第28話 VS福音魔将”勤勉” その2
◇◇◇◇
なぜ、今、あのお方を思い出すのだろう。
目を瞑れば、厄王陛下のお姿と声が浮かぶ。
ただ、笑って欲しかっただけだ。
あの方はいつも、いつも、いつも他人の事だけを考えていた。
『フランシス、どうしたらこの世界は良きものになると思う? 君の意見が聞きたいな』
完成されていた。
あの方が微笑むだけで、草花は踊り、太陽は私の身体を濡らす。
『フランシスってば。君は少し、まじめすぎやしないかい?』
通じ合っていた。
城の庭園、あの方の秘密の植物園で過ごす午後のひと時。
『あはは、これかい? 回復薬の失敗作だよ。世界樹の泥濘と竜血の澱の調合が難しくてね……今のままじゃ、全然傷の回復が再現できない。やれやれ、神の奇跡を人の手で再現するのはやはり、難しいね。失敗作だけど、飲むかい?』
あの方が淹れてくれるヴェノムグラスの紅茶の香り。
飲むと3日3晩、体中の血管が焼き切れそうな痛みに襲われてるのもかまわなかった。
『デミデーモン? ああ、君、炎魔と人のハーフだっけか』
あの方は笑ってくれた。
『ははは、ううん、ごめんごめん。バカにした訳じゃない。なるほど、確かに魔でも人でもない半端の子。生きにくい時もあったろう。でも、うん、どうでもいいかな』
この忌まわしい血と体。
ヒトにもなれず、悪魔にもなれない不浄の命を。
『ボクにとってキミの生まれも悩みも重要ではない。大事なのはキミがボクの仲間であり、志を同じくする同志だという事だけ。だから――共に生きておくれ』
陛下陛下陛下陛下陛下。
『クスッ、それでも不安だというなら、おいで、フランシス。もしも己の身体に宿る血が怖くなったらこうやって玉にキミの髪を梳いてあげるから』
陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下。
『この世界はボクを認めないだろう、まあ、だからどうしたって感じだけどね。君には期待してるよ。ボクを助けておくれ。勤勉のフランシス』
陛下。
私の王様。
私の月の光、暗い夜に確かに見た私だけの月光。
あの方と初めて会ったあの日。
ああ、今でも覚えているとも。
炎王の尖兵として、あの方の命を狙ったあの日。
ああ、フランシスの肉も魔力もあのお方の操る毒の前に何も意味を為さない。
美しく、甘い毒と神界のハープを奏でるが如き、微細な魔力操作が織りなす芸術。
陛下の毒手は甘く、切なく、美しい。
緑の光と、優しい微笑み。
緑のひかり、……へいか、のみどりの、光……。
なぜ?
こんな所にきらきらのへいかのひかり、目の前……あれ。
私はなぜ、過去の事を思い出して?
え? 時間、ゆっくり、これって
「ゲームオーバーだ」
「走馬灯……?」
緑のひかりが破裂した。
キュボッ!!!!!
バリン、バリン、バリン!!!
用意していた魔力外皮が貫かれる、視界が緑の光で包まれる。
身体がめちゃくちゃに引き裂かれるような痛み。
私は気付けば、壁に叩きつけられていた。
間違いない、あの緑の光、毒液と魔力の融合。
神を殺す為のあの技術――。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!?
「お前、お前お前ぇぇぇぇえぇぇぇ!! どうして、お前が!! 陛下の技を!! 業を! 毒手術を使っている!!??」
血が暴れる。
陛下の毒で抑えていた私の血が、死の危険を前に暴れ始める。
なんだ、この襤褸の外套の男、なぜ、なぜなぜなぜ、陛下にしか使えぬ秘術を!!??
「答えろォオ、ごぼっ」
血が、こぼれる。
魔力外皮が完全に壊されている、身体がうまく動かない、魔力回路が毒に侵されている。
ああ、認めない認めない認めない。
人も魔も怪も神も――この世界の全てが陛下の道に立ちふさがった。
故に、陛下の業は全てを屠る為の業……
魔力すら殺す、この効果は、まさに、世界を殺す為の業……!
「こた、えろ、何故、この業を!! 陛下の毒だけじゃなく、陛下の業まで――ァァァァぁァあ!!」
「うお!? マジか!!」
血が暴れる。
燃える血、私を蝕む炎魔の血が簒奪者に襲い掛かる。
「なん、っ!? だ、こりゃ、アツ……あ、別に熱くない? いや違う、痛みがないだけ、うおおおおおおお!? 手がやばい、やけど!!」
簒奪者の右手を焼き尽くす血炎。
は、ははは、そう、そうだ、焼き尽くしてやる、私のすべてを賭けてこの男を殺す。
だが、妙だ、こいつ。
我が血炎で肉を焼かれてなお、気絶していない。
悪魔ですら、そのやけどの痛みに自死を選ぶ炎の痛みのはず。
いや、いや、フランシス、今はそんな事考えるな!
殺す、殺す、殺す! 陛下の毒を、業を簒奪したこの不届き者を殺す。
今は肉体の回復に努めるのだ、忌まわしき血であろうとなんだろうと、使ってやる。
奴は人間!! 私は半魔! 肉体の性能差は如実!
ここには教会も聖堂も聖女もいない。
神の奇跡による治癒もない! つまり――奴の傷はもう癒える事はない!!
私のダメージの方が早く治る……!! 血よ、呪われし炎の血よ。
今、この時だけでいい! 陛下の栄光の為、この時だけでいい、私に味方を――。
とぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ。
とくり、とくり。
小気味いい水の音。
男が、その焼けただれた腕に小さな小瓶に入っている液体を流しかける。
残った液体を、こくこくと飲んでいた。
「ははは! 痛み止めか? そんな、もの、なんのいみ、……も? ……ぇ?」
しゅうううううううううう。
緑の煙と緑の輝き。
男の焼けただれ、骨まで見えていたはずの腕の火傷。
私の血炎の火傷が――。
「っぶねー、たくさん用意していて正解だった、問題なく、治った――回復薬すげえ」
「――ハ????????????」
なんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといったなんといった?????
カイフクヤクカイフクヤクカイフクヤクカイフクヤク??????
「ソレ、ナン、ダ??????」
「あ? 回復薬だ」
「ドウヤッテ、ツクッタ?????? ザイリョウは????」
「ん? 水だが?」
ぺきん。ぽきん。
ぼんっ。
頭の中で、脳の中で何かが折れて、破裂した。
「死、ね」
「ん????」
「し、ねええええ、ええええええ、死ねええええええええええええええええええええええええええええ!!」
もう、何も考えられない。
暴走した血炎が私の身体を焼いていく。
良い、ここで滅んでもいい。
だが、だが、だが!!!
このイキモノだけは生かしてはならない。
「お前は、オマエはァァァ、オマエは陛下の存在を侮辱、侮辱している!! 死ねえぇぇぇぇぇ絵ええええええええええええ」
「いっ!?」
膨張した肉体、炎になって溶ける翼。コントロールを失った血炎が皮膚を突き破り、地面に垂れ、地を焦がす。
この腕を伸ばせば、奴は死ぬ。
回復薬回復薬回復薬、ありえない。人がそれをこの私よりも先に作るなんて、あり得ぬ――。
「ァァァァァァぁァァァァァぁァあ!!」
「ッ!?」
我が肉体の速度に、男は反応出来ていない。
矮小なヒト風情が!!!
我は炎魔の血を持ち、厄王に愛されし魔将。
陛下、陛下、陛下、ああ、勤勉に今、フランシスは貴女を愚弄する下郎を滅ぼして。
「あ」
「え?」
「――」
ザシュ。
――力が入らない。
燃え堕ちる身体、胸から緑の剣が生えている。
背後から刺されたのだ。
誰に???????
背後には、誰も――。
「ワンッ!」
薄汚い犬が、緑の刃を咥えている。
その刃が私の胸を背後から貫いたのだ。
死んだフリ、死んだフリをしていたのか!? 最初から、獣風情が!!??
毒の滴る牙がかみしめるその、緑の宝刀――。
あ、あ、あ、犬、犬、犬犬犬犬犬――。
その緑の牙、その緑の毛並み。
気づかなかった、大きさがまるで違う。
だが、だが、その目は、その宝刀は――。
まさか、お前は――。
『ああ、彼かい? ふふ、可愛いだろう? 拾ったんだ、1人で寂しそうだったからね。ボクの家族だよ、名前は――』
「――泥棒犬……パーラハーラ……薄汚い……不忠者、主人を、変え――」
「ワン――」
ァああァァァァぁァあ、犬犬犬犬。
私から陛下を奪っ、陛下の、陛下――。
「おい」
ァ。
目の前に、男がいた。
緑の外套、やせぎすの顔、貧相な身体。
――だが、その瞳。
昏い緑の輝きをともしたその瞳は――。
「お前の事情も想いもどうでもいい。大事なのはお前が俺の敵で、俺の犬を殺そうとしたクソ野郎であるという事だけだ。だから」
――陛下に似ていた。
「――殺す」
緑の光が、また閃く。
毒の拳を持つ者、陛下と同じ業を持つ――薬師。
私は刹那の後、この者の拳によって殺される。
それだけは分かった。
ああ、勤勉に生きた。悔いはない。
故に、薬師よ。陛下の簒奪者よ。
心せよ――。
「……この世界は、お前、を、歓迎しない」
「だからどうした」
緑の光、薬師の拳が、今度こそ、私の命を貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます