第2話 仲が悪くなった理由

 たまにしか話さない藤咲に一緒に帰ろうと誘われた。これがどういう意味なのか。俺に気があって誘った、なんて勘違いは絶対にしない。


 おそらく誘った理由は、俺が今朝、他の派閥である楠と話していたことについて問いただすためだろう。


 俺の藤咲へのイメージは裏切るような行動を仲間が起こしたら罰を与える女王様だ。


 絶対に口にはできないようなことを考えていると藤咲が俺にじとっーとした目を向けてきた。


「水野くん、今、とても失礼なことを考えていませんでしたか?」


「いや、別に?」


「ふふっ、そうですか。話がそれましたが、私と一緒に帰ってくれますか?」


「俺と────」

「水野くん、藤咲さん、一緒に帰るの? だったら私も一緒にいいかな?」


 腕を捕まれ、柔らかいものにふにゅっと当たる。何が起こったのか一瞬理解できなかったが、隣に来た楠さんに腕を捕まれ、彼女の方へと引き寄せられていることに気付く。


「楠さん。何が目的ですか?」


「も、目的? 私は普通に2人と仲良くしたくて」


 楠は派閥関係なく仲良くしたいと思っているが、藤咲はそうは思っていない。


 簡単じゃないのはわかっているが、2人が仲良くなるいい方法はないのだろうか。


「水野くん、行きましょ」

「えっ、いや、けど……」

「けど?」

「くっ、楠も一緒に帰りたいみたいだし、ここは3人で帰らないか?」


 美少女2人と一緒に帰るという欲張りな感じが凄いが、もしかしたらこれをきっかけに藤咲派閥と楠派閥が仲良くなるかもしれないと思った。俺が仲介役になったとして何かが変わるとは思えないが。


「うんうん、水野くん、いいね! 藤咲さん、3人で帰ろうよ!」


「帰りません。楠さんがいるのでしたら私は他の方と帰ります。また明日です、水野くん」


 藤咲はクルッと背を向けると同じ派閥の人に声をかけ、その人と一緒に教室を出ていった。


 2人になると楠は、暗い顔をして両手を合わせる。


「なんかごめんね……藤咲さんにも悪いことしちゃったよ」


「いや、俺も悪いことをした……藤咲の派閥と楠の派閥が少しでも仲良くなるためにと思ったが……」


 仲良くなれると思って一緒に帰る提案は失敗だった。藤咲は俺と一緒に帰りたかったというのに……。


「水野くんももしかして派閥がなくなってくれたらなっとか思ってる?」


「……まぁ、ギスギスしたままこの1年が終わるのはどうかなと思ってる」


 2学期が始まりこの後、クラスの団結が必要となる文化祭が待っている。今のままではまとまりがなく、失敗に終わる予感しかしない。


 まだ1年だからといってこの文化祭を捨てるというのも何か違う気がする。


 今のこの派閥ができてしまっている状況にどう思っているのか。思ったことを誰かに話したのは楠が始めてだ。


「私も一緒! このままじゃダメだよね? みんなで仲良くが一番だよね!」


「あ、あぁ……」


(俺の力では無理。だが、楠の力を借りれば───)


「楠。多分、仲良くしたいって思ってるのは俺達だけじゃないと思うんだ」


「うん……」


「全員の本音を聞いたわけじゃないからわからないが、派閥には入っているけど本当はギスギスしたような関係はよくないと思ってる人はいる」


 このクラスの全員、3つの派閥のどれかに入っているが、入りたくて入っているわけじゃない人はいるだろう。


「本音か……確かに私の友達も何人か同じ気持ちの人はいる」


「あぁ。だからそう思う人が多くなればいつかこのクラスは1つになれると思うんだ」


 全員が誰とでも仲良くするのは無理だろう。人には好き、苦手とあるから。


 けれど、今の状況は好き、苦手と関係なしに派閥という壁があって、派閥が違う人と話すのはダメといった雰囲気がある。それのせいで話したい人と話せない。


「私もそう思う。3つの派閥はいつか1つになれる」


「あぁ。ところで俺、詳しく知らないんだが、どうして楠は藤咲と仲が悪いんだ?」


 いつも意見が合わず対立しているが、なぜ仲が悪いのか、俺は知らない。楠の方は仲良くしたいと思っているが、藤咲は仲良くしたくないのだろう。


「それがわかんないんだよね……最初は普通に話せてたのにいつの日か嫌われたみたいで」


 どうやら楠にも2人の仲が悪くなった原因がわからないようで「ん~」と悩んでいた。


「じゃあ、白川とはどうなんだ?」


「白川さんもそうだね。入学した時、1番最初に話したのは白川さんで、そのときは仲が悪いとかはなかったかな。けど、その1ヶ月後ぐらいに話しかけても冷たくて……」


 2人の態度の変化から自分が何か傷つけるようなことをしてしまったのではないかと楠は思っているようだ。


「うう……私、何かしたのかな……」


「ちょ、楠? なっ、泣いて……」


 周りから見ると俺が楠を泣かせたみたいになっており、近くにいたクラスメイトから冷たい視線を向けられた。


 特に楠といつもよく一緒にいる西宮紗綾にしみやさあやからはじっと見られていた。


「楠、嫌われたって決まったわけじゃないから楠が悪いとはまだ言えないだろ?」


「けど……」


「一緒に俺も原因を探すよ。3人が仲良くなればクラスが1つになれるかもしれないし」


「ほんと?」

「あぁ」


「なら私の派閥においでよ」


「……えっ?」


 手招きして手をクイクイと動かし、勧誘してくる楠。なぜこの流れで勧誘されたのかわからないのだが。


「私と水野くん。クラスを1つにする仲間になったことだし、同じ派閥の方が話しやすいでしょ?」


「……それはまぁ、そうだが」


 俺が藤咲派閥から楠派閥へ移動したら派閥争いが起こりかねない。あの藤咲が移動を許すわけがないし。


 それと俺と楠が違う派閥であることに意味はある。派閥が違ってもこうして話すことができる環境を作れるためには俺が楠と同じ派閥になってはダメだ。


 楠の派閥へ入ることはできないと言おうとすると後ろから誰かに腕を掴まれた。誰かと横を見るとそこには牧原まきはらなこがいた。


 お団子ヘアがトレードマークで、カッターシャツの袖を折っている彼女は俺と同じく藤咲派閥の1人だ。


「楠さん。私の水野くんは譲らないよ?」


「ちょ、牧原、語弊がある言い方!」


「えぇ~そうかなぁ。紗由が知らないところで派閥を抜けるなんて私は許さないよ? 水野くんは楠派閥になんていったらダメ」


 腕にぎゅっと抱きつかれ、派閥から抜けるなんて絶対にさせないと牧原から圧をかけられる。


 牧原の発言をどう思ったのか気になり、楠の方を見ると彼女はムスッとした表情をしていた。


「牧原さんは水野くんが好きなの?」


「好き? ん~」


 牧原は楠からの質問に悩み、俺の顔をじっと見てくる。


「好きか嫌いだったら好きだよ。優しいし、勉強丁寧に教えてくれるし」


「へぇ……いいな……」


 楠は小さな声でポツリと呟いた言葉は俺にはハッキリと聞こえたが、彼女は俺に勉強を教えてもらったことにいいなと思ったのだろうか。


 勉強は普通で教え方が上手いと自分で思ったことは一度もないのだが……。


「あれあれ、楠さん。もしかして水野くんのこと好きだったり?」


「なっ、そっ、そんなことは!」


 牧原の言葉に楠は顔を真っ赤にさせて、首を横に振る。

 

 別に好かれたいわけじゃないが、こう反応されると悲しいな。告白してもないのに振られた気分だ。


「可愛い楠さん。さてさて、私はそろそろ帰ろっかな。水野くん、楠さんの誘惑に負けないようにね」


「! ゆ、誘惑なんてしないよ!」


「ほんとかなぁ~。じゃ、またね水野くん」


「あぁ、また」


 牧原は俺の肩をトントンと叩くと教室を出ていった。


「じゃあ、俺も帰ろうかな」


「……わ、私も。水野くん、一緒いいかな?」


「あぁ、途中まで」


 楠とは一度だけ一緒に帰ったことがあるので、駅までは同じであることはわかっている。


 一緒に教室を出て、校門を出るとそこには帰ったと思っていた藤咲が立っていた。



 

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