1章 冒険者ギルド

第3話 ポーラと一緒に

 夕方、ガチャリと部屋のドアが開いて目を覚ます。ポーラが服をもってやってきたようだ。


「あ、ごめーん起こしちゃった?明日手伝ってくれるって聞いたから服持ってきてて…サイズ合うやつ試させてもらっても…いい?」

「あ、はい、大丈夫です」


 「よかった」と、ポーラがいくつか服の山からつかみ取る。ギルドの支部長クラスは自分の装備や服を好きに着ていいらしいが、一般の職員はスカートまたはズボンが赤色で、白の長袖シャツ。その上に茶色のチェック柄のベストを着て最後にポケットのいっぱい付いている黒いエプロンを着るスタイルが制服らしい。


「レイナさんはエルフでいいよねぇ…プロポーション抜群だし…あ、ってなったらこっちのシャツは胸が入らないか…」


 合わないサイズの服をポイポイと投げるポーラ。服は見るからに子供サイズのものや、支部長のバーンズでも余裕で着れそうなサイズなど様々である。


「エルフ…?エルフってあのエルフですか?」

「???あーえっと…そっか…え、でもそこからか…」

「な、なんかすいません…」

「いいよいいよ、ってことは種族についてもすっぽり抜けちゃってるみたいだね…服選びながら教えてあげるよ」


 ポーラに服を選んでもらいながら、種族について説明してもらった。

 この世界には大きく分けて人族、獣、魔物、妖魔族、魔族が存在する。

 その中でも人族には、ヒュリンというポーラやバーンズそして我々と変わらない姿の普通の人間、小さく鍛冶や物作りが得意で体が頑丈なドワーフ、身体の一部にまたは全身に動物の特徴があり、その動物の機能の一部が備わっているアニヴァ、尖った耳が特徴で容姿が整っていて、他の人族よりも遥かに長命のエルフが存在する。ポーラ曰く、レイナも尖った耳をしている為、エルフに分類されるだろうとの事だ。


 人族の中では圧倒的にヒュリンが多く、次にアニヴァ、ドワーフと続いて、最も数が少ないのが基本的に森に住むエルフらしい。ただ、とても希少種という訳でもなく冒険者の中にもエルフはいるし、何なら今いるクラウェンの街にも片手で数える程だが、いるらしい。


 次に獣には『族』はつかないらしい。あくまで『族』と付くのは文化的な暮らしをするものにつけられる。獣はよく知る牛や豚や馬、羊、犬や猫に鳥など基本的に動物がそれに分類される。違う点を挙げるとすれば、魚や爬虫類達も一応獣に分類されているという事だろう。ちなみに先程の人族の中でのアニヴァは犬や猫、兎、狐の系統しか確認されていない。


 次は魔物。大気中に含まれる魔法の素である『マナ』が過剰に獣や植物、虫などに悪影響を与え、突然変異した姿。言葉が通じず衝動的に破壊や捕食、己の欲の限りを尽くし生態系を破壊する。中には同じ魔物同士で群れを作り、ともに行動したり、繁殖したりする。冒険者は主に冒険者ギルドから依頼をされてこれを狩ることを生業としている。


 『マナ』の影響は人族にも影響を与える事がある。それが妖魔族である。古い書物にはおよそ500年程前からその存在が確認されており、魔物との違いは言葉が通じる、又はある種の言語を持ち、道具を使ったり、組織的な連携を行う知能があるということだ。また、知能を持った魔物も妖魔族に分類される。防衛力の乏しい村や町が妖魔族の襲撃によって壊滅するというケースも存在する。冒険者はこれの阻止及び討伐の依頼も請け負う。


 そして恐ろしいのは魔族。先に挙げた魔物や妖魔を従えるだけの知能、知識、強さを兼ね揃えており、1体の魔族だけで国を滅ぼした伝承が伝わっていたり、大地などにいまだに魔族の猛攻の跡が遺っている場所もある。未だ謎の多い種族である為、魔族専門の研究者も多く存在している。計り知れない強さから相手を出来る冒険者は限られており、熟練の冒険者であっても即座に撤退を考える。


