第41話 創作問答 その3
私は願う。貴方を殺さなくていい未来を。
私は期待する。貴方の提示する言葉を。
私は熱望している。貴方が気付かせてくれる別の可能性を。
私は夢見ている。貴方が我が世界を楽しんでくれることを。
私は祈る。貴方が夢を叶える事を
定命の者よ。私の期待を裏切らないで下さいね。
◇◇◇◇
【……今のは、どういう意味でしょうか?】
「そのままの意味だ、こと創作において俺達の意見は似通っている。回復薬の存在を認めないのは、この世界での……命や冒険に対する覚悟が軽くなるのを嫌って、だろう?」
【!!!!!!!! そう!!!!! その通り!!!!!!】
喜色満面の顔で頷く運営。
ああ、本当に嫌になる。
俺にはこいつの感性が怖いほど分かってしまう。
指先1つで俺を消してしまえる存在でありながら、俺がこいつと未だに話し合いが継続している理由はそれだ。
俺とこいつは似ている、ただそれだけの理由で俺はまだ生き残っている。
【リアリティとは、制限の中でこそ生まれるモノ! やはり、トモムラ氏はそれをよく分かっていらっしゃる! プレイヤーにはより大きな工夫と! より繊細な冒険への覚悟と準備を! それを乗り切った先にこそ、異世界の醍醐味、冒険の達成があるべきです! その点、貴方は序盤から――】
「――それがおかしい事に、気付かないのか?」
【ほえ?】
運営がきょとんと固まる。
ああ、耳が痛い。ついでに言うと、心も痛い。
こいつは俺だ。
つまり、俺が今からやる事は自分で自分を否定するという苦痛の伴う作業だ。
はあ、本当につらい。
「運営、お前は間違っている」
【? どういう意味でしょうか?】
運営には動揺の気配は見えない。
しかし、また薄ら笑いが消えた。
次の瞬間、消されてもおかしくない、そんな空気。
しかし、もう止まる事は出来ない。
「お前のそれは、リアリティの追求でも作品のクオリティでもなんでもない。ただの自己満足だ。こだわりの強い幼稚園児が泥団子を磨き上げる作業と何も変わらない」
【え……あ……?】
「運営、お前はただ、自分の自己満足で他人を困らせているだけだ。お前のこだわりは作品の面白さに繋がっていない」
【………は?】
じゃきん!!
剣が一瞬で俺の喉元、脳天、脊髄、心臓の1センチ手前に移動する。
みじろぎ1つすれば、即座に俺の身体はこの剣で刺し貫かれるだろう。
「ワン!!!???」
「良い、タボ、待て、だ」
「キュウウウウウン……」
【……前言を撤回しましょう、残念です。貴方は私の創作論を理解してくれている方だと信じていたのですが】
虹色の目から輝きが失われる。
夜の帳を降ろした瞳が、俺をじめりと見つめている。
身体の細胞がわかりやすい死の危機に怯えだす。
この世界にきて新たに得た肉体の機能《毒手スキル》が危機の排除に毒を増産し始める。
だが、俺はそのすべてを放棄する。
これは敵との戦いではない。
倒すべきは自分。
自分を乗り越える為の戦いだ。
退く気は、ない。
「例え殺されようが関係ない。運営、お前は間違っている」
【――残念です、
運営が長い指を2本構える。
白手袋に包まれた綺麗な指のシルエット、それが指鳴らしを奏で――。
「お前、人を楽しませたいんだろう?」
【】
スカッ。
運営の指鳴らしが空振りした。
虹色の瞳が大きく開かれ、幾重にも重なる万華鏡のような虹彩が震え始めた。
「スキルシステム、魔力、ステータス。手ごわいモンスターに、各地の勢力。国家の概念もあるんだろう。何より、このリアルな世界。俺の目の前にある全世界が、お前が丁寧な創作者である事を示している」
【き、急に、な、なにを……い、今更命乞いですかァ!!??】
「デク、窓を開けてくれ」
《……イエス、マスター》
がらららら。
広間の窓が開き、清廉な花のかおりがする風が広間を渡る。
花畑と小川の光景、その向こうにはうっすらと青い山脈が遠景として広がっている。
「この森の向こうには山峰が見える。ここからだとあの場所は、青くぼんやりとすすける風景に過ぎない。だが……きっとあの山も本当に登れるんだろう?」
【と、当然です。あの山は、青竜山脈と言いまして……この世界に踏破出来ない場所などありません。ふ、ふふ、ああいう山は環境適応系のスキルや拠点作成系のスキルを持つプレイヤーが活躍できる仕組みを用意したり、実はその、そういう場所にアイテムを隠したり、強力なペットを仲間に出来るイベントが発生したりなど……】
「なるほど。お前はあらゆる種類の人間が来る事も想定し、全ての人間が活躍できる場を用意している訳だ。素晴らしい仕事だ」
【い、言い、残す事はそれで最期ですか!? 今更おだてた所貴方が私を否定した事には変わりない! 私は――】
「ゴブリンも厄介だったが、攻略のし甲斐がありそうなモンスターだったな。俺は毒で一網打尽にしたが……お前はどのような攻略方法を想定していた? ……いや、違うな……」
【え、え、あ、あの、き、聞いてます?】
「あれは恐らく、この世界での戦い方を覚えさせる為のモンスターだ」
【!!!!!】
からんからん。
俺に切っ先を向けていた剣が地面に落ちて、そのまま霧となって消えていく。
「多数で攻めてくるモンスターに対して、きちんと徒党を組む事の重要性+相手に対応するのではなく、自分の強みを押し付けていく事が重要なゲーム性をプレイヤーに気付かせる為のモンスターか。……糞を武器に塗り付けたり、獲物をいたぶる残虐な生態は、この世界でのモンスターが相互理解はまず不可能な存在である事の表現、違うか?」
【!!!!!!! そうです! その通り!!!!
「この世界に来た人間の為にお前は全世界を用意した。行って、見て、体験して、好きなものになれる。お前は世界をそう創った」
【そ、うです、ね……】
「お前はそこまでやって人に楽しんでもらえる世界を造った。作りこめば作りこむほど、世界は楽しいものになる。そう信じている」
【その通り、それが、それだけが、真実のはずです】
「それが、間違いだ。自分の創ったもので人を楽しませたいのなら、自分の願いや考えを薄めてでも人に寄り添うべきだ」
【そ、そんな事をするのは創作に対する侮辱です! 他人に阿って、他人に媚びて……そんな創作にどんな価値があるというのですか!! ありのままの自分のまま向き合う事こそが創作のハズです!】
あ、耳が痛い。
今すぐこいつを黙らせたい。
そうだ、こいつの言う通り、俺もそう思う。
ありのままの自分のまま。
ありのままの衝動で創作が出来れば。
ありのままの作品が皆に受け入れてもらえる事が出来れば。
何も苦しまず、何も悩まず、ただ、己の内側にある熱と泥だけで創作を続ける事が出来れば。
それはどれだけ幸せな事だろうか。
だが、それは敵わない。
それが許されるのは、本当に一握り。
天才の中でも、なお天才のままでいられ続ける一部の者だけだ。
「お前はどうして、ありのままの自分が人に受け入れられると勘違いできる?」
【あ……え……か、勘違い……?】
俺はそうじゃない。
そして、お前もそうじゃない。
これはそれだけの話だ。
【わ、私が創ったのは、本物の異世界……。法則や制限があるからこそ、世界は美しい……。貴方のやろうとしている事はこの世界を安っぽいものに変える愚行です!】
運営の怒りを感じる。
ああ、分かるよ。自分の創ったものを他人に評価されるのは怖いよな。
作品が否定されると、まるで自分自身が否定され、価値がないって言われているような気持ちになる。
自分の全部が間違えているって突きつけられる最悪の気分だよな。
気付けば、運営の背後に紋章のようなものが浮き出る。
循環する光は今にもはじけそうだ。
魔力を少し扱える今なら、その脅威が分かる。
あの光に触れると、恐らく肉片すらこの世界に残らない。
光がどんどん大きくなる。
