第2話① 血液と〇〇と寿命

今夜は若い女性が買手(バイヤー)である。

 いつものように買手は紹介のみで取っている。世の中にはあまりにも潜っているバンパイアが多い。基本的にバンパイアは体温が低いので道具さえあれば見分けは簡単ではある。こちらから寄って行って営業をする事もあるが、危険を伴う行為なのでどうしても必要時のみにしている。すべては口座の残高で決めている。

 今夜の買手はレギュラーさんの紹介だ。望みの血液の性別や年齢の幅を聞いておく。出来る限りそのご要望に沿った獲物を見つけるのがベストなのだが、勿論状況によっては違う物を提供させざるを得ない時もある。今夜のご要望は『若くって格好良い男性』だそうだ。どうしてこうも人間は顔の造形を気にするのだろうか。

 俺は溜息を吐いて町の中を歩いては色んな人間をスキャンしていく。俺の場合、目の中に特殊なチップが埋め込まれている。これが対象の体温をスキャンし、ダイレクトに脳の中に情報を送ってくる。間違っても紛れ込んだバンパイアを相手にしたくはない。ちゃんと前持って準備しておかないと噛まれてしまう。俺の目が派手な色をしているのはこのチップの影響もある。他人には派手な色合いのコンタクトレンズにしか見えないだろう。因みに、先程視てみたら天は確実に人間だったのだが。色々と特殊個体ではないかと考えている。

 良い獲物を見付けた。

 ショートカットの女性が周りに気を付けながら胸元にスタンガンを抱き締めている。足元は動きやすい運動靴を履いている。そいつは彼女に隠れながらストーキングしている。

 男のにやけた顔が緩み切って周囲に対する注意が散漫だ。お世辞を言えば格好良く、はなくもない、かもしれない。見方によっては、だが。

 俺は二人が交通の少ない通りに入るのを目で追いながら影の中を移動して行く。小道に入った辺りで顔をスカーフで覆って隠し後を追う。身体に緊張が走る。

 ついに彼は痺れを切らしたのか、大きな角の前で女性を後ろから羽交い絞めにして押し倒す。大きな下卑た笑いを上げて彼女の服を破いていく。泣きながら暴れる彼女のズボンを手に掛ける。

 俺は静かに後ろから彼の首に強く手刀を入れる。一瞬で落ちた男を右手で支える。

「ひっ!」

 女性は怯えて目を見開く。俺は顔を隠して彼女に針を向ける。

「目を閉じろ。用があるのはこいつだ。動かなければ命は助ける」

 彼女は震えながら素直に目を閉じる。

 俺は右手で男の首を引っ張り、左手で露出した首の頸動脈に針を突き刺す。一回入ったら簡単には抜けないコレクター仕様である。刺してすぐに血がブシュブシュと断続的に噴き出る。血飛沫が真横に飛んでいく。俺は針先に特殊な大き目の輸血袋を差し込む。一袋五百ミリリットル入る。ちょうど一食分。すぐに次の袋へと差し替える。最初の一分で二袋も血液が溜まる。もう男は完全に意識を失っている。もう一分待つ間にまた二袋追加をする。男の首が血を噴き出す度にカクンカクンと動く。更にもう一分でもう一袋。そして二分かかって最後の袋。

 これ以上ゆっくり血液が溜まるのを待つのはリスクが高過ぎる。俺は首に刺さったままの針を引き抜く。針の先端が食い込んでいた周りの皮膚を、無数の小さなフックが引き裂く。針が簡単に抜けないようにするのと同時に、抜いた後に対象の死亡率を上げるとても効率の良い道具である。弱まっていた血飛沫の量が増え、首の穴からドクンドクンと心臓に合わせて沸き溢れる。念の為抜いた後に男の首を強く捻り、折る。

ゴキッ

 何度聞いても気持ちの悪い音だ。

 針や輸血袋を入れ物に詰めて、女を見る。彼女は怯えた顔でずっと命令に従ってきつく目を閉じている。腕で自分の体を抱き締めている。

「今夜、君は何も見ていない。何も聞いていない。何も起こらなかった」

 低い声で言うと彼女は激しく首を縦に振る。目は閉じたままだ。頭の良い子だ。

 そのまま俺は待ち合わせ場所へと向かい買手に連絡をする。



    ◇

 直ぐにその新しい買手に連絡が付く。俺は待ち合わせた公園に行くと彼女が夜の公園のベンチから手を挙げて合図してくる。

「コレクターさん! こっちこっち!」

 元々は可愛い子だったのであろう。クリンとした髪のカールやひらひらとしたスカート、ピンクのグロスに「女の子」を感じる。

 だが、相手は腐ってもバンパイア。目は真っ白に変色し真ん中の瞳孔のみ残っている。白い眼球結膜の血管が真っ赤に充血して膨らんでいる。口の中も真っ赤に充血し、それはそれはとても長い八重歯が下唇を押し擦るものだから下唇には裂き傷が出来ている。グロスも八重歯にくっ付いている。白を通り越し青灰色になっている肌に黒い血管がびっしり所狭しと張り巡っている。それが可愛く着飾ってにたぁっと微笑めば寒気しか起きない。

 俺はプロ意識が高い。凄く高いと思いたい。だからにたぁと微笑みかけられたら極上の営業スマイルで返すのが必須だと思っている。そのまま彼女に血液をチェックして貰い、お互いの手を俺の携帯した機械に重ねてかざし、電子トランザクションで支払完了となる。これが、本来の流れ。

 何もかもが、ズレていた。

 先ずずっと俺の容姿について褒めてくる。やたらと、褒めてくる。嬉しいが、俺は別に自分の容姿が格別好きな訳ではない。凄く嫌いな訳でもないが。その後どこどこのアイドルみたいだの、全然知らないキャラクターのイメージにそっくりだのと延々と熱く語られても非常に困るのだ。知らない物は、知らない。そして俺は腐っても裏の専門職だ。アイドルみたいな思いっきり表舞台の職なんか興味ないわ。

「コレクターさんは今お付き合いしている人いますか?」

――――あー……。今とても答え辛い質問してくるね、君

 どうにか会話を誘導して血液の新鮮さや質をチェックして貰ったのだが。ここら辺からかなり焦ってくる。女は血液をちょっと舐め試しただけでフルバンパイアモードに突入してしまう。

「凄く気分が良くなるのよ? ずっとハイが続いていて気持ちいいの。コレクターさんもどう? 本当に気持ちいいわよ。それに、私、とても上手よ?」

「いや、俺は太陽下の散歩が好きなので。あと、相手はいるのでそういうのはしないんだ」

「えぇ、ちょっとくらいいいじゃないの。減る物じゃないでしょう?」

――――血液と精液と寿命が減るわ

 彼女は俺の抗議も虚しく勝手にシャツの中に手を入れてくるわ、股間握ってくるわ、腕を舐めてくるわ、で散々。しかし支払が完了しない事には帰れない。

 それに、今さっきの話である。

 バンパイアだろうが女の匂いなんか付けて帰った日には……。あの天がどう反応するか余り考えたくない。いや、間違っても彼とは恋人同士とかではないのだが。でも何を考えているのかさっぱり分からない狂人である。変な刺激は、絶対にしたくない。下手したら俺が死ぬ。本当に死ぬ。俺が一日風呂に入らず公園で寝ただけでホームレス呼ばわりした男だ。鼻が効き過ぎて笑えない。

 という事で。俺は只管「お客さんとは寝ない」と連呼しストレスを溜めまくる羽目になった。彼女がやっと諦めた頃にはもうちょっとで朝日が昇る時間になっていた。決済時にまた不意打ちで指を舐められて耳に舌を突っ込まれてしまう。

――――マジで疲れたぁ

 ふらふらしながら天の家へと向かう。

 「御堂寺(みどうじ)」の表札が重々しい。どこかで聞いた事あるような苗字だとは思うがどこでだったかまでは覚えていない。

起きた時はマンションだと思っていたのは実は高セキュリティの一軒家だと発覚した。至る所に隠しカメラがある。俺が見付けただけでも八つ。それなのに出会った日に鍵渡すとか、普通しないだろ。あの路地裏で命を助けられたのは確かだが。何があるか分からないので身構えて玄関のドアを捻ると、普通に開いた。なんか拍子抜けする。

 家の中はとても濃厚で美味しそうな香りが充満している。俺は見えない糸で引っ張られるようにキッチンダイニングへと足を運ぶ。室内は結構明るい方が好きみたいで殆どの電気がついている。

「ただいま」

「お帰りなさい」

 直ぐ後ろで声がしてビクッとする。目が笑ってない。例の笑顔で俺の近くに来てはスンスン匂いをしきりに嗅いでいる。疚しい事していないのに脂汗が出てくる。

「バンパイア臭い」

――――うわぁああ! マジできたぁ!

 俺はシュバッと両手を顔前に上げて必死にぷるぷると頭を振る。

「俺、何もしていない! 向こうが一方的に触ってきただけ。本当に、何もしていない」

 心なしかいつもよりも笑顔が怖い。俺のシャツの襟を両手でくいっと引っ張って喉元に鼻を近付けてまだ嗅いでいる。

「僕、この匂い嫌い。……ちょっと先にシャワー浴びて来てよ」

 拒否権を一切与えない声、そして笑顔なのに目が据わっている。

「あ、はい。すぐに入ってきます」


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