「…と、そんなとこかなぁ…よし服もこれでいいでしょ!」


 レイナは鏡の前に立って自分の姿を確認する。以前と容姿も違えば、この様な服を着る事もなかった。改めて違う世界、違う『自分』を肌で感じた。

 そんなレイナを見ていたポーラはレイナにある思いが浮かんでいた。


「何か、レイナさん色っぽくない?」

「えっ?」

「いや、見てよおんなじ制服よ?身長もレイナさんに負けてるけど、なんか、こう……」


 ポーラは自分の制服の裾をパタパタとする。そんなポーラはどちらかといえばおさげ髪も相まって子供っぽく見える。


「は、はぁ…」

「ごめんレイナさん、今いくつ?」

「えっと…16歳…ですかね」

「は?え、ごめん?なんて?」

「え、えっ、えと、16…歳…」


 突然パタリとポーラは倒れた。


「大丈夫ですか!?えっと、その」

「23歳」

「えっ?」

「私今23歳なんだぁ…へへっ、いいなぁエルフ…プロポーション抜群で…さらに綺麗なまま長命なんてさぁ…」

「え、あ、で、でもポーラさんはかわいいですよ!?それにほら明日お仕事でお世話になりますから頼れる先輩ですし!」

「ぐすっ…ほんとぉ…?」


 ウジウジと床を転がるポーラがグリンと顔を向ける。レイナが「ホントホント!」と慰めるとゆらりと立ち上がる。


「…レイナさ…ちゃん、先輩とご飯行こっか…」

「えっ…?」

「最近さぁ…いろいろあってさぁ…うちの支部は支部長と私しかいないからさぁ…レイナちゃんみたいなのは貴重でさぁ…!」


 涙目でじりじりとレイナに詰め寄るポーラ、一つの組織に属するスタッフとしていろいろ想うことがあるのだろう。ついでに「ちゃん」呼びになっている。


「そんな先輩のお話…聞いて欲しいなぁって…ご飯奢るからさぁ…!」

「わ、分かりました!分かりましたから!行きましょう?ね?」

「ありがとう!じゃ、退勤処理してくるから待っててねー!」

 

 涙目から一変、キラキラした目でばびゅんと部屋から出ていくポーラ。感情の変化が激しい人なのだなとレイナは感じていた。


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 少ししてレイナとポーラは街にある大きな食堂にいた。宿屋と経営を併用しており、多くの冒険者と呼ばれる人たちが酒を飲み交わしたり、商人風の人たちが食事を食べながら地図を広げて話し合ったりしている。


「すごく多いですね…いつもこんな感じなんですか?」

「ん、まあね。この街って3つある大きな交易ルートのちょうど中心くらいに位置してるんだ、だから商人とかそれを護衛する冒険者がここで一泊して休憩したりとかよくあるんだよ…あ!あっち空いてる!行こ!」


 レイナは腕を引かれて奥のカウンター席へ座る。するとカウンターの向こうから眼鏡をかけた壮年の男性が「おや、ポーラ」と声をかけてくる。


「珍しいね、お友達か?」

「マスターこんばんは!この子はレイナちゃん!私の新しい大事な後輩ちゃんなんだ!」

「そうなのかい…で、その新しい大事な後輩さんに愚痴こぼしか?」

「ぐっ…いや、まぁその、ご飯よ!歓迎会なの!!」

「冗談さ。まぁ図星だろうが…いつものでいいか?」

「うん!…あ、レイナちゃん食べれないものとかある…?大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」

「よかった!じゃあ2人前で!」

「はいよ、じゃあこの果実水でも飲んで待ってな」


 ポーラとレイナの目の前にドンと木で作られたジョッキが置かれる。中には赤みがかかった液体が入っている。ポーラは受け取ってからぐびぐびと一気に飲んで「くはぁー!」っと息をついている。


「?飲まないの?この店のベリーの果実水は美味しいよ?舌は真っ赤になるけどね」


 べーっと舌を出したポーラの舌は真っ赤の染まっていた。レイナも一気に目の前の果実水を飲み干して恥ずかしそうにちょこっと舌を出した。

 それを見たポーラは一瞬真顔になり、「クソかわいいのが腹立つ」とカウンターに突っ伏してプルプルしていた。それを見ていた周囲の者たちも同様に「かわいいな」「ポーラさんと一緒にいる子誰だ?「お前ナンパして来いよ」「嫌だよポーラさんに殺されちまうよ」とざわざわしていた。


