第3話 メイド服

「藤咲?」

「藤咲さん」


 校門を出るとそこには先に帰ったはずの藤咲の姿があった。


 彼女は俺達に気付くとふんわりとした笑みを浮かべてこちらへ歩いてきた。


「水野くん、先ほどは断ってしまいましたが、一緒に帰りたいと思い待っていました」


 隣にいる楠の方は全く見ずに彼女は、俺とだけ話す。


「そ、そうか……楠も一緒だけどいい?」


 つい数分前、嫌と断られたばかりだが、もう一度聞いてみる。


「えぇ、楠さんが水野くんを取らないよう見張る必要がありますし、ご一緒してもいいですよ?」


 ふふっと微笑み、藤咲は、楠のことをチラリと横目で見る。


 どうやら藤咲派閥の人は楠が他の派閥から引き抜くようなことをする人だと思われているようだ。


 一緒は嫌だけどしょうがないという雰囲気を藤咲は醸し出しているが、楠はそれに気付かないで素直に喜んでいた。


「やったっ! じゃあ、みんなで仲良く帰ろっか」

「仲良しごっこをするつもりはありませんが?」


 仲良くなりたい楠と仲良くなりたくない藤咲。果たして何も起きずに帰れるだろうか。


 そんな不安を抱え、数分後。予想していた通りのことが起こった。


「そう言えば、水野くんを自分の派閥へ勧誘したそうですね。どういうおつもりで?」


「な、仲良くしたかっただけだからだよ。派閥が違ったら普通に話せないから……」


「好きだからでは?」


「す、好き? 違うよ違うよ。私は水野くんと仲間だから」


 どんな仲間なのかは言わず、楠は自分の長い髪の毛を触りながら答える。  


「仲間? 水野くんは私の仲間です。勝手に仲間にしないでくれません?」


「勝手じゃないよ。水野くんとは気持ちが一緒で……」

「気持ちが一緒?」


 ふわっとしたことを言ったため藤咲は俺と楠の好きという気持ちが同じだと誤解していた。


「水野くん、楠さんのことが好きなんですか?」 


「好き? なんでそう思ったんだ?」


「同じ気持ちと楠さんが言いましたので」


「……いや、楠のことは嫌いではないが、恋愛的な意味で好きとかそういうのは……」


 ないとキッパリ言おうとすると隣で楠が泣きそうな顔をしていた。それに対し、藤咲は俺の言葉を聞いてクスッと笑っていた。


「振られましたね、楠さん」


「ふ、振られてないもん! 告白もしてないし」


「ふふっ、確かにそうですね」


「むぅ……反応で弄ばれてる気がする」


 ぷくぅ~と頬を膨らませた楠はとても可愛らしく小動物に見えてきた。


 そういや、藤咲はあの時はもう教室にいなかったはずなのになぜ楠が俺を派閥に勧誘したことを知っているのだろうか。


 まぁ、おそらく牧原が藤咲に伝えたんだろうと思うが。


「そう言う藤咲さんは、水野くんのことどう思ってるの?」


「どうとは……恋愛的に好きなのかどうか、それが聞きたいのですか?」


「うん。一緒に帰ろって誘ったりするからそうなのかなって……」


「なるほど。私は同じ派閥として水野くんと話したかったから誘っただけですよ。仲間というのは交流が大切ですからね」


「ふ~ん、そうなんだ」


「何ですか? 納得してないような顔をして」


「そんな顔してないよ?」


 先ほど反応を見て弄ばれてたので楠は今度は自分がと藤咲の反応を見て少し楽しんでいた。


「そういや、もうすぐ文化祭だね。水野くんは何かしたいことある?」

 

