第29話 脱出劇
◇◇◇◇
「……この世界は、お前、を、歓迎しない」
「だからどうした」
ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼ。
赤い血炎が燃える。
女悪魔の背中から伸びる炎の鞭のようなものが暴れ狂う。
「が、は……は、はは、ああ、クソ、クソ、クソ……なんで、お前が、お前なんかが、陛下に、ちくしょう……」
頬を掠る血炎の鞭、熱い。
「!?」
炎に包まれる女悪魔が心臓を貫かれてなお、前に。
さらなる攻撃か?
いいだろう、ここまで来たら最期まで付き合って――。
「――……私は、お前を、認めな、い……」
「……あ?」
女悪魔はいつまで経っても攻撃してこなかった。
代わりに、俺に手を差し出す。
その手の中にはあの香炉が乗せられて。
「私は、お前も世界も、犬も、大嫌い、だ……が」
赤い炎に包まれた女の目が滾ったまま、俺を見つめて。
「やくし……陛下の業で、お前は……一体、何を為す……?」
からーん。香炉が転がる。
炎の悪魔の身体が崩れる。
心臓に打ち込んだ拳の位置からみるみるうちに灰になって、消えた。
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HUNTED DEMON
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明確に自分の手で、自分の意志で命を奪った。
びっくりするくらい、頭が空っぽだ。
拳を放った左手の拳を何度か握ったり、開いたり。
「わふ……」
ぺちょ。冷たい感覚、右手に。
タボが冷たい鼻を手に押し付けてくる。
まるで、俺を心配してくれているようだ。
何度も鼻をフンフン鳴らして、ぐいぐい押し付けてくる。
「きゅーん」
「……すまん、タボ。ありがとう」
「わふ」
しゃがみ、首の肉をわしゃわしゃする。
耳がぺたーんと撫でられ待ちのヒコーキ耳に。
そうだ。感傷に浸る理由はない。
あいつはタボを撃った。
俺の犬を、家族を襲った敵を排除した。それだけの事だ。
だが。
フランシス。その名前は。
「覚えておこう」
「ワン!」
タボがくるくる回ってワンと鳴く。
はい、湿っぽいの終了。
すごい体験だったな。興奮や緊張で思考がめちゃくちゃだ。
さて、何はともあれ、この陰気な場所から出よう。
「クウーン、キューン、フン……フン」
うん?
タボがフランシスの灰を嗅いでいる。
ああ、そういえばあいつ最期に香炉を落としていたな……。
何かに使えるかもしれない、探して持って帰って――。
カプ……。
タボがおもむろに何かを咥える。
あ、香炉だ。麻痺毒の煙を出していた奴……。
ん? どちたのタボちゃん、あなたまさか俺に持ってきてくれて。
「ワフ」
「え?」
ばきん。
ばききききき。
タボが香炉を咥えたかと思うと、なんとそのままそれを噛み砕き――ゴクン、飲み込んだ。
「え?」
「ワン!!」
「――ワンじゃないって!! タボ!! 何してんの!?」
「わんわん!!」
どや顔のタボが俺の焦った様子を見ておしりを上に突き出してしっぽを振りだす。
どうやら俺が遊びに誘っていると勘違いしているらしい。
「違うって!! お前、何食べてんの!? ぺーしなさい! ぺー! おなか壊したらどうするの!?」
「キューン! わんわん!!」
タボが軽やかなステップで俺の手からするする抜ける。
見た感じ、苦しむ様子とかはない……?
まさか、平気なのか?
いや、まあ、考えると毒を消化するドッグだし、なんか異常に頑丈だし、そういえばフランシスの不意打ちの時は急に緑の剣みたいなものを咥えてたし……。
異世界の犬はそういうものなのか?