 その後肉料理とパンが運ばれて来て、それを食べながらポーラが、

「最近結婚しろ結婚しろって実家がうるさいのよ」や、

「何でギルド本部は新しいスタッフ寄こしてくれないかなぁ!」や、

「若さって永遠じゃないんだよ…いいよねエルフは…かー…やってられるか…」や、

「オラァそっちの冒険者ァ!見てんじゃねぇぞ!あァん!?」といったように、酒を飲んでいないのに酔っ払いみたいな絡み方をするようになる。レイナがおろおろしていると、


「あー、後輩さん、いやレイナさんだっけか?ポーラは仕事やプライベートの鬱憤がたまるとこうなるのさ」

「な、なるほど…」

「大変だと思うが…ま、慣れるさ。俺も慣れた。たまにこうやってガス抜きしねぇとやってられねぇんだとさ」

「は、はぁ…」


 食堂の主人と一緒に困り顔でポーラの話を聞いていると、「やぁ」と爽やかそうな金髪の青年が声をかけてくる。周囲はなぜかシーンと静まり返る。


「翡翠色の髪のエルフのお姉さんはこの街の人?僕はロイ、よろしく」


 レイナは自分に声をかけられていると思わず、「私…ですか?」と周囲を見回す。

 食堂の主人に「…あんたしかいねぇよ」と言われる。


「いやぁ実にツイている!こんな美しいエルフのお姉さんと出会えるなんて…お名前は?」

「え、あ、レイナ…です」

「レイナさん…どうです?この後二人で飲みなおしませんか?」

「えっと、その…」


 レイナが返答に困っていると食堂の主人がため息をついて、


「兄ちゃんやめとけ…特にそっちのポーラの前ではな…もう遅いが…」

「え?」


 青年が食堂の主人からレイナに視線を戻すと、視界の下にギルドの制服を着た少女が見える。


「や、やぁお嬢ちゃん?ごめんね、僕はこちらのお姉さんと」

「フンヌッ!!」

「ごぼぉ!?」


 瞬間、青年の腹部にポーラの正拳突きが刺さる。1メートルほど衝撃で飛ばされた青年が着ていたプレートメイルのみぞおち部分にはポーラの拳の跡がくっきりと残っていた。


「これがてめぇがお嬢ちゃんと呼んだ23歳の女のパンチだ…タダでくれてやるからよぉく憶えときな!」

「さっすが〈鉄拳〉ポーラ…冒険者にでもなればいいのによ」


 パチパチと食堂の主人が拍手する。ポーラは青年に歩み寄り、頭をつかんで持ち上げ、周囲の冒険者に見せる。


「てめぇら、私のかわいい後輩のレイナちゃんに手を出すんじゃねぇ!こうなりたくなければなぁ!」


 頭をつかまれた青年はブクブクと泡を吹いて気を失っている。それを見た周囲の冒険者たちは「だからやめとけって言ったんだ…」「馬鹿だなぁ…」「あいつ明日の試験出るって言ってたやつだろ?大丈夫か?」とどよめく。


「返事は!?」


 苛立ったポーラが大声で返事を求める。周囲の冒険者は皆背筋を伸ばし、「はい!」とおびえた声で答える。


「いいか?レイナさん、この街で一番強いのはな、ストレスが溜まって爆発してる時のポーラだ…」

「そ、そう…みたいですね…肝に銘じておきます…」

「んで、散々やったあとのポーラは」


 青年から手を放し、レイナのもとに歩いてきたポーラは「眠い」とレイナに抱き着いてくる。


「おねむの時間になる」


うんうんと頷きながら、食堂の主人は腕を組む。


「眠い…レイナちゃ…お部屋連れてって…寝る…」

「え、ポーラさん、ええー…」

「連れ帰ってやんな、いつもはバーンズさんに来てもらって背負って帰ってもらってるんだ…お代は多分ポーラが奢るって言ってたんだろ?明日払いに来いって言っといてくれたらそれでいいからよ」