 2学期が始まり、1週間経った明日、ホームルームでクラスでの話し合いが行うと今日担任の先生が言っていた。


 俺は予想する。この話し合いは3つの派閥が対立して上手くいかないと。


「そうだな。中学は展示ばかりだったからカフェとかお化け屋敷がしたい」


「うんうん。私もそういう楽しそうなのがしたいな。定番ならメイド喫茶とか?」

「おぉ、いい───」

「却下です。メイド喫茶なんてしたらそれを目的として来る男しか来ません」

「あぁ、確かにそれは……困るな……」


 いいなと言おうとしたが、藤咲に冷静な声のトーンで遮られ、俺は彼女に同意するしかなかった。


「そんなことないと思うけど……。もしかしてメイド喫茶になったらメイド服を着ないといけないからそれが嫌だったり?」


「別に嫌ではないです。水野くんがどうしてもメイド服が見たいというなら考え直しますけど」


 チラッと横目で俺を見てくる藤咲。言葉を遮られたが、もしかして藤咲は俺のいいなと言う言葉が聞こえていたのだろうか。


「水野くん、藤咲さんのメイド服見たいよね!」


「えっ、あっ、まぁ……」


「フリフリで猫耳つけて、ご主人様、お帰りなさいにゃんとか言って……」

 

 ダメだ、想像してしまう。藤咲のメイド服を着てにゃんと言ってる姿を。


「水野くん、そういうの好きなんですね」


 じとーとした目を藤咲から向けられ、俺はすっーと目をそらした。


「い、いや、好きじゃないし……」


「私は見たいなぁ。藤咲さん、スタイルいいし可愛いし、似合いそう」


「そんなことを言っても着ませんからね?」


「えぇ~、見たいのに。私は前に着たんだけど、写真見る? 紗綾ちゃんがコスプレとか好きでいろんな衣装持っててね、着させてもらったの」


 楠はスマホを取り出すと写真を探して、見つけると俺に画面を見せた。


 画面にはフリフリのメイド服を着た楠が写っており、隣にはチャイナ服を着た友人である西宮紗綾の姿があった。


 楠のメイド服よりエチエチで露出度が高いチャイナ服を着た西宮の方に目がいくんだが。


「どうどう?」

「……可愛いな。楠もスタイルいいし、可愛いからこういうの似合ってる」

「! そっ、そそそそうかな?」

「あぁ。てか、西宮ってコスプレ好きなんだな。知らなかった」

「う、うん。いろんなのあるみたいだよ?」


 顔を真っ赤にさせて話す楠。熱でもあるのだろうか、心配だ。


 最初はどうなることかと思ったが、駅に到着し、楠とはここでお別れだ。


 改札を抜けると楠は手を小さく挙げてバイバイと手を振った。


「じゃ、またね。水野くん、藤咲さん」

「あぁ、また明日。って、いないし」


 隣を見ると同じ方向の電車に乗る藤咲はおらず、辺りを見回すと先にホームへ向かっていた。


 楠と別れ、走って藤咲に追い付くと彼女の名前を呼ぶ。


「藤咲」


 名前を呼ぶと彼女は振り返りそしてムスッとした表情をした。


「どうしたんだよ」

「水野くんは楠さんの方が好きなんですね。スタイル良くて可愛いですし?」

「……藤咲もスタイルいいし、可愛いぞ?」

「……ほんとにほんとにそう思ってますか?」

「あぁ、ほんとにほんとにそう思ってる」


 怒らせると怖いとは知っていても藤咲は清楚系美少女と呼ばれるほどスタイルいいし、美人だと思う。


 だからまぁ、俺とは釣り合わない世界の住人って感じだな。


「あ、ありがとうございます……。水野くんは優しくてカッコいいです」

「カッコいい? 俺が?」


 自分でカッコいいとは全く思ったことがないので藤咲がお世辞で言っているのではないかと思ってしまう。


 楠派閥にいる男子のことをカッコいいというのはわかるのだが、俺はなぁ……クラスでも名前覚えられてるかわからない奴だし。


「カッコいいですよ。私の言葉が嘘にみえますか?」


「……いや、みえないな」


「ふふっ、本当ですからね。さて、明日の文化祭、どうしましょうか。あの様子だと楠さんはメイド喫茶と意見を出しそうですが」


 文化祭の出し物決め。3つの派閥が対立することは避けられない気がする。


 楠は他の派閥の人の意見も聞くだろうが、藤咲と白川は無視しそうな予感しかしない。


「メイド喫茶、嫌なのか? 俺は藤咲のメイド姿、見てみたいけど」


「! み、見てみたいですか……素直な方ですね、水野くんは」


 そう言って藤咲は、クスッと笑うのだった。







      

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