第3話 亀様

 吾輩わがはいは猫であり亀である。名前はまだ無い。


 どこで生まれたかとんと見当がつかぬが、今は竜宮国というところで大神様の御使みつかいをしている。


 前世では猫であったのだが、車に轢かれ転生したのだ。


 死ぬ直前、誰かが吾輩を助けようとしてくれた。


 結局、吾輩だけでなくその者も死んでしまったようで、申し訳なく思っている。


 願わくば吾輩のように転生できていれば良いのだが。



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 驚いた。


 竜宮国の乙姫という娘、吾輩を助けようとして死んでしまった者の生まれ変わりだ。


 彼女がそう言ったのではないが、吾輩は本能的に分かるのだ。


 このような偶然があるのか……、それとも運命か。



 竜宮国を救うため、若く健康な男を外界から招待したいと大神様に訴えている。


 できることなら叶えてやりたいものだ。



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 大神様のめいにより、ヒトをひとり連れてくることになった。


 吾輩が海岸で子ども達にわざとつかまり、それを助けようとする心優しい青年を連れて来いとのこと。


 大神様のお考えは吾輩には理解できないものが多い。


 こんないい加減な策で大丈夫なのだろうかと思ってしまうがやるしかない。



 しばらく子ども達の相手をしていると、ひとりの青年が現れた。


 姿を見た瞬間、理解した。


 この者には前世があり、吾輩に食事をくれていた男だ。


 そして吾輩を助けようとして死んだ乙姫の縁者だ。


 大神様の叡智えいちおののく。



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 連れてきた浦島太郎という男は、見事に竜宮国の問題を解決したようだ。


 善哉よきかな善哉よきかな



 しかし乙姫とこの男、縁者のはずなのに何故か仲が悪いように見える。


 どういうことなのであろうか?



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 浦島太郎が外の世界に帰ることになった。


 乙姫とは最後まで他人行儀だった。



 外の世界に連れて行き、出会った海岸で別れた後、しばらく彼を観察してみた。


 するとなぜか大神様よりたまわった玉手箱をじっと見ていた。


 あれは竜宮国の危機を救った功績を称え、大神様が贈った宝物アーティファクトだ。


 巧く使うと大きな恩恵を得られるが、使い方を誤ると身を亡ぼすという。


 だが彼ならきっと巧く使うに違いない。


 確信出来る。


 何故なら彼は今、本当に嬉しそうに微笑んでいるから。



 竜宮城に居たときの彼は周りの女官たちに常に優しく笑ってはいたが、どこか心に影があった。


 そして必要もないのに、毎日刀を振り体を鍛えていた。


 あの時の彼は毎日美女とご馳走に囲まれ、堕落しても仕方がないような状態だった。


 なのに彼は、まるで明日には冒険の旅に出るかのようにおのれを鍛え続けた。


 その姿は、自分の今の役目を理解し勤め上げ、それが終わったら新たな冒険に向かう英雄のように見えた。



 ……吾輩も、……かくありたいものだ。



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 なんと乙姫が外界に出たいと言い出した。


 寿命が縮んでも構わないと言う。


 例え短くなっても自由に世界を見て回りたいという純粋な想いが、吾輩の魂を揺さぶる。



 竜宮国の人間を外に出すとなれば、当然大神様にお伺いを立てねばならない。


 しかしこの数万年、出て行った事例は浦島太郎以外ない。


 とても無理だ。



 吾輩は、独断で乙姫を連れ出すことにした。


 彼女は前世で吾輩を助けようとして死んだのだ。


 これくらいしなければ申し訳が立たぬ。


 外界に出すにあたり、彼女に力を授けようと思う。


 吾輩が持つ最強魔法だ。


 彼女に授けると吾輩は使えなくなり、さらに吾輩の命を縮めることになるが構わない。


 女性がひとりで外界を旅するのだ、これくらいの力が無ければ生きていけまい。



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 乙姫を浦島太郎を降ろした海岸に連れて行った。


「世界はこんなに広いんだもん。おじさんと一緒に世界中を旅したいな。待っててね、おじさん!」


 彼女は無邪気に喜んでいる。


 嬉しそうだ。


 ……良かった。



 吾輩の最強魔法を彼女に授けた反動で……、吾輩の命はもう……



「亀様ー! ありがとうございましたー!!」


 乙姫は見えなくなるまで吾輩に手を振っていた。



 目がかすむ。


 息が苦しい。


 だがまだ死ぬわけにはいかぬ。


 吾輩の独断で乙姫を連れ出したのだ。


 大神様に謝罪し、罰を受けねばならない。


 まだだ。


 竜宮国に戻るまで……


 勝手をして罰も受けずに死ぬなど許されぬ。


 もう少しだ。


 もう少しで竜宮国に戻れる。


 もう少しで……


 ……大神……様……、もうしわけ……ござ……



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 吾輩が目を覚ますと、そこは浦島太郎や乙姫を降ろした海岸だった。


 本能的に理解した。


 吾輩はもう竜宮国に戻れない。


 追放されたのだ。


 だが生きている?!



 自分の身体を見直してみた。


 怪我などは無い。


 それどころかなんだか軽い?


 魔法も以前の通り使える。


 いや、増えている?



 本能のままに呪文を唱えた。


 身体が変化する。


「猫?!」

なんと吾輩は、前世の猫と今世の亀の身体を自由に切り替えることが出来るようだ。


 猫の姿なら陸の上でも自由に動ける。


 浦島太郎や乙姫の後を追える。


 ついでに言うと、猫と亀の中間も問題ない。


 亀の甲羅を背負った猫……。


 これで綱渡りなどしたら、ぶんぶく茶釜の狸と間違えられそうだ。



「これで世界を歩けと仰せですか、大神様」

吾輩は頭を下げ、大神様に感謝した後、歩き出した。



「吾輩の人生……、亀生?猫生?はこれからじゃ!」



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 この数ヶ月後、ウサギとかけっこをしている亀が居て、亀が勝ったという噂が流れた。



 そして数年後、悪党を成敗して行く謎の男女が亀のような猫を連れているという噂が流れた。



 転生亀様の活躍はまだまだ続く。




――――――――――――――――



次回、【第4話 ツバメ】


明日19時更新予定です。

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