3


 まだ蒸し暑さが残る九月下旬。

 必死に雫は試験勉強を頑張っている。例の一件以降、目も合わせてくれない。


 俺が近づくと――


「なに?」


 冷たい声を発し、めつけてくる。


 関わらない方が良さそう……。


 取り敢えず、休み時間はひとりラノベを読み、授業中は教師の話を半分聞き、半分寝る。

 頬杖をつきながら、窓の外を眺めていただけで、昔女子にイケメンと言われた経験があるが、自分ではよく分からない。


 俺ってイケメンなのか?


 今や雫を恐れて、そういった事を言う女子はいなくなったが。



 ――昼休み。

 当然、友達のいない俺は孤食。雫はというと――彼女も一人だった。不機嫌だから友達も近づきがたいのかな。と勝手に予想する。


(はぁ。コンビニで買ったパンでも食うか)


 パンを口に入れた瞬間、チーズと野菜の美味しさが口いっぱいに広がる。孤食も悪くないな、と感じていた最中さなか――視界に入り、動いている人物が気になる。


 あいつ、めっちゃソワソワしてるな……。

 あっち行ったりこっち行ったり。目もチラチラと時折合わせてくる。


 ん?


 ゆっくりと机と共に近づいてくるのは、幻覚ですかね?


「一緒に食べよ?」

「あれ、口利かないって雫が言い出したんじゃ……」

「口利かないとは確かに言ったけど、食事を一緒に食べないとは言ってない。黙って食べればいい話でしょ?」

「俺、もう食べ終わったんだが」

「何で先に食べちゃうわけ?」


 理不尽。めっちゃ理不尽。

 一緒に食べたいなら、先に言ってくれよ。それに『口利かない』けど『一緒には食べる』って凄く紛らわしいんだが。


(……あげる)


 そう目で訴え、プチトマトを箸で差し出してくる雫。


 遠慮せず、パクリとプチトマトを食べた俺。


 いや、サイレントあーんとか初めて体験したな。


(どう? 美味しい?)


 コクリと頷く。


 そっか、俺、雫とテレパシー出来るのか……! はは。


 全然嬉しくない上に自分の思考が雫にも伝わっていると考えると非常に怖い。妄想も出来ねーじゃん。


 昼休みが終わると机と共に彼女は戻っていく。


 あれ? その感じだと、帰りは一緒に帰るのか?


 口利いてあげないけど、黙って一緒に帰るくらいならいいわよ? 的な。


 終始何も喋らず、二人で帰るとかキツいな……。


 気まず過ぎ。気まずいの極み。



 ――放課後。


「雫、今日は一緒に――」

「――帰らない」

「そうか」


 雫は俺の前から消えていった。


 昇降口に着き、下駄箱で靴を履き替える。


 ん?


 さっきから、後ろに気配を感じる。


 刹那――肩をガシッと掴まれた。


 男か?


 怖いんだけど。振り返りたくねえんだけど。


 不良に喧嘩を売った覚えは一切無い。


「あの――」


 聞こえてきたのは凛とした女性の声だった。


 良かった……! やばい奴じゃなかった……。


 恐る恐る振り返ってみると、プラチナブロンドのロングヘアーに黒のメガネを掛けた、大人しそうな女子がいた。ちなみに瞳の色は黒だ。

 美少女だけど、陰のほうにいそうな掴みどころの無い女の子。


 そんな子が俺に何の用があるのだろうか――。


「――篠宮さんに秋原あきはらくんのストーキングを頼まれまして」


 は?


 ストーキングって依頼とかあんの?


 まあ、陰でコソコソされるより、こうやって宣言されたほうがマシといえばマシだが……。


「わたくし、鹿島かしま花織かおりといいます。よろしくお願い致します」

「どうも、秋原秋良です。よろしく」


 あれ、ストーカーの概念って何だっけ?


「わたくしのことは気にせず、いつも通り下校して大丈夫ですよ」


 気にするわ!

 後ろからぴったり尾行されてるのに、気にしない方がおかしい。


 もう周りから見たら、誰もがその鹿島さんという方と俺が一緒に帰ってると思うだろう。ストーカー被害者と加害者だとは誰も思わない。


「鹿島さんって何年生なんですか」

「高校一年生です」

「じゃあ俺らと一緒ですね」

「……」

「……」


 会話が続かないよ……。


「ああっ!」


 何だよ。いきなり大声出して。


「すみません。いま、秋原くんの後ろ姿、カッコいいと思ってしまって……。わたくしったら、バカですっ! 大バカですっ」


 パシン、パシン、と自分の頬をビンタする鹿島さん。


 え、俺ってカッコいいと思われちゃいけないのか?


