第6話 冒険者認定試験①
本日冒険者認定試験を受ける受験生20名は冒険者ギルド1階の談話スペースに集められた。軽装の者もいれば形から入って重武装で固めている者など様々な装いの受験者がいる。
まず一人一人に先ほどレイナが内容を最終確認した麻袋に入った支給品が配られ、試験官である冒険者パーティの【千の雷】リーダーであるケイが確認を促す。
「受験者各自は内容物をよく確認してくれ!これが今回君たちが試験突破までに持ち込める道具だ!武器や防具、装飾品の持ち込みは構わないが、それ以外で自身の所有する道具、魔石、所持金はすべてギルドに預けてもらう!」
レイナは「あの、」と横にいるポーラに小声で話しかける。
「道具や魔石を持ち込めないのは分かるんですが、なぜ所持金も…?それに支給品に銀貨が3枚ありましたけど…」
ポーラも小声で返してくる。
「あーそれはね、万が一途中でたまたまあった商人から支給品以外のものを買って使わせないためと、取引が発生するからだよ」
「取引?」
「うん。実はね、支給品にはポーションとか携帯食料が少なめに入ってるんだ。物々交換するには物資が少ないし、そうなったら出てくるのは私たちもよく知るお金ってこと」
「な、なるほど?」
「と、いいたいんだけどぉ」
「えっ?」
ポーラがにやりと悪い顔をする。
「ぶっちゃけさ、少ない物資を自分もやばい状況でわざわざ分けるわけないじゃん?例えば砂漠の真ん中で自分も水を飲まなきゃ死んじゃうかもって時にお金貰って水渡しても自分が死んじゃったら何にもなんないじゃん」
「それは…まぁ」
「たまにいるんだよ、お金持ちで世間知らずの子が。お金で何でも解決できると思っちゃってさ…だからその銀貨はギルド側からの甘い罠ってわけ。食料がもっと欲しければ獣を狩ってそれを食べろー冒険者を甘く見るなよーってね…適性のない人が冒険者になって無駄に死ぬとこなんて見たくないんだ」
冒険者認定試験はあくまで「冒険者として生きていけるか」を見るための試験である。なお、支給された銀貨3枚だけは試験に合格後初めての報酬として冒険者を証明するバッジとともに与えられる。大した金額でもないため、お守りや戒めとして使わずに残しておくものも多い。
「レイナちゃんは冒険者って何だと思う?」
「冒険者…う、うーん」
真面目な顔になったポーラから急に質問を受ける。この世界に来てから2日目、この世界のことすら分からないのに冒険者が何かと問われても…と思うがざっくりと人助けをすることだろうか。
「えーと…人助け…とか獣とか魔物とかを倒す人たち……?」
「まぁそうなんだけどね…冒険者って時には国を超えて活動するんだ。それで、普通に旅行する人とか商売する人より関所での手続きや通行料が大幅に免除されててね」
「す、すごいですね…」
「実際すごいよ、国家間の協定でその存在が認められていて、ある程度の独立した権限をもって平和活動に従事する。それが冒険者…私は英雄みたいなものだと思ってるよ」
「英雄」。そう言ったポーラは、嬉しそうな、そしてどこか寂しそうな眼をしていた。
「ありがとうございますポーラさん…とても勉強になります」
「いいんだよー、ま、そんな冒険者を裏方で支えたりとかするのが私たちだね、だから今日は頑張って適性のない受験生を落としていこうね!」
「はい!」
ニッコニコするポーラとレイナ。どうやら2人の会話は途中から他の人にも聞こえていたらしく、「あのなぁお前ら…」とバーンズが頭を抱える。試験官のケイは「ゴホン!」とわざとらしく咳払いをして受験生に向き直る。
「えー…まぁ今聞こえていた人達には悪いけども…大体はそこのギルドスタッフの言うとおりだ。俺達には冒険者としての責任がある。何のためにこういう試験があるか、考えて欲しい。冒険者になることを難しくして所属の管理をすることで、冒険者を騙る詐欺などの抑制も兼ねているが、冒険者は誰でもできるというものではない!いかに志が高くてもギルドの決まりで君たちの中から20人のうち半分つまり10人は不合格者や失格者、脱落者が出る。だからこそ合格者は冒険者としてその者たちの想いと平和のための責任を背負って活動してほしい!…………では、試験の説明に入る」
談話室の壁に大きな地図が貼りだされる。右下にクラウェンの街があり、北西の森、そしてその先の山までのルートが示されている。
試験内容はまず北西の森で最近大量にその数を増やして生態系を乱しているホーンウルフを1人3頭狩り、証として角を取って森から出た先のチェックポイントにいるギルドスタッフに渡す。渡した証拠に特製の木札が渡されるので、それを持って次は山へ行き山頂にある祠から今回であれば10個ある丸い魔石をうちから1つ選び下山してこのギルドに戻ってくる。というものだ。