俺の鼻先を掠めるほどに。
「ああ、その通りだ。運営。俺の回復薬密売ビジネスはこの世界を変える。……本物、本格な異世界から、異世界ファンタジーへと変わるだろう」
【そんな事をこの私が許すとお思いですか!? 私の崇高な本当の異世界を、そんな安っぽいファンタジーに変えるなど!!】
運営の声が、変わる。
さわやかな青年の声から、まるで地獄の底に1000年溜まった燃える泥のような声に。
ああ、俺の目の前には地獄の光が明滅している。
この光を見ているだけで魂が焼け焦げて死にそうだ。
【 ――定命の者よ、言葉遣いに気を付けろ、私が少しお前を気に入っている事で思い上がったな、これ以上その口を開くのなら、まずはその顎、舌、喉を焼いて――】
「そっちの方が面白いぞ」
【……え?】
しゅうううううう……。
運営の口から黒い煙が、漏れた。
「宣言する、保証する。絶対にそっちの方が面白い。お前が危惧している方に世界が変わった方が絶対に面白い」
【お、面白い、そ。そっちのほうが? な、なにを言って】
「本当は、お前だってわかっているはずだ」
締めに入ろう。
「1つ聞かせろ、運営」
【え?】
「何故、Vtuber達を騙した?」
【――――は?】
「お前は騙したんだ、エルダーフロンティアを完全フルダイブゲームと偽って、世界トップのエンタメの申し子達を自分の世界に招いた。何故、騙した? 何故、エルダーフロンティアが本物の異世界だと隠した?」
【そ、それは――】
「当ててやろう、お前は――」
【や、やめろ!!】
いいや、やめない。
何故なら――。
「自信がなかったんだ」
【あ……】
お前は俺だ。
だから、手に取るように分かる。
「お前は自分の創った世界に本当に人が惹かれるのか、その自信がなかった」
運営は、微動だにしない。
「創作者のプライドだ、誇りだ、自己実現だ。創作論だ。耳障りの良い事ばっかり言いいやがって。お前は本物のエンタメのプロ達に、批評者達に向き合う覚悟が足りなかったんだ。臆病者め、選ばれない痛みから逃げて、何が世界だ、何が創作論だ」
……べえ~、言い過ぎたァ~……。
死ぬかな~流石に。
【……なぜ、わかったのですか?】
「言ったろ、お前は俺だ」
【……貴方のやろうとしている事は、この世界のリアリティを損なう事です。回復薬があれば、プレイヤーは戦闘への緊張感を、戦いへの躊躇いを無くす。戦いの陳腐化は、この世界の重厚感を薄めかねない事になりませんか?】
初めて、運営から俺への問いかけが現れた。
あと一息。
「ならない。断言してもいいが、回復薬があってもすぐにはプレイヤーは戦闘を効率化したり、戦う事への意識が変わったりもしない。お前の望み通りに戦いには常に緊張感と喪失のリスクが備わるもののままだ」
【では、回復薬がなくとも、この世界は変わらないのでは?】
「いや、変わる。正確に言えば変わるのは、世界の方ではなくプレイヤーの方だ」
【それは、この世界の面白さに繋がるのですか?】
「ああ、絶対にそっちの方が面白い、世界は今よりずっといいものに、そして面白いものになる」
【な、何故、そう言い切れるのです?】
決まっている。
この世界にやってきたの10000人の先行プレイヤー。背景は様々だが、その中には彼ら、彼女達がいるからだ。
「お前が呼んだプレイヤーは皆、一流のゲーマー、ストリーマーそして――」
この異世界転移は単なる異世界転移ではない。
転移したものが全員、職業として誰かを楽しませる事を選んだ者。
「――Vtuber。現代社会が生んだエンタメのプロ中のプロ達だからだ」
【……あ】
Vtuber異世界転移なのだから。
「俺は回復薬で彼らの意識を変える、何度も言おう。俺はこの世界を本格からファンタジーへと変える――ゲームに変える。それが、お前に薬師の設定や回復薬の設定を提供した、創作者としての責任だ、それに第一……」
「彼らはゲームをしにこの世界に来たんだからな」
【あ、は……たしかに、そう、ですね……】
運営が息を吐く。
いつしか、彼の背後にある光の環は消えていた。
【……私は、貴方の事を認めない。しかし、同時に、貴方の邪魔をする権利も、理由もなくなってしまった……面白い、そう、面白い。何よりも優先すべきはこの概念なのですから】
「ついでだ。運営殿。この世界を脱出した人間に1つ特典を与えてほしい」
【は?】
訝しむ運営に、俺はそっと耳打ちをする。
その”特典”の詳細をこっそり、運営に教える。
【……そちらの方が、より面白くなるのですか?】
「間違いない。人間の欲望を舐めるなよ」
【……認めましょう。貴方がそう言うのなら】
深く、深く。
運営がため息をつく。
【今日は……少し。疲れました……。貴方の宣言……ふふ、貴方、最初から、私からの不干渉を求めていたのですね】
「言った筈だ、宣言だと」
【ふふ、ですが、難しいでしょうね。回復薬の流通……貴方が設定した通り、その薬は、この世界では歓迎されない。私の理由とは別でその薬には忌まわしい過去があるのですから】
「やりがいがありそうで何よりだ」
【ほんと、口の減らない……はあ、疲れました、本当に今日は疲れた。帰ります】
運営の身体が光り輝く。
ぽろぽろと崩れ落ちるように消えていく。
「運営、お前はやはり創作者だよ」
【はははははははは! 何をいまさら、真正面から私の創作論を否定しておいて――】
「それでもお前は、面白い方を選んだじゃないか」
【――】
運営の表情を、俺には語るべき語彙と表現力がない。
ただ、そうだな。
きっとこれが初めて、運営という存在が人間の事を知った瞬間なのだろう。
【……1つ、これはそう、私との問答を生き延びた……貴方への報酬です。このような突発的なサイドクエストをクリアした貴方への】
運営がぽつり言葉をこぼす。
【この世界は全てが私の思った通りの物ではない。私は只、設定という結果を用意しただけ。結果に至る過程はこの世界が独自に歩んだものです】
「あ……?」
【貴方の用意した薬師、回復薬、教会の関係。貴方や私が用意したのは結果だけ。いいですか? 結果だけです、私が設定したのは……過程は別】
【この世界はすでに、私の手から離れて数千年が経過しています。その数千年の間に私が用意した設定はねじれ、歪んでいる。回復薬を本当に広めたいのなら……この世界での回復薬の成り立ちとこの結果になった過程を調べるのをおすすめします】
【厄王に見えなさい】
【私の知らぬ所で生まれた王達。その名を世界に刻み、私が用意した神に挑んだ古い強者達の1人】
【彼女と回復薬の秘密を知れば……貴方のやろうとしている事の手助けになるでしょう】
【魅せてもらいましょう。貴方がこの世界で――何をなすのか】
運営が光のかけらになって消えていく。
浄化されて消えてくれればいいが、恐らくそういう消え方はしないタイプだろう。
「しんど~……次、同じ事をしたら死ぬな、これは」
「ワン!!」
ソファに寝転がった俺の腹に、タボの心地いい重さが、どしん。
ああ、生きてる……。
死ぬかと思った~。
~~~~
運営からの特別なお知らせが始まります
~~~~
【あとがき】
ここまで読んで頂きありがとうございます。
カクヨムのトレンドど真ん中ではない作風ですが、たくさんの方に追いかけて頂きうれしいです。
恐れ入りますが、下記2つのお願いをここに記します。
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クソめんどいと思うのですが、この作業で作者的は非常に助かります。
すでに評価、フォローして下さっている方はマジでありがとうございます。
あなたのおかげでこの作品は続いています。
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