第5話 冒険者
魔法協会からの帰り道。魔石の入った袋をレイナとバーンズでひとつずつ持ってギルドへ戻っていた。その途中でバーンズは苦々しい顔をしてレイナに尋ねた。
「…なぁ、レイナさん」
「はい、何でしょう支部長」
「魔法協会に所属したいとかって気持ち…あったりするかい?」
「えっ?」
「いやぁ、魔石のところでめちゃくちゃ詳しそうだったからよ…」
「あ、あぁー…」
バーンズはバーンズなりに考えていた。生きる目標を探せと言った手前、レイナには少しでもレイナ自身に馴染みがある物事が多い方が目標を見つけやすくていいのではないかと考えていた。
「いえ、今は私は冒険者ギルドで働きたいと思っています…それに私はエルフらしいので未来でいつか別の職に就くときに魔法協会は選択肢に入れようかなくらいの感覚ですよ」
バーンズの問いかけに笑って返すレイナ。それを見てどこか安心した顔でバーンズは笑う。
「そっか…ははっ…そうか!そいじゃあエルフのレイナさんには100年くらいうちではたらいてもらうとするかね!」
「そ、それはちょっと…」
「冗談さ冗談!でもレイナさんがやりたいって思う目標が見つかったらすぐに言うんだぜ!」
「分かりました…あ、あと1つお願いというか…」
「ん、なんだ?…まさかやっぱり魔法協会に!?」
「いえ!その、支部長は先輩のポーラさんは呼び捨てじゃないですか、それで…支部長から呼んでもらうときに後輩の私だけ『さん』付けはポーラさんに申し訳ないというか…」
バーンズはきょとんとして魔石の袋を落としかけた。すぐに体制を持ち直し「なぁんだそんなことかよ!」と言ってレイナに向き合う。そして右手を差し出し、
「じゃ、改めてよろしくな…レイナ!」
「はい!お願いします支部長!」
笑って歩き出す2人。ポーラへの申し訳なさも払拭でき、ますますこのギルドの仲間になれた気がした。
「…でもやっぱレイナから支部長って言われるのむず痒いな」
「そ、そこは慣れてください…」
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ギルドに戻ると2人の男が一触即発の雰囲気で睨みあっていた。1人は軽い身のこなしの犬系のアニヴァで、もう一人は西洋風の鎧を着こんだ顔に傷のあるヒュリンの男だ。
ポーラは特に止めたりせずに受付業務をこなし、周りは「やれやれー!」だの「ビビってんじゃねぇの!?」と焚きつけていた。
「し、支部長、止めなくていいんですかアレ…」
「あ?あー…レイナよ、冒険者ってぇのは時には殴り合ってお互いを知ることが必要なんだ」
「えぇ…そ、そういうものなんですか…?」
そうこうしているうちに2人の殴り合いが始まった。その横を慣れた感じで「通るぜ」とバーンズが通り抜けるので、レイナはその後ろをこそこそと付いていった。
「あ、お帰りなさい。受験者の半分は受付完了してて、もう半分もそろそろ来るんじゃないかなってとこです」
「はいよ了解。そいじゃレイナ、バックヤードに色々入った麻袋がずらりと並んでるからこのリスト通りに入っているか1つずつチェックしてくれ。OKだったら今持ち帰った魔石を2つずつ袋に入れてってくれ」
「あ、はい…分かりましたじゃあ行ってきます」
「おう、なんか足りなかったらすぐ言ってくれ…あー喧嘩は心配すんなって、いつも誰かしらがやってることさ」
「そ、そうなんですね…では…」
レイナはカウンター裏の扉をあけてバックヤードへと引っ込む。バーンズはポーラの横に立って喧嘩を眺めながらポケットから銀貨を取り出した。
「なあポーラ」
「なんです支部長」
「俺、あっちの犬のアニヴァに銀貨10枚」
「あ、ずるい!…けどまあいっか。鎧に銀貨10枚で」
こうした喧嘩の勝敗に賭けるのも冒険者たちの間ではよくあることらしい。
