異世界転生したら絵本の世界だった

八志河 蘭

第1話 浦島太郎

「えっとこれはどういう状況?」

浜辺で釣り竿を持った俺は、子ども達にいじめられている大きな亀を見ながらつぶやいた。


 晴天の午後、波打ち際で数人の子どもが棒で亀の甲羅を叩いている。

どこからどう見ても某日本昔話の冒頭シーンだ。


 でも俺はただの中年社畜サラリーマンなんだが。


 ……そこまで考えて、恐ろしい言葉が脳裏に浮かんだ。


「ひょっとして異世界転生?」

おっかない上司に責められ、後輩に良いとこ見せようと20連勤でエナドリがぶ飲みしていた記憶がよみがえる。

定期健康診断で不整脈がどうのとか言われていたが、まさか……


 自分自身をよくよく観察してみれば、少しくたびれた和柄の着物で腰に魚を入れる魚籠びくを下げ、手に釣り竿。

どこをどう見ても浦島太郎です。

ありがたくねぇ!


「こういう時は、剣と魔法の世界でチート能力神様にもらってハーレム目指すモンじゃねーのかよ!」

神様とか会ってないし「ステータス!」と叫んでも何も出ない。


「詰んだ……、もうダメだ」

がっくりと膝をついた俺だったが、ふと自分の身体を見た。

肥満ぎみだったお腹が引き締まり、年齢もかなり若返っている。


「まてよ、ここが浦島太郎の世界なら、ハーレムとは少し違うかもだが竜宮城で乙姫様と……」

そう考えた時、天啓てんけいを得た。


「そーだよ、最後に玉手箱を開けなきゃ良いんだよな。そうすれば俺はハッピーエンドを迎えられるじゃん」

そう呟くと俺は立ち上がり、亀を助けに走り出した。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 あれからすべて上手くいっている。

亀を助け、お礼として竜宮城に招かれ、大歓迎されているのだ。

美しい女官たちに囲まれ毎日ご馳走を食べる生活は、まさに天国。

このまま帰らず、ずっと竜宮城に居ても良い気がしてきた。

つか、たかだか亀一匹助けてここまでお礼してくれるとか、どうなってるんだろう?


 乙姫様に聞いてみたら、この国は竜宮国といって俺が助けた亀を神の使いとして崇めているらしい。

それを助けた俺は国を挙げて歓迎するべき存在ってわけだ。

しかもこの竜宮国、現実世界とは別の異世界の海中にあって、この亀の導きがないと出入り出来ないが、この世界に入った人間はみんな寿命が延びて数千年生きれるようになるんだとか。

ファンタジーのエルフかよ!

めざせフリー○ン!

なんだかSF漫画アニメオタクの血が騒ぐ設定だな。

別世界って幻○郷みたいな感じなのかな?

それともS○Xしないと出れない部屋の巨大改定版?全然違うか。

確か原作だと気が付かないうちに700年くらい経ってるんだよな。

で、帰ってみると家族も知り合いもみんな死んでて世をはかなんで……ってなる訳だ。


 ま、俺はこの世界に家族も知り合いも居ないし、飽きるまで居座らせてもらうとするか。


 そもそも前世でも友達居なかったし、仲良かったのはお小遣いあげてたら懐いた姪っ子とエサやってたら懐いた野良猫くらいで……


 なぜだろう涙が止まらない……。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 居辛い……。


 竜宮城ここに来てからもうずいぶん経つ。

正確には分からないが500年くらい経ったのかもしれない。

その間、綺麗なたくさんの美女にお世話してもらうのだ。

当然子どもができ、その子どもが成長して大人になり結婚し子どもが生まれ……

もうネズミ算なみに子・孫・ひ孫・玄孫やしゃごを超えて凄まじい人数となってしまっていて、もちろん彼ら彼女らは毎日働いている。


 それなのに俺は今も昔も無職のニート状態。


 いや、俺だって働きたいんだよ?