「なお、山頂にある魔石は先着順だ。即席でパーティを組んでも構わないが、魔石は10個しかない!そして…この試験は開始してからは他の受験者への妨害が可能だ」
受験者たちがどよめく。どよめきが続いた後「は、はい!」と弓を背負ったヒュリンの受験生の少女が声を震わせながら手を挙げる。
「質問を許可する。どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
少女は震えながら、自身が想像する最悪のケースを口にする。
「そ、その、魔石を取ってからも、持ってない人が妨害ってありなんですか…?」
その言葉が意味するのは森での試練で遅れてきた後発組が山を登らずに、魔石を苦労して取ってきた者から奪えることを意味していた。
ケイはそのまま表情を変えずに答える。
「そうだ。ただし街に入ってからの妨害は禁止とする。あと殺害もダメだ。殺した場合は失格だし、俺たちが捕まえた後、ギルド本部と司法に裁かれることになる。ほかに質問は?」
ケイの「そうだ。」の一声で受験生は静まり返った。
脅威は森の獣や山を行き来するだけでない。横にいる
少女は「そんな…」と怯えを口にする。そんな少女を見てケイが続ける。
「どうした?襲撃が怖ければパーティを組めばいいじゃないか」
「で、でも!組んだ人が最後に襲ってくるかもしれないじゃないですか!」
「そうだな、だからパーティを組むときはしっかりとその人間を見極めなければならないな…1つ助言するならパーティを組むなら…この数じゃ5人1組の方がいいだろうな。魔石は10個。2つのパーティ全員が魔石を手にできるぞ」
「じゃあ」と後ろの方の犬のアニヴァの青年が手を挙げる。
「でも、それじゃあパーティ対パーティになるじゃないですか!」
「そうだな。冒険者が戦う相手は獣や魔物、妖魔族たちだけじゃない。時には悪党が雇った俺たちと同じ人間たちからも命を狙われる。いい経験になるんじゃないか?」
再び静まり返る受験者たちだが、事実として冒険者の間では人間同士の命のやり取りも多くある。傭兵と呼ばれる者たちは報酬次第で誰にでも従うものが多い。
「他にあるか…………なさそうだな。じゃあ試験のスタート位置に行こうか。バーンズ支部長、それからスタッフさんたち。俺たちと一緒に先導願います」
すっかりとおとなしくなった受験生を引き連れて街の西門を出て街道から少しそれる。木杭が立っている場所がスタート地点だ。
受験者たちは黙って周りの自分以外の受験者を見定めるようにキョロキョロとしている。そんな光景を見てレイナは気まずくなり、ポーラに話しかける。
「あの…ポーラさん」
「ん、どうしたの?」
「その、皆さん大丈夫なんでしょうか…なんかピリピリしてて…」
「あーそっかレイナちゃん初めてだもんね。大丈夫大丈夫慣れるよ」
「しかし…」
悲しそうに眉が八の字になっているレイナの眉間に、ポーラが人差し指を当てて撫でる。
「うーん…ま、ちょっと刺激は強かったよね…でもこれが試験の決まりなんだよ。それにね、冒険者になってからはもっとつらいことがいっぱいあると思うよ」
「そう、なんですか?」
「さっき試験官が言ってたけど人間と敵対して、その人間を殺害しないといけない。みたいなこととかあるだろうしね。味方だと思ってたのが敵だったりーとかもあるらしいし?…国家間を超えて活躍するんだもん。このくらいの試験は仕方ないと思うよ。ね、支部長」
横で聞いていたバーンズも「あぁ」と答える。彼もまた冒険者になる際に同じような試験を経験したのだろう。いや彼だけでない【千の雷】も、ギルドにいた冒険者も、昨日食堂にいた冒険者も。皆この苦しい試験を乗り越えたからこそ、今があるのだ。
開始地点の木杭に到着し、周囲を見渡す【千の雷】のメンバー。するとメンバーのストルが「ケイ」と声をかけて、ケイに何かを耳打ちする。ケイは「分かった許可する」と言うとストルが弓を構えて矢を放つ。放たれた矢は少し先の茂った木の中へ射られ、中から「ギャッ!」と声がしてヒュリンの男が木の上から落ちる。
「ライラ!頼んだ!」とケイが声をかけると、ミリーと呼ばれた双剣のドワーフが素早い動きで近寄り、男を拘束する。幸い矢は男の右腕に刺さっており命に支障はない。が、問題はそこではない。
「君は誰に雇われた?どうしてここにいる?」
ケイが背から長剣を抜いて拘束された男に近寄る。だが男は頑なに口を閉ざす。
「…なるほど……受験者の諸君!諸君らの中で傭兵を雇っていたものがいるようだ!これは規則違反のため、雇った受験者は今ここで失格となる!…が!今名乗り出れば2時間のハンデで許すことも考える!誰だ!?」
受験者たちに大声で呼びかけるケイ。受験者たちは次々に「ぼ、僕じゃない!」「オレだって!」「アタシじゃないわよ!」「違います!」と声を上げる。
ケイは頭をポリポリ掻いた後矢を射ったストルに困った顔をしながら、
「だ、そうだ…目星は?」
ストルは竪琴を撫でながら、「フッ、もちろん」と言って受験者たちに近寄る。そして斧を背負った一人の青年の前で足を止め、短く竪琴を弾き鳴らす。
「君だね?」
そう言われた青年はひどく震えていた。
「あいつは…確か半年前にもうちの試験受けてたなぁ」
「そういえばそうですね」
バーンズとポーラには見覚えがあった。その青年は半年前にも認定試験を受けており、魔石を手に入れて下山している最中に他の受験者から襲撃を受けて魔石を奪われ、不合格となっていた。
「僕じゃない…!」
震える声で絞り出し、後ずさる。が、ストルは青年が一歩下がるごとに竪琴を鳴らしながら同じように一歩詰め寄る。
そんな光景を目の前にして、レイナはバーンズの袖を掴む。
「あ、あの、止めなくていいんですか?」
バーンズはレイナの方を見ず険しい顔で「あぁ」とだけ答える。
「でも…!」
「レイナちゃん。ここで止めたら他の受験者の人たちにも示しがつかない。それにやっちゃいけないことをあの人はやっちゃってるんだよ?」
「分かって…ますけど…」
「レイナ。ポーラの言うとおりだ。そして見ておいてほしい。冒険者の責任を」
「責任…」
一瞬こちらを見たストルだったが「さぁ!」と青年に再度詰め寄る。
「答え合わせをしよう。君はウィフル・ロッテ…冒険者にとてもとてもあこがれている…そして君のお父上は…ヴィルト・ロッテ殿。この国の軍の上層部だ」
「なんで知って…!」
「君のお父上は君が冒険者になるのをあまりよく思っていない。軍の士官学校にでも入って欲しかったんじゃないかな?」
「やめろ…!」
「半年前、君は…そうだなぁ…お父上にこう言ってみたんじゃないかい?『どうしても冒険者になりたいんだ!今度の認定試験に合格したら僕が冒険者になることを認めてよ!』みたいな」
「やめてくれ…!」
「お父上も悩んだ…かわいい息子のやりたいことを無下にできなかったんだろう…試験を受けるのを許した!だが!君は落ちた…!」
「だまれ…!」
「『残念だったな』と慰めるお父上に君はすがり泣いた!『お父さん!もう一度!もう一度だけでいいんだ!お願いします!!』」
「だまれ!やめろ!!」
青年ウィフルは泣きながら背負っている斧の柄に手をかける。そんな青年を見ながらストルはオーバーに身振り手振りして竪琴を鳴らしながらさらに詰める。
「あまりに君が泣くのでお父上は哀れに思いもう一度試験を受けることを許した…だがこれが最後だという条件を付けた。君は焦った…!『ああ!どうしよう!これで落ちたら僕のあこがれの冒険者になれなくなる!どうしようどうしよう!…そうだ』」
「グッ…クッ…!!あ、あぁ…ぁ…!」
ウィフルの脳内にあの時の自分の姿がよみがえる。あの時、自室の部屋の隅で次に落ちた時のことで頭がいっぱいで、いっぱいで、いっぱいで……そうしてある答えに辿り着いた。
「『僕も奪えばいいんだ』」
「うわぁぁァァァァッ!!!」
ウィフルは力いっぱいストルに斧を叩きつけた。だが、振り下ろした地面に、ストルはいない。
「困るよ…私は近接戦が苦手でね…あぁ、いや、女性との近接戦は大歓迎さ、むしろ密着でも構わない…フフッ」
「あ、あぁぁ…」
ストルはあの振り下ろされた一瞬で後ろに回り込み、矢筒から抜いた矢をウィフルの首元に突き立てていた。そんなストルにまたも「キッショニャ」「斧で斬られてればよかったのに」と女性メンバー2人からヤジが飛ぶ。
その後崩れ落ちたウィフルが傭兵を雇い魔石を奪おうとしていたことを自白した。動機はストルが話していた通りだと供述し、不正行為および試験官に襲い掛かったことで失格扱いとなり、ギルド本部で聴取を受けるため、ひとまず街の門番に引き渡した。
これで受験者はあと19人となった。
受験者たちは失格者が目の前で出て、ただ茫然と立ち尽くし同じ思考が巡る。そうだ。今回は試験官の1人が気づいてくれたが、他の奴も何かしているかもしれない。と。
門番への引き渡しまでにあまり時間はかからなかった。戻ってきたケイが「さて、受験者諸君」と何事もなかったかのように接する。
「残り19人。全部が5人パーティを組むことができなくなった。では、そろそろ試験を始めようかあまり待たせても良くないからね」
受験生たちの空気が一層張り詰める。ここから地獄の認定試験が始まるのだ。
「では、始め!!」
戦いの火蓋が切られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます