第4話 ツバメ
「大空を自由に飛びたいなぁ……」
それがおいらの最後の言葉だった。
子どもの頃から難病を患い入退院を繰り返していたが、成人式を迎えることなくおいらは死んだ。
病室から見る青空はとっても綺麗で、自由に飛び回るツバメが羨ましくてしかたなかったな……。
だからだろうか?
おいらはツバメとして生まれ変わった。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
「すげぇ! おいら本当に空を飛んでる!!」
風を切る音、眼下の景色、自由に飛べるってこれほど楽しいことなのか。
おいらは今、たぶんヨーロッパの田舎町の空を飛んでる。
海外旅行とか行ったことないけど、建物とか歩いてる人の服装から見て間違いない。。
異世界とかじゃないと思う。
だって誰も魔法とか使ってないし、ゴブリンとかオークとかの魔物も見当たらないから。
ドラゴンとか見たかったんだけどなぁ。
それにしても生まれ変わりかぁ。
輪廻転生って確か仏教の教えで、前世で良い行いをしたら人間に生まれ変わり、悪いことをやってると畜生に生まれ変わるとかいう考え方だよな。
それが真実なら、人間に生まれなかったおいらは悪いヤツだったってことか……
確かに子どもの頃からほとんど病院にいて親孝行とか何もしてないし、それどころか迷惑ばっかり掛けてたからしかたないかもしれないな。
とうさん、かあさん、ごめんなさい……。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
「う~ん、ダメだ」
おいら、人とは会話が出来ない。
まず、どうやらおいらはツバメ語以外は日本語しか話せない。
そのため同族である他のツバメたちとなら意思疎通できるけど、フランス語っぽい言葉で喋っている人間とはチンプンカンプン。
どこかに日本人観光客がいないかと探したけど、東洋人ぽい人すらいない。
そうこうしているうちに、同族のツバメたちがどんどん居なくなっていく。
考えてみたら、ツバメは渡り鳥だ。
今は秋の終わり。
当然冬になる前に暖かい南の国に大移動しなくちゃいけない。
おいらはあわてて旅支度を始めた。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
同族のツバメたちと一緒に南に飛び始めて二日目、おいらは大きな街にやって来た。
豪華なお城があり貴族の宮殿があり綺麗な教会があり、たくさんの人が行きかっている。
そして大きな公園の中央に、王子様と
2mほどの高さの台座の上で、3mくらいあるブロンズ製の若い王子が街を見下ろしている。
全身に金箔が貼られていて、両目にはサファイアが埋め込まれていた。
なかなか豪華で気品がある。
おいらはなんとなくその銅像の肩にとまり、羽根を休めることにした。
「誰か……、誰か返事して……」
小さな声が聞こえた。
それも日本語だ!
「だ、誰?」
周りを見回しても誰もいない。
「ぼくはここだよ! ツバメさん、ぼくの言葉がわかるの?!」
明らかにこの声は銅像から聞こえている。
「まさか銅像が喋ってる?!」
「……やっぱり、ぼくって銅像なんだ……」
「え? え? え?」
意味がわからなかった。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
どうやらおいらはトンでもない勘違いをしていたようだ。
ここは現実のヨーロッパじゃない。
童話の『しあわせの王子』の世界だ!
ということは、おいらはこの王子の像の宝石や金箔を街中に配ることになって、最終的に凍死するのか?
えええ、冗談じゃねぇぞ、死亡フラグ絶対回避だ。
でも、どういうことなんだろう?
おいらだけじゃなく、この銅像に生まれ変わった日本人が居るのか……?
