第39話 創作問答 その1


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運営が貴方の問い合わせに応答します

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ずっ。

瞬間、目の前に紫の光が生まれる。

その光は何度か明滅した直後、人の形に代わって。



【とうとう呼んでくれましたね! 友村センセイ!!】



そいつの姿は初めて見たときと全く同じだった。

タキシードに銀の髪、神秘的な顔つきの美青年。


両手を挙げたYの字のポーズの不審者が俺の目の前に現れる。



「白々しい、チュートリアルはお前だろう?」


【あははははは、ばれていましたかァ~? まあ、ですが、正確に言うと……】


でろん。

タキシード野郎が自分の顔を手で覆う。

ばあっと開いた瞬間、顔や髪が、女に代わっていた。


『こんな感じで、人格や姿を変える事も可能なのです。おっと、チュートリアルとしてはまだ姿を見せていませんでしたね! チュートリアルの私は運営である私と別の存在になるのです!』


銀髪の女神のような造形に一瞬で代わった運営。


タキシードの胸元がはち切れそうに悲鳴を上げている。


すらっとした体型はそのままに、腰はくびれ、臀部は太めに。


女の身体に変わっている。



……人外め。

だが、動揺を見せる訳にはいかない。

徹底して、感情を押し殺す。

今、必要なのはこいつからの関心だ。


恐らく、こいつは怯えたり、慄いたり……そういう普通の反応をした瞬間、俺から興味をなくす。


興味をひかせろ、面白いと思わせろ。


その為のキャラクターになり切れ、ロールプレイだ。



「なるほど……宗教上の神々と似たようなものか、で? 運営のお前とチュートリアルのお前で司るものが違ったりするのか?」


【…………良い】


ポンッ、と間抜けな音を立てて再びチュートリアルが運営の姿に切り替わる。


男が運営、女がチュートリアル。

ややこしい。



「あ?」


【ふふふふふふ、いえ、すみません、運営への問い合わせで今、初めて理性的な会話というものが出来た気がしましてね。他のプレイヤーの方はもう、口を開けば元の世界へ返せ、家族に会わせろ、死んだ者を復活させろ、人殺しなど……暴言や誹謗中傷の嵐でして……よよよよ】


「あ、そう……」


【その点、友村センセイはやはり一味違いますねえ! 冷静な言葉に確かな教養……そのうえ、チュートリアルまできちんと活用してくださって、まさに模範的なプレイヤーです!! 私、センセイに呼ばれるのを心待ちにしておりました!!】


「そりゃどうも。じゃあ、俺の質問に答えてくれる訳だな」


【はい! それはもう! あ、でも……センセイなら……】


そこで、運営が言葉を止める。

虹色の瞳をにまりと歪ませる。

俺にはそれが――。



【元の世界に帰りたい――そんなお願いでも、構いませんよ】



蛇が笑っているように見えた。


楽園、アダムとイブをそそのかした蛇もきっとこんな顔で笑うのだろう。

人間がどのような生き物か、よく理解しているようだ。



【先生には、もうずいぶんとこの世界を楽しんで頂いたようですし……作品作りの邪魔をするのもファンとして心苦しいです。ですので、もし、先生の問い合わせが元の世界に帰らせてくれ、というものなら、このまま目をつむって下さいな……ええ、この私が責任をもって、元の世界に戻して差し上げます】


「いや、そういうのはいい」


【ああ、はははははは、そうでしょうね。分かりますよ、先生。どんな人間でも命がけの生活、戦いとは恐ろしく――え? 今、なんと?】


「そういうのはいい、時間の無駄だ。さっさと本題に入るぞ」


【………………ふぇ?】


一瞬、一瞬だけ俺はその男が子供に見えた。

残酷に残虐に人を弄ぶ正体不明の化け物が、まるで梯子を外されて呆気にとられる子供のように。



「お前と話したいのは――回復薬についての話」


【ちょ。ちょっと! 私の話を聞いていましたか!? 回復薬? 今、そんな事重要じゃあ、ないでしょう! 


「この世界のクソゲー部分、かなり俺の責任臭い部分がかなり多い。まっとうな人間としてある事を始めようと思っている。今回はその事について、お前と話したかった」


【あのあのあのあのあのあのあのあの! 聞いていましたか!? 責任、まさか、薬師の記憶がお戻りに? いえ、でも、そうだとしても、いや、そうだとしたらなおさら!! 私の話を聞いてください! 元の世界へ帰す! そんな話ですよ!!??】


「回復薬の副作用をどうにかした上で俺はこの薬を世界に流通させたい。だが、どうやら俺の作った設定的にそれが難しいようでな。なら、もう方法は1つだ。今日はその事についてお前にいくつか話したい事がある」


【ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ!! なんで私の話聞いてくれないのですか!? ほ、ほんとに帰れるんですよ!! 今まで何人のプレイヤーが帰還を願っていたと思いますか!? というか、今まで運営呼び出しの要件の97%が元の世界への帰還希望の話でした!! 其のすべてを私は断っています! こんな話、センセイだけですよ!! さあ、本当の事を言って下さい! 帰りたい! 帰りたいのでしょう!? 夢があるはずです! 作家になるという夢が! 今、元の世界に帰ればきっと貴方の体験は誰もが聞き、読みたがっているはず! いきなり売れっ子作家になる道だってもう現実なのですよ!? さあ、本当の事を言って下さい! センセイ、私に話したい事があるんですよね! 言いたい事があるんですよね! 帰りたいのでしょう!? さあ、言いたい事を言って下さい!!!!!】









「回復薬の密売をする」


【ベネ、すごく気に入りました】




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