第40話 創作問答 その2

 運営が、にこりと微笑む。

 吸血鬼のような鋭い犬歯が僅かに覗くその微笑み。


 DV気質の人間が身内に見せる笑顔みたいだ。

 心底気に入らない。



【あはあ、やはり、やはり、センセイはとても良いですね。この世界を真面目に楽しもうとしてくれている】


「……」


 今の問答も、ブラフ。

 もし、奴の誘いに乗っていたらもうコイツは2度と俺の言葉に価値を感じなくなる。


 これは、唯一のチャンスだ。

 才能も能力も持たない弱者の俺が、この神に等しいイカれ野郎と対等な話し合いが出来る唯一のチャンス。



 さあ、演じろ。

 こんな時、交渉の得意な主人公ならどう振る舞うか。


 想像しろ。

 運営が求めるプレイヤーの姿を。運営が耳を傾けたくなるような話を。



 交渉の材料は、これまでのこの世界での生活で揃ってるはずだ。



「……お前、この世界を楽しんで欲しいのか」


 だが、俺の口から溢れた言葉はそんな思惑から外れた一言だった。


【んん?】


 運営も意外な顔をしている。

 しまった、妙な話の切り口になってしまった。

 もうこのまま突っ走るしかない。



【どういう意味でしょうか? トモムラ先生】


「まずその先生をやめろ。次、そう呼んだ場合俺はお前と話さない」


【はははは! これはこれは! 剛気な事ですね! トモムラ先生の方が私に用事があったのでは? 良いんですよ、私は。ここで話し合いをやめにしても……】



 ブラフだ。

 馬鹿が、そんなワクワクした顔と目の輝きを見せた状態で言うセリフかよ。



「あるさ。今までお前が運営として受け付けてきた退屈な嘆願ではない、建設的なプレイヤーからの話がな。俺を先生呼ばわりするのなら、この話はここで終わりだ」


 運営が、薄く唇に笑みを浮かべる。

 それから俺の対面のソファに座る。

 長い脚を組むその姿があり得ないほどサマになっていた。



【……ふふふふ、ああ、良いですねえ。怯えと怒り以外の感情を向けられながら行う会話は凄く有意義です。その調子で続けて下さい……トモムラ先せ……いえ、トモムラ氏】



 余程コミュニケーションに飢えているのか。

 運営は俺の小さな要求に応えた。


 よし、まず第一関門の小さな要求を飲ませる、突破だ。



【それで、さっきの話を詳しく聞かせてください。回復薬の密売……ふふふ、気になります。私にそれをどうして欲しいのでしょうか? やり方? 許可? それともーー】



「いや、お前をここに呼んだのはそんな事の為じゃないんだ」


【……え?】


 ここだ。

 お前、今初めて素を出したな。


「宣言だ。俺はこの世界で回復薬の密売を始める。今日はその宣言をする為にお前を呼んだんだ。お前にやり方を聞いたり、許可を貰ったりする為じゃない」


【………………………あは】


「何故なら、お前は絶対に俺の回復薬密売を…………認めないからだ」


【アハッ!! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!】


 高らかに運営が笑う。

 ぎょろろろろろ。一瞬、彼の瞳の虹彩が幾重にも重なって万華鏡のように蠢いた



【貴方は本当に、面白い……なぜ、そう思うのでしょうか?】



「だいたい検討はつく、腹立たしい事にな」


【是非お聞かせ願えませんか? 私、非常に気になります】


 運営の虹色の目の輝きは最高潮に達している。

 良い感じだ、もっと、もっと会話を長引かせてやる。


 俺の言葉の価値が、お前にとって重要なものになるまで。


 息をゆっくり吸う。


 ああ、俺は分かるのだ。

 こいつが、回復薬の密売を認めない理由。

 ああ、本当に、腹正しい。


 俺の口が開くのと、運営の唇が開くのは同時。


「【それはリアルじゃないから】」


 俺達の声は重なる。


「……」


【……】


 運営が穏やかな顔で微笑む。


【貴方はやはり、とても良い、分かっていますね……ああ、素晴らしい。プレイヤーの中で最も真摯にこの世界に向き合って下さっているお方なだけはあります。ええ、本当に、分かっている! そう、回復薬。貴方が応募してくださった設定を見た時、私、感服してしまいました……】


【何故かファンタジーの世界では傷を治す回復薬や魔法が当たり前に存在しています。おかしいですよね、現実では、戦いの時にうけた傷などそう簡単に治らないというのに……私もなんとかこのリアリティをこの世界に反映したいと悩んでいたのですが……まさか、回復薬を違法薬物として設定する手があったとは……貴方のアイデアはまさに天啓に等しい……貴方のおかげで、誰もが納得する形で、回復手段の制限をこの世界に根付かせる事ができました、全部、友村氏のおかげです】


「……そう、現実ね。やはり、この世界は仮想空間でもなんでもない本当の世界な訳だ」


【勿論です! 空が海が大地が、そしてこの世界の生けとし生けるモノすべて本物です! 私の愛すべき作品、素晴らしい剣と魔法の異世界、エルダーフロンティア。ここでは誰もがファンタジーの世界でリアルに生きる事が可能な理想の場所……おっと、また話が長くなってしまった……さて、トモムラ氏】


「ッ!! グルるるるるるるるるるるるるるる!!」


 タボが俺の傍に寄り添い、牙をむき始める。

 いつのまにか運営の背後、空中に何本もの剣が浮かんでいた。


【運営として、警告します。回復薬の流通、これはこの世界のバランスを大いに乱す可能性のある行為です。よって、運営としては……貴方の行動を認める訳にはいきませんねえ】



 ずらりと並んだ剣の剣先は全て俺を狙っている。

 運営の虹色に輝く瞳、人外は穏やかな口調、穏やかな雰囲気のままほほ笑むだけ。


 ここが分水嶺。

 一歩間違えれば俺は死ぬ。



【これは、お願いです、トモムラ氏、どうか、どうか宣言してください。回復薬の流通を諦める、と。お願いします。信じてもらえないと思いますが、私、かなり、貴方を殺したくはないのです】


 言いながらも、剣先は微塵もブレない。

 牙をむくタボを一瞥すらせず、運営は俺だけを見つめている。


【ああ、でも、素晴らしい、なんという自主性、なんという覚悟……私、今、正直焦っています、迷っています。そう、貴方なら出来かねないのです、厄王にすら果たせなかった回復薬の流通……世界の変革……ああ、なんでプレイヤーの自主性がこのような形で……でも、ダメだ駄目だ、ダメだ、回復薬、その流通だけは駄目だあ……】



 運営が一人でぶつぶつ何かをつぶやき始める。



「運営、お前は俺だ」


【………うん?】


アリが急に喋った、そんな顔で運営が俺を見る。


ああ。


「ようやく、うすら笑いが消えたな」

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