「ぼくね生まれつき体が弱くて、目も見えなかったんだ」
「絵本が大好きでね、看護師さんが読んでくれるの嬉しかった~」
「でも看護師さん忙しくてなかなか時間とれなくて」
「だからぼく点字を覚えたんだよ」
「点字の絵本があってね、それ読むのが一番の楽しみだったんだ~」
「それでね、新しい点字絵本を手に入れてね」
「さぁ読もうって思った日に……、ひどい地震があって」
「ちょうどぼく、精密検査ってのをやってて」
「おっきな機械がぼくの方に倒れてきたみたいで、つぶされて死んじゃったの」
「あの新しい絵本、結局読めなかったんだ」
「たしかタイトルは『しあわせの王子』」
「王子様がどんなしあわせになるんだろうね?」
「あの本、読みたかったなぁ……」
「でもこの銅像?に生まれ変わってね、ぼく目が見えるようになったんだよ! すごいでしょ!」
「体は動かなかったし、みんなの言葉はわからないし、どんなに大声出しても誰も聞いてくれなかったけど……」
「でも見えるってすごいね! ここに立ってるだけでこの街の人たちの生活がわかるんだもん」
おそらく久しぶりの会話で、
おいらが死ぬ数ヶ月前に同室だった小学生の男の子だ。
あの地震はひどかったからなぁ。
未曾有の大災害と呼ばれ、彼以外にもたくさんの人が怪我したり死んでしまった。
そうか、それで読みたかった絵本の世界の王子として転生したのか。
……
おいらは人間になれなかったけど、ツバメに生まれて大空を自由に飛ぶことが出来た。
でも……
この子はここでずっとひとりで……
神様ひどいよ!
目が見えなかったこの子が何したって言うんだよ!!
懸命に生きて事故で死んで生まれ変わったのに……
その結果が身動きも会話も出来ない銅像ってひどすぎるよ!
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
「それでね、ツバメさん、お願いがあるの」
「ぼく、なんとなくわかるんだ」
「ぼくの目って宝石だよね?」
「この宝石のひとつを、あそこの青い屋根の家に住む若い劇作家の人に届けて欲しいんだ」
「彼、すごくがんばってるけどお金に困ってるから」
「で、もうひとつを、あの赤い屋根の家に住む幼いマッチ売りの少女に届けて欲しいんだ」
「彼女もお金がなくて困ってるから」
「そりゃぼくの目である宝石取ったら、ぼくは目が見えなくなるけど大丈夫!」
「元々前世で見えなかったし、平気!」
「どうかお願い」
原作の絵本の通りだ。
これが物語の強制力というヤツなんだろうか。
おいらは反論も出来ず、うなずいた。
本音では目を取るなんてやめさせたい。
でも一羽のツバメにすぎないおいらに何が出来る?
どうやったら劇作家もマッチ売りの少女も王子も全員しあわせに出来ると言うんだ?
宝石を持って行かなかったら、王子を含めて三人とも不幸になってしまう。
なら……、せめて二人しあわせにするしかないじゃないか。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
王子の目であるサファイアを取り出し、劇作家とマッチ売りの少女に届けた。
「おいらの言葉わかんないだろうけど……、心優しい王子様からの贈り物だ。うまく使ってくれ」
日本語で喋ったから何言ってるかわからないだろうけど、言わずにはいられなかった。
それからおいらは原作通り、王子の体の金箔をはがしては貧しい人たちに配ってまわった。
やがて王子の像の金箔はすべてはがれ、その姿はみすぼらしいものとなってしまった。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
最後の金箔を届けて、おいらはその家の屋根裏にいた。
外は猛吹雪で飛ぶことが出来ない。
本格的な冬となったのだ。
もうまる一日、閉じ込められている。
原作通り、この凍えた体ではもはや南の国に行くことは出来ず、おいらもここまでのようだ。
でもとりあえずすべての金箔を配ることができた。
それだけで満足だ……
ただ……、最後に王子に会いたかったな……
その翌日の昼、奇跡的に吹雪が晴れた!
「ああ……神様、ありがとうございます……、これで王子にお別れを言うことが出来ます……」
今しかない。
おいらは夢中で飛び立った。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴
「王子……! 王……子!」
「あ、ツバメさん、心配したよ! 大丈夫?」
「王子……、お別れです……」
「え……、あ、そうか、金箔が剥がれたから何も感じないけど、もうすぐ冬になるよね。南の国に行っても元気でね!」
「いや……、南の国じゃなく……」
ああ、もう羽根が動かないや。
おいらが行くのは……
――――――――――――――――
次回、【第5話 しあわせの王子】
明日19時更新予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます