム討伐、狼退治……まあ、これが基本か」


クエストを選んで受付に向かうと、再びリアルなNPCが対応してくれる。クエスト内容を確認し、いざ出発する準備を整えた。


だが彼が街を出ようとしたとき、背後から不穏な気配を感じた。振り返ると、数人のプレイヤーが自分を値踏みするような視線を送っていた。彼らの装備は明らかに強力で、零士が初期装備であることを確認すると、ニヤリと笑った。


「さて、歓迎の挨拶ってところかな」


零士は心の中で舌打ちしながら、警戒心を高めた。どうやら、これが「初心者狩り」というやつらしい。


零士は、相手の数を数えた。自分の装備は短剣2つのみ。避けて避けて避けまくって攻撃しないとだめなのである。


「武器を置いて、金を出しな」

「生憎、金はないんでね。それに、このゲームはPKした分だけ不幸になってくゲームだぞ?バカらしいね。」

「わかった、ならここで死ね」


直後に相手達は銃を取り出して襲いかかる。零士は中距離戦は分が悪いと考え、距離を詰める。


「あえて言わせてもらおう。当たらなければどうというものではない。」

「チィッ!」


相手は舌打ちをしながら銃を撃ってくる。ざっと見るにアサルトマシンガンだった。


零士は一瞬で間合いを詰め、短剣を握り直す。銃弾が飛んできても、それを避けるために一歩ずつ、足元の感覚に従って素早く動き続けた。相手のアサルトマシンガンの発砲音が鳴り響くが、そのすべてを零士はかわす。


「当たらなければ意味がないって言っただろうが、もう遅い!」


零士の目が鋭く光る。数秒の間に一気に相手との距離を詰め、その隙間を縫うように身をひねりながら接近する。相手の銃が再度反応する前に、零士はその片方の短剣を振り上げ、相手の手に向かって斬りつけた。


「ぐっ!」


一瞬の隙間をついて、相手の銃を持っていた手首に深い傷を負わせた。しかし、もう一人の仲間が零士の背後に回り込んでいた。瞬時にそれに気づいた零士は、背後の攻撃をかわしつつ、反撃に転じる。


「そう簡単にはいかないぞ。」


零士は前に進みながら、今度は逆手で残る短剣を投げる。それが相手の足元に突き刺さると、彼はバランスを崩して転倒する。


「おい、てめえ!」


倒れた相手の銃を奪い取ろうとするもう一人の敵が零士に向かって再び銃を構えたが、零士はすでにその動きに反応している。素早く跳び上がり、相手の顎を短剣の柄で叩く。


「こんなことしても無駄だ。さっさと撤退したほうがいいんじゃないのか?」


それでも相手は未だに銃を構え、零士の動きを警戒している。しかし、その瞳にはすでに焦りと恐怖の色が浮かんでいた。零士はそれを見逃さなかった。


「金もない、命もない。いい気味だな。」


零士は冷笑を浮かべながら、相手を見下ろした。彼らがこれ以上何もできないことを確認した瞬間、彼は再度距離を取り、慎重に次の行動を決めた。


そして、ゲーム初のkillの相手はPLとなった。

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