第4話 秘めたる力
翌日、朝起きたレイナはギルドの制服に袖を通し翡翠のペンダントを身に着ける。今日からこの服とともに冒険者ギルドのスタッフとしての第一歩を踏み出すのだ。鏡を確認したが淡い翡翠色の美しい長髪は寝ぐせや髪のごわつき等がなくきれいにまとまっている。よほどに寝相がよかったのだろうか。
怜奈でいたころの児童養護施設にいた名残でベッドの清掃をして整え、部屋を出たところでポーラと鉢合わせた。
「おはようございます」
「レイナちゃんおはよう…昨日はごめんね、ここまで運んでくれたんでしょう?」
「あ、はい、あ、そうだ昨日食堂のご主人が後で代金を払うようにと…」
「ん、了解!いやぁ…先輩として面目ない…私変なこと言ってなかった?」
「えっ」
思わず固まる。変なことと言えば後半全てが変だったと思うのだが、と言いたいところをぐっとこらえて「日々お疲れだということが伝わりました」とやんわり返すと、ポーラは「たはは…気を遣わせちゃってるね…」と肩を落とす。
1階に降りるとギルド支部長のバーンズが書類と地図をそれぞれ1部ずつに分けている。2人に気が付くと「おはよう!」と書類を持った右手を挙げる。
「おはようございます支部長」
「おう、なぁんかレイナさんに支部長って言われるとむず痒いなぁ」
「なんです?じゃあ私はどうなんですか支部長?」
「ポーラは慣れたもんよ何にも感じねぇ」
「えーひどーい」
その後も冗談を交えながら談笑する2人、多少の冗談を言い合えるのはずっとこの2人だけでこの支部を切り盛りしてきたからだろう。
「さぁて、そいじゃ今日は受験者どもが20人らしいからな、ちゃっちゃと準備しちまおう!」
「前は15人、さらにその前は8人だったのにどんどん増えてるね…」
「あぁ、2人しかいない支部のことを考えてくれってんだ…おっと今はレイナさんが来てくれたから3人か」
「ありがたい戦力だよホント…」
「い、いえそんな…」
「いいやありがたいさ、なにせしばらく手伝ってくれるんだ、感謝せずにはおれんよ」
「え、ホント!?レイナちゃんずっといるの!?」
「えっと、自分の目的というか目標を見つけるまでですが…ここで働かせていただこうかと」
「やったー!スカウトありがとう支部長!伊達に禿げてないよね!!」
「これは剃ってんだよ!」
ペシンと笑いながら自分の頭を叩くバーンズ。笑顔が絶えない職場というのはこういう場所をいうのではないだろうか。
「さて、禿げ笑いはここまでにして…レイナさん今日のことでやってもらいたいのは、まず俺と魔法協会へ行って今日受験者に配布する魔石の受理、次に受験者に渡す袋やその内容物に入れ忘れや不備がないかの確認、そこまでしたら試験官が来るのを待って、来たら受験者や試験官と一緒に街を出て受験会場の森の入り口に向かう。そっからはまた現地で教えるよ…質問は?」
「あ、はい。では…魔法協会と魔石って…何でしょう」
「ふむ、そこも知らない、いや記憶喪失で忘れてしまったか…では少しだけ教えよう」
記憶喪失でないと伝えても記憶喪失扱いなのでそこはレイナはスルーする。
ギルドの依頼張り出しの横の黒板にバーンズは3つの丸を書きそれぞれの円の中に「アイテム協会」「武装協会」「魔法協会」と書き入れる。
アイテム協会はポーションや解毒薬など消耗品の作成や研究、さらに遺跡から発掘される遺物を復元したり再利用するための研究機関である。大きな街に支部があり、ここクラウェンもその支部を置く対象となっている。
武装協会は国に対して武器防具などの作成、納品。冒険者からの依頼を受けての修復、さらに遺跡で見つかった武器に呪いがないか再利用できるかを研究している。ドワーフの在籍が多く、腕のいい鍛冶師を協会へスカウトすることも行っている。
魔法協会は現存する魔法の威力改良や簡易化、新たな魔法の開拓などを行う研究がメインの協会である。また魔石と呼ばれる宝石は鉱石は輝けば輝くほど、純粋であれば純粋であるほど効果が高いため、研磨や採集をアイテム協会と共同して行っている。
「…ってところだ。まぁ魔石がどんなかってのは今から見に行くから現物を拝めるさ、とりあえず便利な石って思ってればいいさ」
「なるほど…」
説明前にポーラからもらったメモに書き込んでいく。どの協会も各国の宮廷魔術師やお抱えの一流の鍛冶師などが在籍していたりいるらしい。中には群れることを嫌って頑なに協会に所属するのを拒む職人や魔法使いも多くいるらしい。
「うっし、じゃあそろそろはじめるぜ!ポーラ、そろそろ受験者が来るだろうから留守番頼むぜ!」
「はーい…ってもう扉の向こうに数名待ってるっぽいね」
「全くせっかちな奴らだ…試験は昼前からだってのに…しょうがねぇなぁ」
見るとひょこひょこと数名が覗き込んでいる、バーンズは扉を開けて「受験者さんたちよ、えらく早いな…ま、受付してしばらく待っててくれや」と中へ招き入れる。
「はーいでは本日の冒険者試験の受付開始します!受験票をもってこちらへお願いしまーす!」
ポーラが受付カウンターへ移動して受験者を誘導する。
「レイナさん、俺たちは俺たちで魔法協会に行こうぜ」
「はい!今行きます!」
バーンズのもとに駆けていき、付いていく。朝の街は露店の商人たちがせっせと店の準備をしていたり、食品を扱う店からは今日の商品を調理しているいい香りが漂う。
「いい街だろ、クラウェンは」
ニカっと笑うバーンズはとても嬉しそうだった。そんなバーンズに商人や地域住民がすれ違うたびに挨拶してくる。中にはグータッチをして挨拶する間柄の人もいるようだ。
「俺はこの街出身でな、大体知り合いが多いんだ。路地裏なんかもガキの頃走り回って遊んだもんよ」
「そうなんですね…という事はあまり街からは出ないんですか?」
「いや、15年前までは冒険者をやっていた。Bランク級冒険者、〈大剣坊主〉のバーンズなんて…昔は呼ばれてたよ」
「ふぅ」とため息をついたバーンズは広場の噴水にある石碑の前で足を止めた。
「15年前だ。たまたま街に帰省してた時に妖魔族の大群の襲撃を受けた。今でこそ街は元通りだが当時はあちこちボロボロになってな…同じパーティの仲間も死んじまった」
バーンズは指で石碑の文字をなぞる。
「…イセリナ・レイストン」
「レイストン…それって…」
「ああ、死んだ仲間で俺の妹の名前さ。4人パーティでな、あっちこっち一緒に旅して…帰省したのはイセリナともう1人の仲間の結婚式をやるためだった」
そっと拳を石碑に当て、祈るバーンズ。その顔はどこか安らかだった。
「んで俺もその時に大怪我で左手にあんまり力が入らなくなって武器が持てない身体になったからあえなく引退。だけども冒険者の仕事に縋り付きたくて選んだのが…ギルドよ」
「そう、だったんですね…」
「ああ、表立って戦えないんならせめて裏方支援ってな!毎回冒険者試験を突破していく奴に俺は祈るんだ。死ぬんじゃねぇぞってな…さて、悪いな暗い話して…魔法協会の支部はすぐそこだ」
石碑に背を向けて歩き出す。あとでポーラに教えてもらった事だが、バーンズは出張でいない時を除いて毎日朝にこの石碑にお参りをしているそうだ。
広場から北にある全体的に黒っぽい木材を使用されている建物のドアをバーンズが開ける。杖と三角帽子の描かれた看板が軒先にかかっている。
中には数名の白いローブを着た人達が本と睨み合ったり、フラスコに入った液体を火にかけたりしている。
「よぉ、ブロント。今日支給する魔石を受け取りに来たぜ」
「ああ、バーンズか早かったね…ちょっと待ってね…はいこれだねどうぞ」
ブロントと呼ばれた金髪で丸メガネをかけた糸目の若いエルフの男性がバーンズに袋を2つ手渡す。
「ん?おや、ギルドにやっと新入りかい?」
「おうよ、昨日スカウトした!あー、すまん挨拶しといてくれ。一応コイツはここの魔法協会の支部長なんだ」
「は、はじめまして!レイナ・キセキです!本日から冒険者ギルドで働かせていただいてます!」
「僕はここの魔法協会の支部長、ブロント・アーバイン。君と…同じエルフだよ。ただ君の様に綺麗な淡い緑の髪のエルフは見た事ないなぁ…染めてるの?」
「い、いえ染めてないです気づいたらこんな髪色で…」
ブロントは「ふむ、そうなのか」と言いながらレイナを前後左右から観察する。余りにジロジロ見ていたのでバーンズから「やめろやめろ」と警告が入る。
「ああ、こりゃ失礼…自分の知らないことは研究したくなるタイプでね…悪かったよ」
「い、いえ、やっぱり珍しいんですか?」
「うん。珍しいっていうか初めて見た。少なくとも僕がいたエルフの村にはいなかったなぁ…」
「おい村にいたって…そりゃ何年前だよ…俺たちと出会った頃は宮廷魔術師だったろ」
「んー、80年前かな?」
「じじいじゃねぇか…ちゃんと覚えてんのか?」
「失礼な、僕たちエルフは長命なんだぞう?現に僕はまだピチピチの150歳代だし」
「じじいじゃねぇか」
「150歳なんですか!?」
若く見えても相応に年を重ねているようだった。ポーラがうらやましがるのも少しは分かったレイナであった。
元の怜奈は16歳。このエルフの姿のレイナが何歳なのかは分からないが、とりあえず16歳でいいだろうとバーンズがギルド職員を管理する書類に記入していた。
「レイナさん、だったね?君はエルフでもまだ若いからあんまり分かんないかもだけどエルフはね、とても長命なんだ。300歳を超えて生きてるエルフもいるし、その人は普通に元気さ。ほかの種族と一緒にしちゃあいけないよ」
「なるほど…あ、先ほど宮廷魔術師とバーンズ支部長がおっしゃってましたが…」
「ああ、バーンズ君と冒険者パーティ組んでた前にね…窮屈だったし、バーンズ君から誘われたから『バーカ』って書いた紙を王様の玉座に貼り付けて辞めてやったんだ」
「そのせいで一時期お尋ね者だったがなぁ?あんときは割とやばかったんだぞコノヤロウ」
ブロントはひょうきんな性格らしく「あっはっはごめんごめん」と腹を抱えて笑う。ひとしきり笑った後で「ところで」とレイナの方を向く。
「レイナさんの魔法属性は何かな?いや、興味本位なんだけどね」
「魔法…属性?」
「あー悪いブロント。レイナさんは記憶がな…街のことや種族のこと、冒険者ギルドだって忘れてるっていうか…知らねぇんだ」
「ほう…?じゃあちょっとだけ教えてあげよう。昔は宮廷魔術師として先生もしていたからね…バーンズ君時間大丈夫?」
「ま、ちょっとなら大丈夫だろ」
「了解」とブロントが手元の紙につらつらと絵を描き始めるどうやらそれぞれの属性について描いているようだ。
この世界には7つの属性が存在している。無、火、水、地、風、光、闇。人族は生まれつき無属性以外の1つ属性を持って生まれてくる。血筋によらずランダムで、完全に先天的なものとされている。中には極稀に2属性を持って生まれる特異な例もあるらしい。無属性はきちんと研鑽を重ねればどの属性に生まれようが使用できるもので魔法の内容も身体機能の強化や汎用的なものが多い。そして自分の属性以外の魔法は完全に使用できない。ということはない。
「そう、この魔石があればね!!」
ブロントはバーンズに渡した袋から紫色の透き通った石を取り出す。自分の持っている属性以外の魔法はこうした魔石を持っていることで使用ができる。が、使用すると魔石は粉々に砕けて力を失ってしまうし、魔石を使って使用できる魔法もその属性の魔法使いが込めた1つの魔法のみしか使用できない。ちなみに今回受験者に配布される紫の石には闇属性で非常用の「目くらましの魔法」が込められている。
「なるほど…では、自分の属性の魔石は必要ないということですか?」
「いいや、そうじゃあないんだ。むしろ自分の属性だからこそ持っておいた方がいい。自分の属性の魔石は使用せずとも身に着けているだけで自分の使う属性の魔法が強化されるんだ。身に着けるだけだから粉々にもならないしね」
「ぼくもほら、これ着けてるんだ」とブロントは袖をまくって腕輪を見せる。腕輪には青い石がはめ込まれていた。
「これが……なんかラピスラズリみたい…」
「おや、そうだよ?」
「え、そうなんですか!?じゃあもしかしてですけど今日配布するあの紫の魔石ってアメジストだったり…?」
「おぉー!大正解!レイナさん魔法協会で働いてみないかい?」
「おい勘弁してくれよ、うちの職員だぞ…今はな」
「だ、大丈夫です!私はギルドで働きますから!」