でもどこも雇ってくんないんだ。

まぁ俺ってこの国の神様の使いを助けた英雄で、神様に認められ呼ばれてやって来た言わば国賓な訳で。

そんな人物にそこらの仕事をやらせる事が出来ないのはわかるけどね。


 居辛い……。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 帰ることにした。


 決して俺の玄孫の玄孫の玄孫の玄孫の5歳の女の子にクズニート呼ばわりされたからではない。

ないったらない。


 今の生活に厭きただけ。

浦島太郎はクールに去るぜ。


 原作通り、乙姫様が「決してふたを開けてはダメですよ」と言いつつ玉手箱を渡してきた。

そんなこと言うなら最初から渡すなよ!と思ったが、素直に受け取った。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 元の海岸に帰って来た。


「俺が考えた通りの性能なら良いが、まずは検証だな」

俺は玉手箱を見ながら呟いた。


 竜宮国を出たから、もう俺は長寿じゃなくなってるし、そもそも超人的チート能力とかを持っている訳じゃない。

魔法も使えないし、体力も普通だ。


 そんな俺がこれから生きていくためには……



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「おい、おとなしく有り金全部出しな!」

むさ苦しいおっさん達が数人、道をふさいで喚いている。

前の宿場町で噂になってた野盗たちのようだ。


 俺は何も言わずに彼らめがけて玉手箱を投げ、すぐに数歩後ろに下がった。

玉手箱は狙い通り彼らの真ん中に落ち、蓋が取れ、中から白い煙が立ち上る。


 この煙は不思議なことに、どんな強風が吹いていても玉手箱を中心に半径5mの円柱状に広がっていく。

そしてその煙の中にいた生物を老化させるのだ。


 しばらくして煙が晴れた時、野盗たちは全員白髪でしわだらけの老人の姿に変わっていた。

ヨボヨボで刀を振るどころか歩くことさえまともに出来ない。


 俺は彼らを刀のさびに変える。


「まったく、これじゃあどっちが野盗か分からないな」

苦笑いしつつ、彼らのふところから有り金全部頂いていく。



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「前世で浦島太郎の話を聞いた時、変だと思ったんだよなぁ」


 お話では竜宮城で遊んでいるうちに地上では700年もの年月が経過していて、太郎が知っている人は誰一人いなくなっている。

悩んだ太郎が忠告を忘れて玉手箱を開けると、中から白い煙が発生し、太郎は実年齢・・・の白髪で皺だらけの老人の姿に変化する。


「いや、なんだよ『実年齢』って。700歳なら、もう骨もまともに残ってないだろ」

それが白髪と皺ですんでいるなら、玉手箱の効果は『老化してなかった人物浦島太郎を実年齢にするもの』とは考えられない。

そう考えて検証してみたんだが、思った通りこれは『すべての生物の老化の促進』というものだった。

体感だが、煙に包まれた生物を50年くらい老化させるようだ。

そう考えると、この玉手箱はかなり使える武器だ。


「ハーレム遊びも700年やって飽きたし、これからは世界中を冒険して旅していくのも良いな」

俺はそう言うと空を見上げた。



「おれはー!人間に戻るぞー!ジョ○ョーッ!!」

叫びながら仮面を外すようなポーズを決める。



「俺の人生はこれからだ!」



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 この数ヶ月後、鬼ヶ島の鬼が討伐されたという噂が流れた。

なんでも鬼たちが宴会をしていた会場が突然白い煙に包まれ、無敵の豪傑と呼ばれた鬼たちを次々倒した男がいたとか……



 さらに数年後、お殿様が通る田舎道に突然サクラ並木ができたという噂が流れた。

なんでもサクラの苗木を植えただけなのに、一瞬で樹齢50年の巨木に育って満開のサクラ並木が出現したとか……



 転生浦島太郎の活躍はまだまだ続く。




――――――――――――――――



次回、【第2話 乙姫】


明日19時更新予定です。

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