第2話 乙姫

「えっとこれはどういう状況?」

目の前に大きな窓のような物があるんだけど、そこから見えるのは海の中だ。

一瞬、水族館の大水槽を見ているのかと思ったけど、あたしが居るのはけっこうな広さの大広間で、さらに座っている椅子は明らかに玉座と呼ばれているものだ。


「どうかされましたか? 乙姫様」

横に控えていた侍女っぽい人が聞いてきた。


「え? 乙姫?」

あたしそんな名前じゃないよ?

あたしは今年中学校に入学したばかりのただの……


 そこまで考えて、恐ろしい言葉が脳裏に浮かんだ。


「ひょっとして異世界転生?」

今日学校帰りに野良猫が道路に飛び出し車に轢かれそうになってて、夢中であたしも道路に……


 ヤバイ! あたし死んだの?!


 あわてて自分自身をよくよく観察してみれば、平坦そのものだった箇所が大きく膨らみ、ウエストは引き締まり、何このモデル体型。


「本当にどうされたのですか? 乙姫様」

侍女が心配そうに聞いてきた。


「乙姫……てことは、ここは竜宮城よね?」


「はい、もちろんです。何か夢でもご覧になったのですか?」


「あー、そんなところ」

あたしはため息とともに誤魔化すように答えた。


 それにしても転生かぁー……

普通こういうパターンだったら乙女ゲームの悪役令嬢とかじゃないの?

ナンデ乙姫?



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



「マジかー」

転生してから数日経ち、この世界のことが少しずつ分かってきたんだけど、いろいろヤバイ。


 まず、ここは日本昔話の浦島太郎の世界……、じゃなかった!


 SFファンタジー版浦島太郎の世界だった!!




 うん、意味わかんないよね。

あたしもよくわかんない。


 竜宮国って名前のこの国、どうやら閉ざされた異世界の海中にあるっぽい。


 淡路島くらいの面積に千人ほど住んでるんだけど、なんか結界みたいなのがあって、その外は海が広がってるの。

だから通常は外の世界と行き来できないんだとか。

ただこの世界を治める大神様に選ばれた人だけは出入り可能なんだって。

しかもなんだかよくわからないパワーで、住んでる人の寿命が延びるオマケ付き。


 うーん、やっぱりわかんないや。


 子どもの頃から仲良くしてくれてたSF好きのおじさんなら理解できるのかなぁ。

そう言えばおじさん、定期健康診断で引っかかったとか言ってたけど、元気なんだろうか。

最近休みがないとエナドリ飲みながら愚痴ってたけど。



 それにしてもこの竜宮国、実は詰んでるんだよねぇ。

外の世界と交流が無いため血が濃くなり過ぎ、ヒトとしての種族的な限界を迎えちゃってるの。

生まれる子どもの多くが死産で、なんとか生まれてもほとんど10歳以下で死んじゃう状態。

寿命が数千年だから目立たないだけで、緩やかだけど確実に人口が減ってて未来がない。


 そこで今、竜宮国を救うため大神様に優秀な遺伝子持ってそうな若くて健康な男を外界から拉致……、ゲフンゲフン、ご招待したいと訴えてるの。

新しい血を投入して活性化させようってわけ。


 よくわかんないけど、おじさんがやってたダビ○タっぽい?

やったことないからわかんないけど。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 大神様の許可が出て、大神様の御使みつかいとされる大きな亀がやってきた。

神様ならぬ亀様ね。

外の世界と行き来するには、この亀様のお導きが必要なんだって。


 この亀様が海岸で子ども達にわざとつかまり、それを助けようとするような心優しい青年を引っ掛ける計画。



 ……そっかー、浦島太郎のお話って、舞台裏はこういうことだったのかー。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 今日、ついに浦島太郎が亀様に拉致、じゃなく招待されてやって来た。


 見た感じ、『ザ・田舎の漁師』ってところかしら。


 なんだけど……、なんかどっかで会ったことがあるようなないような?



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 浦島太郎って人、キライ!


 ちょっと綺麗な女の人見るとすぐ鼻の下伸ばして手を出すんだもん。


 まぁ竜宮国としては、彼に何百人でも子どもを作ってもらわないといけないから仕方ないことではあるんだけど。


 でもあたしの女子中学生としての前世の意識が拒否してる。


 どんな理由があっても浮気する人キライ!



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 浦島太郎が帰ることになった。


 700年もハーレム生活して、飽きたから帰るってふざけんな!


 けどこの男、結局あたしに手を出そうとはしなかった。


 いや、あたしだけじゃない。

イヤがる女性に無理やり迫ることは決してなく、手を出した人を平等に愛してた。


 竜宮国の詰んだ現状を理解してた?


 あれほど多かった死産だけど、彼の子ども達は皆順調に育ち、その子どもの子どもも順調。


 ひ孫・玄孫の代になっても順調。


 緩やかに滅亡しつつあった竜宮国は完全に復興したと言えるわね。



 ……あの男、自分の役目が終わったから帰るなんて言い出したんじゃないよね?


 この時代の田舎の漁師にそれが理解できるとは思えないし、違うよね?




 大神様に言われた通り、そして原作通り、「決してふたを開けてはダメですよ」と言いつつ玉手箱を渡した。


 彼は黙って受け取り、帰っていった。


 最後までよくわかんない人だった。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 浦島太郎が居なくなった竜宮城は、火の消えたように静かになった。



「乙姫様、くーるってどんな意味なのでしょう?」

突然侍女が聞いてきた。


「くーる? 誰が言ったの?」


「浦島太郎様がお帰りになる時『浦島太郎はクールに去るぜ』って笑いながら言われてました」


 それを聞いた瞬間、衝撃を受けた。


 そう、このセリフは前世で大好きだったオタクなおじさんが帰る時、あたしの頭をなでながら笑顔で言っていたセリフ……


 あたしは浦島太郎を最初に見た時からの違和感の正体に気が付いた。


 彼は……



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 あたしは亀様にお願いして、彼を追って竜宮国を出た。


 寿命は短くなるけど構わない。


 原作通りなら、今頃浦島太郎は白髪のお爺さんになってるハズ。

だけどあたしにはわかる。

おじさんはそんなことには絶対ならない。


 間違いなく今頃は自由気ままにスローライフを満喫しながら大冒険してる!



「あたしだって負けないもん!」

実は亀様に餞別としてすごい魔法を授けて頂いてたりしてるの。


「エターナ○フォースブ○ザード!!」

試しに魔法を使ってみたけど、一瞬で大気ごと氷結しちゃった。

なかなか強そう。


「これでおじさんに付いて行っても冒険の足手まといにはならないよ!」

どこまでも続く澄んだ青空に向かって叫んだ。


「世界はこんなに広いんだもん。おじさんと一緒に世界中を旅したいな。待っててね、おじさん!」

あたしはそう言うと歩き始めた。



「あたしの人生はこれからだ!」



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 この数ヶ月後、雪おんなが現れたという噂が流れた。



 そして数年後、世にはびこる悪党を成敗して行く謎の男女がいるという噂が流れた。



 転生乙姫の活躍はまだまだ続く。




――――――――――――――――



次回、【第3話 亀様】


明日19時更新予定です。

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