第7話 冒険者認定試験②

「俺は剣士だ!前衛に出れる!」

「私!回復魔法ができます!誰か、パーティを!」

「頼むよ!落ちたくないんだ!!弓なら自信があるんだ!!」

「よし!俺たちはもう3人でいい!早く行くぞ!」

「あいつら先に出てるぞ!俺たちも急がないと!!」

「待って!置いていかないで!!」


 受験者たちが最初にとった行動は即席パーティを組むことだった。ケイの言動ですっかり怯えた受験者たちは裏切られるという思考を捨ててまず群れることを選んだ。

 3人で組んで先を急ぐもの、しっかり5人で組むもの、役割が被ってはみ出し者になるもの。


 レイナは胸が締め付けられるような気持ちで、その様子を眺めながら試験官たちとともにライラが御者を務める馬車に乗っていた。


「…彼らが気になりますか?」


 そんなレイナを気遣ってか、ストルが声をかけた。


「…はい。私が想像していたよりも…冒険者認定試験は残酷なのですね…」

「淑女のレイナさんにはお辛かったでしょう…私の横、空いてますよ…貴女の癒しとなりましょう」

「え、あ、いえ…その」

「やめろニャ、アホ男!レイナさん困ってるニャ…あとあっちのポーラさんの目が怖いニャ」


 レイナが振り返ると無表情のポーラがじっとストルの目を見ていた。


「いや私は…!アッハイスイマセン…」

「分かればいい…だが次はない…いいな?」

「アッハイソレハ、モチロンッス…」


 ずいぶんと疲れた顔でリーダーのケイが「すまない」とレイナに謝る。


「い、いえそんな…!それより、ずいぶんと辛そうですが…」

「あー…アハハ…そんなに…?」

「はい…」

「ま、ケイにはしんどい役回りだったろうからニャァ…おまけに不正行為の奴の処理もしなきゃだったし」

「同感だ。だが、撃っていい許可が出た時内心私もヒヤッとしたものだ」


 「あー…あれは…ハハハ…」と頭を掻くケイ。先ほどまで受験者の前で話していた姿とは違ってトゲトゲした部分がない。

 そんなケイを見て「大丈夫か?」バーンズも声をかける。


「なぁ、アンタ…試験官初めてだな?」

「はい…分かっちゃいますよね…はは…」

「まぁなあ…肩に力入りっぱなしだったからな…今は普段通りでいいぞ」

「ありがとうございます」


 「ふぅ」と息をついて項垂れるケイ。どうやら先ほどまでの言動は頑張って虚勢を張っていたらしい。


「受験者の皆に申し訳ないな…あんな言い方して…」

「そ、そんなことないと思います冒険者には責任があるって…」

「そうですよ、これから冒険者になるんならあれくらいは必要必要!」

「あはは…レイナさん、ポーラさんありがとう。はぁー…」


 馬車の椅子に体重を預けて宙を仰ぎ見るケイの口に猫のアニヴァのミリーが小魚の干物を突っ込む


「ま、魚でも食えニャ」

「ありがとう…うわこれかった…」

「そのうち柔らかくなるニャ、皆も食うニャ」

「そいじゃ食いながら次の工程について確認するか…硬いなこれ」


 ミリーから小魚の干物を貰い噛みしめながら、バーンズが地図を広げる。

 現在森を迂回しながらチェックポイントを目指す試験官一行、バーンズの見立てではあと半分くらいで到達できるだろうとのことで、まずそのチェックポイントでバーンズとポーラ、レイナが降りて御者のライラは護衛のため馬車とその場に待機。ライラ以外の【千の雷】はそのまま山の山頂へ向かい、山頂の祠にて受験者を待つという手筈になっている。


一通り工程を確認した後、念のため全員でチェックポイントで渡す木札を確認する。

 レイナたちが渡すホーンウルフ討伐証明の木札にはギルドの紋章が焼き印されており穴が開いている。


「これ…この穴ってもしかして山頂の魔石をはめ込むんですか?」

「レイナちゃん正解ーちなみにこの木札は一番下ランクのJ級冒険者の証でもあるんだよ」

「そうなんですね…この木札が…」


 木であるならば焼き印をこの型の通り作って、魔石をはめ込めば偽造が出来てしまうのではないだろうか。そんなことを思っていると、


「大丈夫だって!実は特殊な魔法加工がしてあって偽造なんて無理無理!」

「えぇ!?こ、声に出てました?」

「いや?私も最初同じこと考えたからさ、ふふーん先輩だからね!」

「ちなみに俺も昔同じことを考えて実際にやろうとして怒られた」

「何やってんのさ支部長…」

「フフ…ちなみに私もやった」ポロロン

「ンニャ」

「自分のパーティメンバーの半数がそんなことを…」

「ケイ、わたしもやった」

「…皆、他の人の前で言うのやめてね?冒険者証明書の偽造は重罪だから…やばい奴らって思われるから…」


 木札に不備がないことを確認し、袋に詰める。その後各自はチェックポイントに到達するまで休息を取ることにした。

 そんな中ストルは竪琴の弦を調整しており、それを見ていたレイナに「使ってみますか?」と声をかける。


「い、いえ!私、演奏とかできないので…」

「ふむ、時間があればお教えするのですが…コツさえつかめば簡単ですよ」


 ポロロンと調整の終わった竪琴を奏でて悦に浸るストル。


「あぁそうそうこの音ぉ…さっきの詰め寄りの時に変な音するなぁって思っていたんですよ…」

「あ…そのことなんですけど…なんでその、受験者さんの細かいところまで知ってたんですか?」


 ストルは「ふむ」と考え込む。難しい顔をした後、自身のリーダーに判断を任せることにした。


「…ケイ、話していいかな?憎まれ役は私一人でもいいが、一応ギルドの皆さんは知っておくべきだと思うが?」

「あーそうだね…頼む。」

「了解した。では…実は彼のお父上から依頼を受けていたのだよ」

「なんだいそら、支部長の俺も聞いてないぞ」


 眠る体制を取っていたバーンズが身を乗り出す。スルトが「まぁまぁ」と座らせる。


「お父上は彼が隠れて傭兵を雇っていることを知っていたようでね…『あのバカ息子を痛い目に合わせて連れ戻してくれ』とのことで…」

「ギルド本部は知ってるのか?」

「ええ、そのうえで今回試験官の私たちに依頼として回ってきました」

「かーっ…本部の野郎…せめて一報くらいくれっての…」

「…あと、本人にはあまりお父上からの依頼と思われないように、と。それで少し芝居じみた演技をしてみたのです…フフッ…様になっていたでしょう?私は元吟遊詩人かつ元芝居役者ですからね!」


 ポロロンと再び竪琴を鳴らすストル。その横から「三文芝居もいいとこニャ」とミリーに突っ込みをいれられがストルは「レディの笑顔が最高の報酬さ」と歯を光らせながら微笑んだところまたも「キッショニャ」と言われる。

 一行を乗せた馬車は小さな丘を越えて目標となる森の出口へと回り込む。ここでギルドの3人とライラと馬車は受験者たちを待つこととなる。


「よし、じゃあライラ、ギルドの皆さんをよろしく頼む」

「わかった。ケイたちも気を付けて」


 山へ向かうメンバーを見送り、チェックポイントの設営を行う。念のため簡易的なキャンプや救護用の医療セットも持ち込まれており。試験を辞退するものや大けがで試験の続行が不可能とみなされた受験者がこれを使用できる。試験開始から3時間経過したが、たまに森の方から争う音が聞こえるが、チェックポイントに辿り着いているものはいなかった。


「支部長、その、チェックポイントの通過は皆さんどれくらいかかるものなんでしょうか」


 出発時の受験者たちの様子が心配になり、尋ねると「うーん」とバーンズ悩む。


「まぁ、練度にもよるし、パーティの人数にもよるからなぁ…あとオスにしか角生えてないし…まぁもうそろそろ1組くらい来てもいいが、ホーンウルフが相手だからな初心者は苦労するだろうな」

「そのホーンウルフ…?は強いんですか?」

「いいや?ただアイツらは基本10匹から15匹前後の群れで固まって動く。受験者側が5人パーティだとしても、即席パーティだから連携とかも難しく、数で押されるかもしれんそれにな」

「それに?」

「森にいるのはホーンウルフだけじゃあねぇからな」

「えっ」


 横でうんうんと頷くポーラとライラ。ライラは頷きながら腰に下げた鞘から2本の双剣を引き抜く。


「ほら、言ってたじゃねぇか他の受験者もいるって、あと、さらに運の悪い奴は他の獣どもとも戦わなくちゃならねぇ」

「他の獣…」

「アレとかな」

「えっ?」


 バーンズに指を差された方向を見ると大きなクマが倒れこむ。その背中にはライラが双剣を深く突き刺していた。


「ウォールベア。こいつは中々厄介でなぁ…ありがとよ、俺が蹴りで倒そうかと思ってたが、アンタの方が早かったみたいだ」


 ライラは双剣を引き抜き、血を布で拭い仕留めた獲物の息の根が止まっていることを確認する。


「いえ、わたしはこういうの得意なので…そして…おそらく1組目が来ます」

「お、そうか!よっしゃポーラ、レイナ、準備するぞ」

「「はい!」」


 森を抜けてきた1組目の受験者は4人パーティで、鎧に拳の跡がある見覚えのある青年がその中にいた。だがその顔は昨夜と違って爽やかさはなく、必死そのものであった。


「ホ、ホーンウルフの角!一人3つずつだ!確認してくれ!」


 台の上に鋭くとがった角が12本無造作に並べられる。根元にかけで灰色がかった角は主に雑貨や装飾品として加工され、市場に出回る。また、滋養強壮の効果も微弱ながらあるのでアイテム協会に持ち込んで売却する冒険者や狩人もいる。

 

 バーンズが1つ1つ不備がないか確認する。以前明らかに別種の角が持ち込まれた事例があったため、審査を厳しくするようにとのことだった。


 「あの…」とヨロヨロと杖を持った犬のアニヴァの青年がポーラに話しかける。その姿は出発時の新品の綺麗な防具を身にまとっていた時とは全くの別物の装備に見えるくらいボロボロで、手足も傷だらけであった。


「すいません、魔力がギリギリで…ポーションを使い切ってしまって…」


 痛みに耐えながら自身の現状を伝えたら、支給がもらえるかもしれない、または支給がなくともそこにある医療用のセットで治療してもらえるかもしれない。そう思っての発言だったが、帰ってきた言葉は甘いものではなかった。


「?はい、それでどうしましたか?」


 目の前のギルドスタッフはポカンとした表情でこちらを見ている。こちらが満身創痍なのは見えているはずだ。あぁ、そうか支給か治療を言っていないから、このスタッフは自分にどちらが必要か分かっていないんだ。そう思って「じゃあ治療を」と言おうとした言葉に「申し訳ありませんが」と言葉を被せられる。


「こちらの不備がない限り支給は出来ませんし、治療は試験が終わってから、または自分からリタイヤした方だけとなっております」

「え…」


 周りの受験者たちも皆、どこかに僅かながら「もしかしたら」と、希望を持っていたのだろう。杖を持っていたドワーフの受験者は手から杖を落としカランとという乾いた音を立てた。

 その後、昨夜レイナにナンパを仕掛けてきた青年、ロイに近づき肩を掴む。


「ごめん…ごめんロイ…俺、無理だ…俺リタイヤする…置いて行ってくれ」

「な、なに言ってるんだリカルド!」


「無理だ…ほら、俺の手見てくれよ」と手のひらを見せる。指の先が真っ青になっており、震えが止まらなかった。その光景を見てレイナは背中がぞわっとした。

 リカルドは膝から崩れ落ち、地面に涙を流す。


「…もう、俺魔法打てねぇよ…魔力回復のポーションもないし、ここから山なんだろ?帰りに襲われるかもしれないんだろ!?獣だけじゃない!人間に!!…っ…無理だよ…今の俺には…」

「っ…リカルド…」


「頼むよ」と力が抜けてまともに立てない足をなんとか踏ん張りロイの手を掴む。


「頼む…行ってくれ…俺の分まで、合格して冒険者になってくれよ…!」


「……分かった。すまないリカルド…ありがとう…」


 そうしてリカルドを除いた3人の受験生は背を向けて山へと駆け出す。残されたリカルドはしばらく名残惜しそうにロイたちに向けて手を伸ばしていたが、足の踏ん張りが効かなくなり、ぐらりと地面に倒れこむ…が地面と衝突はしなかった。

 

「っ…」

「…ア、アンタ…ありがとう…」


 倒れそうになっていたリカルドを支えたのはレイナだった。目には涙がいっぱいになっていた。そんなレイナに声をかけたのはバーンズだった。


「レイナ、そいつはまだリタイヤを宣言していない。気持ちは…わかるが…」

「でも!」

「大丈夫…リタイヤだ…もう歩けもしないさ」

「…分かった。レイナこっちのテントに運べるか?」

「…はい」


 テントの即席ベッドにリカルドを寝かせる。隣ではポーラが救急箱とポーションをもって治療の準備をしていた。


「ポーラさん…」

「ん…どしたのレイナちゃん」

「…冒険者って、大変なんですね」

「………うん」


 ポーラもあの時、意地悪であの言葉を発したわけじゃない。冒険者の仕事は常に危険と隣り合わせ。油断が死に繋がる。だからこそ、冷たく言い放ったのだ。無駄な死を防ぐために。


「私もね、始めて試験のお手伝いをしたとき…レイナちゃんとおんなじだったんだ。どうしてここまでしなきゃいけないんだろうって…こんなに…頑張ってるのに」


 慣れた手つきでリカルドの傷の手当てをして、包帯を巻いていく。これも何度も何度もこの冒険者認定試験でやってきた仕事だ。一人一人と落ちていくたびにこうやって介抱する。泣いている者、悔しくて血がにじむまで唇を噛むもの、時には発狂する者もいた。


「ま、こういうことがあるから…冒険者ギルドって人手不足なのかもね。普段は受付とか書類処理とか…正直精神的にはそっちの方がマシだよ…だからレイナちゃん」


 振り返ったニコッと笑っていたがポーラの目は少し赤く、そして少し腫れていた。


「早いこと目標見つけて…ギルドスタッフ卒業した方がいいよ、私みたいに血も涙もない女になっちゃうからね、へへっ」


「っ…」


 そんなポーラを見て、レイナは抱き留める。少しすると小さく嗚咽がこぼれ、シャツが湿っていく。


「……………」


 心配になってやってきたバーンズはレイナとポーラの姿の隠れ見て、そのまま元の持ち場に戻る。


「…いい判断です」と横に並んだライラから声をかけられ、「さぁ?何のことやら?」と肩をすくめて答える。

 その後ミリーが置いていった小魚の干物を1つ咥えて、ライラに質問する。


「…最近の認定試験についてどう思う?」

「…4年前から各地でどんどん試験が厳しくなっていってると噂は聞いていましたが…正直これほどまでとは」

「だよなぁ…昔に俺が受けた時は確かに辛かったしリタイヤする奴もいたにはいたけど、ズルしなけりゃ全員合格できたってぇのに…今じゃ受験者半分を落とすなんてよ」

「わたしも3年前に北のトルーセン公国の辺境の街で試験を受けましたが、あっちではこんなに厳しくなかったです」

「…世知辛い世の中になったもんだぜ…冒険者ってやつは…」

「…ですね…あ、次の通過者たちが来ますよ」

「はいよ、あいつらは…まぁいいか…すまんがそっちの木札取ってくれ」

「了解です」


 レイナとポーラが帰ってきたのは、2組目の受験者たちが山へ向かった後だった。



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