「……おい、腹が痛くなったらすぐ言えよ? これからは変なもの食べないの、わかった!?」
「ワン!! ふご! たぼ!」
駄目だ、こいつなんもわかってない。
おなかを見せて撫でてと尻尾を振るだけだ。
「あー……まあ、大丈夫そうならいいか。……ワイバーン、無事か? すまん、時間がかかった、ここを出よう」
『あ、ああ……き、貴公、炎魔を、斃したのか? ほ、本当に、定命の者なのか?』
「その辺の話はここを出た後に――」
ゴゴゴゴゴゴ……。
「え?」
『な』
「ワフ!」
振動、洞窟が揺れ始める。
『ま、まずいぞ、貴公!! 場の魔力が乱れている! この洞窟は、すぐ崩れる!』
「あ! やっぱそうなの!? クソ!! すぐにここを出るぞ!! ワイバーン! お前の主人は――気絶したままか!!」
『だ、ダメだ、間に合わない。貴公、貴公達だけでも、逃げてくれ、妾は主人と、ここで――』
「アホ言うな!! ここまで来て置いていけるか! お前の主人は俺が担ぐ! ワイバーン、お前はタボの背中に乗れ! タボ頼めるか!?』
「ワン!」
『き、貴公……か、感謝を――』
冗談じゃない。
ここで捨てていくと何のために助けに来たのか。意味がわからなすぎる!
際どい恰好のVtuberさんをとりあえず抱える。
軽い!! お姫様抱っこだが、緊急事態だ! 許せ!
息はしている、よし、とにかくここさえ出れば――。
『貴公!!』
「え?」
ごゴゴゴゴゴゴゴ。
振動、瞬間、俺の上の天井が崩れる。
大きな岩盤が降って――。
え? 終わった? 終わった感じ?????
せめて、Vtuberさんだけでも生かさないと――。
無意識に、Vtuberさんを抱きしめ盾に――。
「わおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!!!」
っぼぼぼぼぼっぼぼぼぼぼぼおぼ!!
犬の遠吠え。
瞬間、タボの背中から赤い血炎の鞭が何本も伸びる!
それは炎魔の鞭、呪われた血が無意識に主人を守る攻撃器官。
福音魔将”勤勉”の力をタボが扱っている!
『なっ!?』
「ワン!」
崩れる天井の一番大きな岩盤を炎の鞭が切り裂く。
破片も全て鞭が絡めとる。
「ワン!!」
ぐらっ。
また別の大きな岩盤が落ちそうだ。
どうすれば――。
「わんわん、わおおおおおおおおおおおおおん!!」
その遠吠えを聞いた瞬間、なぜか力が湧いてきた。
出来る、そう思った。
「――”装”」
Vtuberさんを地面に置いて――。
そう、結局、俺にやれる事なんか1つだ。
拳を溜める。
「あっつ!? これは……?」
タボの血炎の鞭だ。
彼の背中から伸びたその1本が気付けば、装で毒を纏った俺の手に巻き付き、俺の身体の中にしみこむ。
緑の光と赤い炎の輝きが俺の手の中で混じって。
――勤勉に。
「はっ、うるせえよ」
がらっ。
落ちてくる岩盤。
目標、至近、真上。
やれる、出来る、俯瞰俯瞰俯瞰俯瞰俯瞰。
――意地悪な自分が囁く。
ご都合主義だ、現実がそんな上手くいくわけないだろ。
うるせえ声は、自分の声だ。
何をしてもうまくいかない弱者の自分の声、
今は、黙っとけ。
ご都合主義でもなんでも。
こういうとき、物語の主人公なら――。
「決めるんだよ、ご都合主義だろうが、なんだろうが!」
緑の閃光、赤い血炎が迸る。
「薬師正拳!!!!!!
ボッ!!!!!
毒を纏った赤い炎が拳と同時に上昇する。
岩盤を一瞬で燃やし、溶かし――。
光が、差す。
崩れた天井は消える。
炎と毒で焼き溶かされた洞窟には、太陽の光が差していた。
『――ァ、ァ……うそ、い、生きてる……外、外だ!! 貴公!! すごい、すごいぞ!! ここから出れるぞ! 貴公達!!! ほ、本当に凄いぞ!!』
タボの上で唖然と小さな翼をパタパタ動かすチキンワイバーン。
すやすや眠ったままのVtuberさん。
がれきの上でしっぽを振るタボが青い空に向けて。
「わおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」
遠吠え、高く、青い空に。
全員生存、洞窟脱出。
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