バックヤードにずらっと並んだ麻袋からはそれぞれ丸められた地図がはみ出している。リストには地図、携帯食料2つ、ポーション2つ、料理用のナイフ1本、ロープ1束、チョーク1本、火打石と打金1セット、銀貨3枚、そしてアメジストの魔石が2つとなっている。なぜ銀貨が入っているか頭に「?」が浮かんだが、リストに入っているので使用するということなのだろう。
一通り袋を確認して不備がないことを確認したレイナは魔石を2つずつ入れていく。魔法協会で受け取った魔石は3つ余った。
確認が終わってバーンズに報告に行くと先ほどまで殴り合っていた2人の冒険者が肩を抱き合って笑っている…顔面はぼこぼこになっているが。
「あ、袋、OKだった?」とポーラがニヤニヤして話しかけてくる。
「はい!魔石も入れ終わりまして…何かありました?」
「んふふ…ちょぉっと臨時収入があってね!」
「はぁ」
ポケットから銀貨をジャラジャラ取り出すポーラを横目にバーンズが「面白くねぇの…」とふてくされている。
「???…支部長、どうしちゃったんですか?」
「あーいいのいいの。そうだ!景気がいいからまたご飯奢ってあげるね!」
「は、はぁ…ありがとうございます?」
ポーラがバーンズに見せつけるように財布に戦利品をしまっていると「すまない」と4人連れの冒険者がレイナに話しかけてくる。
「はい、御用でしょうか?」
「あぁ、今日の冒険者試験の試験官の【千の雷】だ。到着したんでここの支部長を呼んでもらいたい」
どうやらこの長剣を背負った青い髪のヒュリンの青年がリーダーのようだ。ほかには杖を持った金髪の猫のアニヴァの女性、ポイントアーマーを各部に着けて腰に双剣を差した身軽な装いの茶髪のドワーフの少女、弓と矢筒と…竪琴を背負ったヒュリンの銀髪の青年。お手本のようにバランスの取れたパーティである。
「分かりました、少々お待ちください」とポーラのせいでむくれるバーンズの方に向かおうとすると、銀髪の青年が1本のバラをレイナの前に差し出す。
「お嬢さん…貴女のために一曲お送りしても?」
「はい?」
突然のことにぽかんとするレイナ。【千の雷】ほかのメンバーは「おいまたかよ…」「シンプルに死ねニャ」「バラのとげ刺さればいいのに」と怪訝な顔をして散々な評価を下していた。そしてリーダーの青年が「すまない…」と割り込む。
「本当に申し訳ない…いつも言ってるんだが…あ、普段はちゃんとしてて頼りになるんだ。索敵能力も高いし魔力も高くて…」
「おいケイ!邪魔しないでくれ!ここから私とこのお嬢さんのラブロマンスが始まるんだ!」
「ストル…頼むからおとなしくしてくれ…すまない、抑えておくから支部長を…!ミリー!ライラ!手伝ってくれ!」
「あ、はい!すぐ支部長をお呼びします」
後ろで「死ねニャ」や「鼻から花咲かせてやりますよ」など不穏な言葉が聞こえたが、とりあえず急ぎバーンズを呼び、【千の雷】のところに一緒に戻る。するとバーンズは「準備はできたのか」とケイに声をかける。
「ああ、試験会場の準備はばっちりだ。受験者は全員揃ってるのか?」
「そちらに関しては大丈夫だ。先ほど完了した…もう始めるか?」
「そうだな…この馬鹿を抑えるのも疲れてきたし、早めに行こう」
見ると先ほどの銀髪の青年をケイ1人で抑えておりほかの2人は杖で突いたり、バラを耳に刺そうとしていた。
「はっはっは!まぁあんまりレイナには手を出さん方がいいぞ!ほれ、悪魔がこっちを見ている」
「悪魔?」
全員がバーンズに指さされた方を見ると、無表情でこちらを見つめるポーラがいた。異様な雰囲気を醸し出しており、ポーラの周囲には人はいなかった。
銀髪の青年は「ヒュッ」っと声をあげると、急におとなしくなった。
「よし、それじゃ行こうぜ、おぉーい受験者はカウンターに集合してくれ!」
受験者たちはポーラの方を見ながら恐る恐るバーンズに付いて行く。その中に昨夜食堂でレイナに絡んできた青年が顔を青くしているのが見えた。
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