2


 教室に着くと何故か俺の後ろを走って、追いかけてきていた幼馴染――雫が既にいた。


 なに、お前瞬間移動でもしたの?


 しかも、盛大な溜息まで吐いている。


「はああぁぁあぁー」

「どうしたんだよ」

「まじで許せない。自分を殺したい。イケメンアイドルにときめくとか無理、自分キモい」

「別にアイドルに恋したっていいんじゃないか」

「ダメ! 私には一途な所以外、良いとこ無いもん。ずっと秋良を好きでいるって決めてるのに……」

「そんなことねーよ。過小評価し過ぎだ。雫は可愛いよ。良いとこリストに追加しとけ」

「ちょっとトイレ行ってくる」


 そういや、あいつ最近様子おかしいよな。何があったんだろ。


 ――後。雫がトイレから戻ってくる。


 俺とは目も合わせずに自席へと戻っていく雫。あれ? 嫌われた?


 雫は無表情かつ虚ろな目をしていた。


 そのまま二人は会話を交わさずに時だけが過ぎ、気づけば昼休み。


「可愛い」と言ったのがダメだったか……セクハラだったか……反省。


 俺は雫の席まで向かう。謝る為だ。


「雫、可愛いって言ってごめ――」

「――秋良とは距離を置きたいの」


「えっ!?」


 雫らしからぬ驚きの発言。

 以前、雫は言っていた。秋良成分がどうたらこうたらで定期的に摂取しないと、倒れてしまうとかなんとか。距離置いたら、雫倒れない?

 そこだけが心配だ。


「なんて嘘。ずっと一緒に居たい」

「どっちだよ」

「その代わり、いま付き合ってる彼女と別れて? 好意を捨てて?」


 え――。

 彼女なんていないのに。

 もしかして、夢の中の女の人のことか?


「俺、彼女なんていねーよ?」

「嘘。いる。匂いがする」


 うーん。しょうがない。

 雫に嘘は吐けないって分かっているので、夢の中の人の事をカミングアウトした。


 すると、表情がガラリと変わった。

 怖いけど慣れてしまった、狂気的な瞳。荒い息遣い。

 冷房の風でなびく、セミロングの黒髪はこの場の空気の良い演出になっていた。


「ふーん、そっか」

「ごめんなさい」

「私、まだ何も言ってないよ?」

「……」

「――例え夢の中であっても、私以外の女と関係を持っちゃダメ。分かった?」

「はい」


「じゃあ、別れてね。夢の中で」


 夢の中で別れるって滅多に聞く機会が無い言葉だよな。


「分かった」

「他の女と完全に関係を断つまで、私、秋良と口利かないから」


 こえええー。


 夢の中で別れるってどうしたらいいんだ?

 とりま、俺から別れ話を持ちかけるくらいしか方法無さそうだな。


 て、毎晩あの人の夢を見るとは限らないのに、何故俺はあの人が毎回夢に出てくる、と信じているのだろう……?



 ――その夜は夢を見なかった。つまり、明日は雫と一言も会話が出来ない。

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