「頼むぜホント…」とバーンズががっくりしている横で「よいしょ」と地球儀のような台座にはめ込まれた大きなガラス玉が置かれる。ただ透明で何も書かれておらず、底の方には色とりどりの粉が溜まっている。
「ついでだ、レイナさんの属性を見てみよう。これはアイテム協会と共同開発した『属性判別装置』!これがあれば教会で見てもらわなくとも魔力を込めれば瞬時にその人の属性が分かる!さらに!どのくらい魔力があるかも分かっちゃう優れものなんだなぁ…ちなみに原案は、ぼ・く!!」
「フフン」と誇らしげに眼鏡をクイクイするブロント。「お手本はこうだよ」とガラス球に手をかざすと底に溜まっている粉の中から青い粉が浮き上がる。さらにブロントが力を込めると青い粉はガラス玉の中で円を描くように回りだす。
「僕の属性は水。そして力が強いとこうやって浮かせて自在に動かすことができるんだ…次はバーンズ君、やってみて」
「え、俺?知ってるだろ俺の属性」
「いいからいいから」
「…しゃあねぇなぁ」
バーンズが渋々手をかざすと緑色の粉がちょっとだけ盛り上がる。目一杯魔力を込めているらしいが浮くことはなかった。
「分かっていたけどバーンズ君は風属性。魔力はクソザコだね」
「ケッ、二度とやるか!」
「悪かったって…ほら次はレイナさんどうぞ」
「は、はい…」
レイナはガラス球に手を伸ばす…が、
「あの、魔力ってどう込めれば…」
「そ、そこからなんだね…えっとね、こう、大気中のマナを吸収する感じで体から『はぁー!』って押し出す感じで…」
「こう…ですか…!」
「そんな感じ!ギューッといっちゃ……え?」
瞬間、レイナの後ろに透明、赤、青、黄、緑、白、黒の色の7つの石が現れる。バーンズはレイナよりガラス球の方を見ていたのでそれに気づいていたのはブロントだけだった。
「君は…」と声をかけようとしたところで、バリンという音が鳴る。レイナの後ろの石も消えてしまった。
「おわっと!おいブロント!急に割れたぞ!どうなってんだ!」
「あ、あのあの!すいません!べ、弁償します!」
「今のは…一体…」
「一体…じゃねぇよ、うちのスタッフが怪我したらどうすんだよ」
「え、あ、あぁ!ごめんごめん!ま、まさか割れるなんて、弁償はしなくていいよまだ試作段階だからね…バーンズ君の後にレイナさんの優秀な魔力が込められて装置がびっくりして壊れたのかなぁ?ははは」
「ははは、じゃねぇよ喧嘩撃ってんのか…しかも結局レイナさんの属性、分からなかったじゃねぇか」
「うーん…申し訳ない。今度までに直しておくよ…怪我はないかい?」
「私は大丈夫です…その、あの、さっき…」
「?」
「いえ、やっぱり何でもないです…」
「一瞬全部が浮いて見えた」そう言おうとしたが、何かの見間違いかもしれない。
「あ、片付け手伝います!」
「ん、ああいいよいいよ。僕がもうちょっと強度を持たして作らないといけなかったからね…それにバーンズ君、そろそろ戻った方がいいんじゃない?」
「まぁそうだな…うっしレイナさん、帰ろう」
「えぇ!?いいんですか…?」
「大丈夫だって、冒険者認定試験のお仕事の方が大事だよ」
「わ、分かりました、ありがとうございます」
「そいじゃ俺たちはここいらで失礼するぜ」
「失礼します!」
「はーいまたおいでー」
2人が魔法協会の扉から出て行ってから、ブロントはほかの職員と一緒に片づけをしながら、自分が見たあの現象について考えていた。
実はブロントは長年の魔法使いとしての感覚と持ち前の魔法の才能で、よほどの強者でない限り、初対面であっても属性を予想できる。が、レイナに対しては出来なかったのだ。はじめは「あーもう僕も年かなぁ」と思っていたのだが、実は会話中に何度も属性を探ろうと属性探知の魔法をかけようとしていた。しかし魔法が通らず、何も分からなかったのである。それじゃあ道具で判別したらいいじゃんと試作ながらいい出来だと思っていた属性判別装置を使用したが壊れてしまった。
塵取りに集め終わった属性判別装置だったものをゴミ箱に捨てながらブロントはぽつりとつぶやく。
「………レイナ・キセキ。君は一体…」
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