「は、はぁ…分かりました伝えておきます」

「いいってことよ…さて、おい兄ちゃん生きてるかー?ここで寝ないでくれよー?」


 ペシペシと青年の頬を叩く食堂の主人を後に、レイナはポーラを背負って食堂を後にする。先ほど鉄拳を繰り出した姿からは想像できないほどポーラは華奢で、体重も軽かった。

 ギルドに戻るとバーンズが受付カウンターで雑務をこなしていた。いつの間にか眠っていたポーラを背負ったレイナを見て「またか」と頭を抱える。


「命知らずもいたもんだなぁおい…たまにあるんだよ、〈鉄拳〉ポーラを知らないよその冒険者がポーラにぼこぼこにされるのが…」

「みたいですね…あの、ポーラさんのお部屋は…?」

「あー悪い。こっちだ、扉は俺が開けるよ」


 バーンズに案内されて入ったギルドの2階のポーラの部屋はきちんと整理整頓されていて先ほど見た荒れた姿とは違って、根はとても几帳面のようだ。ポーラをベッドに寝かせ、布団をかける。その寝顔は元のレイナ、輝石 怜奈よりも少し幼く見えた。


「…〈鉄拳〉、見たか?」


 ポーラをベッドに寝かせて、1階に降りた後…バーンズがばつの悪そうな顔をして尋ねる。


「えぇ…まぁ…」

「はぁー…すまねぇな…ここんとこ仕事が山積みでストレスが溜まってたんだろうな…」

「そんなにですか…?」

「あぁ、少し前に魔物の…大量ってほどでもないがそこそこ発生してな。しかも2件…それの裏方の書類処理が俺たち2人しかいないもんだから…あと明日ある半年に1度の冒険者認定試験も予定通り行うってことでそれの準備も…」

「な、なるほど…大変だったのですね…」

「なぁ、レイナさん。朝は明日の試験のスタッフって言ったが、どうだろう?しばらくここで働かないか?本部からの応援がないなら、こっちで現地採用するしかねぇと思うんだ…」

「そう、ですね…今の私は本当に何も目標がないので…目標ができるまででよかったら…」

「本当か!?ありがてぇ…!これで少しは激務から解放される…!」


 バーンズはガッツポーズで喜ぶ。大の大人が涙目でよろこぶのだ、本当に切羽詰まっていたのだろう。そしてレイナが言った目標。それはずっと引っかかっていた言葉だった。

 

『これから貴女は旅に出るのです。その果てで貴女の望みは叶えられるでしょう』


あの石の神殿で言われた『その果て』…それがどこにあるのか。いずれにせよ、旅に出るのだとしてもある程度の路銀は必要なので今はバーンズの提案が、レイナにとってもありがたい話であった。


「よっし、じゃあ今レイナさんが使ってる部屋、ここで働いている間は好きに使ってくれ!家賃もいらねぇよ、ポーラからも家賃取ってないしな」

「ありがとうございます!精一杯頑張ります!」

「おう!そんじゃまずは明日だな!これからよろしく!」


バーンズにがっちりと手を掴まれ握手される。その後バーンズは依頼の飛び込みがあった時に対応するための夜勤に戻り、レイナは2階の自室となった部屋のベッドに潜りこむ。

 

一日のうちでガラリと生活の環境が一変したが、不思議と今安心しているレイナがいた。怜奈の時は急に学校に居場所はなかったし、児童養護施設でもいつも疎外感を感じていた。今はイジメはないし、居場所があって必要としてくれる人がいる。これが「日常」となっていくのだろうか。

 まだベッドに潜りこんで少ししか経っていないのにウトウトと眠くなっていく。明日から新しい生活が始まるのだ。生まれ変わった気分で生きていこう。そう思いながらレイナはまどろみに落ちていった。





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用語が増えてきたので近況ノートに用語集を作ろうと思います。

画像等載せられるのであれば今後クラウェンの街の地図や世界地図なんかを

アップできるとええですねぇ……頑張ります!


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