 あ、分かった。雫に怒られるんだ。人の彼氏寝取ったとか因縁つけられて。


「篠宮さんに怒られちゃう……」

「そんなんで怒られないから、大丈夫だ。安心しろ」

「わあ、秋原くん、優しい……! あ、ダメ。わたくしったらまた…………」


 無限ループなような気がしてきた。


「喫茶店でも寄りますか?」


 俺はそう気を遣う。


「ダメです」

「そっか。じゃあまた今度」


 て、なんでそんな泣きそうな目で俺を見つめるんだよ。そんなに俺って怖い?


「いや、でも秋原くんとお茶したいです。だけどっ、デートしたら篠宮さんに殺されちゃう」


 あれ、いま鹿島さん、またって言ったよな? 聞き間違い? 一回、雫に殺されてんの?


 真意はさておき。


 ――喫茶店の店内に二人で入る。


「わたくし、篠宮さんに怒られませんか?」

「大丈夫だ。俺がいるから。俺が鹿島さんを守る」

「きゅん」


 ?


 いま、人間の言葉じゃない謎の音が聞こえた気がしたんだが――。


「秋原くんの人誑ひとたらし」


 ごめんなさい。女子に優しくなるのはいつもの癖で……。


「――カフェオレとショートケーキをひとつ」

「わたくしはレモンティーとティラミスでお願いします」

「かしこまりました」


 待っている間はずっと無言だった。


 プチ事件は注文の品が届いてから、起こった。


「こちらがカフェオレとレモンティーでございます――」

「「はい」」


 店員さんは品を届け終わると、カウンターの奥へ消えていく。


「わたくし、秋原くんのことが――好きでした」

「ぶふっ!」


 いきなり、なんて心臓に悪いこと言うんだよ。カフェオレ、吹き出しちまったじゃねーか。


「そ、そそそ」


 しどろもどろになる俺。対して、鹿島さんは顔を赤らめて指先をこすり合わせている。


「でも、秋原くんは篠宮さんに譲ります。彼女にもそう言いました。わたくしも、篠宮さんのほうが貴方にお似合いだと思いますし」

「うん」

「――それでなんで、喧嘩なんてしたんですか?」


 喧嘩なんかしてねーよ。雫は喧嘩したってこいつに伝えたのか?


「喧嘩なんかしてないです。架空の彼女と別れるまで口利かない、と脅されているだけです」

「ずいぶん複雑な事情なんですね」

「はい……」

「応援しています」


 何を?


「早く彼女さんと別れられるといいですね。そしたら、篠宮さんと仲直りも出来ますし」


 別れを応援する人、初めて見たわ。

 DV彼女とかならまだしも。

 他人の不幸がそんなに美味しい?

 それに喧嘩してねえって。


「確率の問題だな」

「確率?」

「何でもないです」


 ――数十分後、お茶し終わり帰る。

 別れ際、鹿島さんが俺の袖をくいくい、と引っ張ってきた。


「わたくしと連絡先交換して下さい」

「は? それこそ、雫に怒られないですか?」

「篠宮さんに頼まれたんです、だから連絡先交換して下さい。篠宮さん言ってました。『ターゲットが寝るまでがストーカーのお仕事』だと」


 ガチストーカーこええな。


「分かりました」


 QRコードを読み取らせて、無事連絡先を交換し終える。


 ふと、雫から新着メッセージが届いていたことに気づく。けど後で確認しよう。


「ではまた」とお互い手を振り、別々の帰路に進んだはずなのに、鹿島さんの気配は家に入るまで続いていた。


「ただいまー、母さん」

「おかえり、秋良。珍しく遅かったじゃない。雫ちゃんとデート?」

「違う。別の人とだ」

「もー、浮気はダメよ?」

「浮気じゃねえって」


 そんな会話をしたのち、自室に戻る。

 SNSを開くと、まず鹿島さんによろしくスタンプとおやすみスタンプを送り――。

 その後、雫の新着メッセを確認する。


『LINEのやりとりくらいしよ? 私、寂しくて死んじゃう』

『いいけど』

『あ、でも夜遅くまでやりとりしてたら、肝心の夢、見れないじゃん。おやすみ。また今度』

『おやすみ』


 本日最後のメッセを送り、眠りに就く。



 ――夢を見た。いつもの夢だった。

 明音あかねは桜の木の下で立っていて、物悲しそうな目をしていて。


 これって、ヒロインや主人公がよくフラれる現場じゃない? と俺は思った。


 もしかしたら俺はいま、目の前にいる彼女をフッてしまうのかもしれない――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る