第27話 VS福音魔将”勤勉” その1



『君ね、もう終わりなんだ。ゲームオーバーだよ、お客人……』



 ねっとりボイスの悪魔が俺に囁く。

 奴の掌の香炉、あれがおそらく麻痺毒を散布してやがるな……。


『一瞬だけ、一瞬だけだが、焦っ……いや、驚いた。君は誇るべきだ、お客人、厄王陛下の軍、その一翼を担う福音魔将のこの私を脅かせる事が出来たのだからね。でも、終わりなんだ、ゲームオーバーなんだよ、お客人、以降はもう自分の人権全てを諦めて、楽に死ねる事を祈ってほしい、いいかな? いいよね? うん、ありがとう』


 悪魔女が、笑顔、真顔、笑顔、真顔と表情をせわしなく切り替える。



 完全に勝ちを確信してるな……。

 よっしゃ、このまま適当に話を続けさせよう。

 ”毒喰らい”と”毒解析”が終わるまで、時間稼ぎだ。


 その時、ぴたっと女悪魔が真顔になる。

 うわあ、急に落ち着くな。


『そういえば貴方が、扱ったこの麻痺毒……私が用意した麻痺毒と非常に似ている、ねえ、この毒はどうやって用意したのかな?』


 女悪魔からの質問。

 ここは嘘ではなく真実で。

 下手に嘘がばれて怒らせるのは悪手だろう。


「手のひらから絞り出した、そういうスキルだ」



『は?』


 あれ?

 どうしてそんな顔を顰める??

 何がまずかった?



『……お客人、ユーモアがあるね。でも……嘘つきは嫌いなんだよ。それは、陛下への侮辱だ、陛下陛下陛下、そう。そんな事が出来る方は、この世におひとりしかいないのだから』


 悪魔女が指先を向けてきた。

 やばい、あの指先なんか光って――。



「わん!!!!」


 タボが俺の目の前に立つ。

 え、この子、余裕でこの麻痺毒無視して――。


『うるさいな』


「――キャイン!!!!」


 悪魔の指先から放たれた緑の光、それがタボの胴体を貫く。

 嘘みたいに、パタリと倒れるタボ。


 タボが撃たれた。ピクリとも動かない。


『おっと、ごめんごめん、つい、ね。でも、その犬が悪いんだよ、急に飛び出してきたのだから』


 悪魔女が囁く。


 身体の奥から汚泥が溢れて、顔中の穴から吹き出しそうな感覚だ。


 今すぐ、この生き物を殺してやりたい。

 俺の犬を撃ちやがって……。


 それでも、麻痺した体は動かな――。


「ぁ……」


 タボと、目が合った。

 理知の光を宿した犬は片目だけ、俺に向けぱちっとウインクをした。


 よく見ると、タボのお腹が僅かに上下している。


 ……やだ、俺の犬、賢すぎ。

 まったく、頭に血が上ったのが恥ずかしい。


 ――ああ。そうだな。タボ。俺達で、一緒に殺そう。



 ~~~~

 毒解析+毒喰らい発動中

 毒種判明:”厄王の痺れ香(偽)”

 無毒化まで残り3分

 ~~~~



『おっとすまないね、君の飼い犬だった? 犬は好きじゃなくてね、媚びる事だけ上手な卑しい獣は滅べばいいと思うんだ。あああ、陛下……そうだ、陛下も、あの獣が現れてから、お変わりに……ああ!! 陛下! お許し下さい! フランシスは一瞬、貴女に不満を持ってしまった! しかししかししかし、これは貴女への愛、その勤勉ゆえ、どうかどうかどうかお許しをををををを』


 うわ、やっば。

 身体をくねらせ頭を抑える女悪魔。

 隣人にいてほしくないタイプだな。


 だが狂気的な振る舞いや言動と裏腹に、悪魔女はすぐに、タボから視線を外す。


 視界に入れたくもない、犬嫌いの典型的な行動だ。


 こいつ、なんで狂ったフリなんかしてるんだ?


『ねえねえねえねね、教えてください。犬なんか何が良いんですかあ?? 臭くてうるさくて邪魔くさい、只の害獣じゃあないですかァ?? なんでですかー??』


「……お前、ずいぶん余裕がない奴なんだな、可哀そうに」


『……は?』



 さて、まずは反省だ。

 こいつの毒、”毒喰らい”があっても即時無効は出来ない。


 無意識に、自分以外の毒をなめていた、それは認めよう。


 だが、解毒はあと数分で終わる。


 なら次に考えるべきことは1つ。


 ……俺の麻痺気化毒が今、こいつに効いていない事だ。


 その種を探る必要がある。


 諸々の準備やこの状況を考慮すると、こいつを殺すまでに後数分の時間がいる。


 ~~~~

 外敵の察知発動

 戦力評価:”相手は大戦の英雄だ。お前は今日、伝説に挑まなければならない”

 ~~~~



『お前、いや、お客人……今、この私に余裕がない、と? え、なんですか? なんなの? 君に私の何が分かるの? ああ、違う、違う、冷静に、冷静にならないと……さあ、お客人、質問に答えて。その毒はどうやって、どこで、どのように手に入れたの???? 答えによっては、君を私は裁かないといけない』


「……へえ、なんの罪で?」


 いいぞ。

 こいつ、様子はおかしいがこちらの会話に応じてくれる。

 時間だ、時間さえあれば十分に殺せる。



 ~~~~

 外敵の察知――スキル相性含めて再評価

 ”今のお前はコレを充分殺し得る”

 ~~~~



『墓暴きだよ、重罪だ――お客人、君がゴブリン達を麻痺させたその毒は……厄王陛下の技術だ……私は陛下の忠臣、その私は君のような配下を知らない、つまり、君は、厄王陛下の墓を暴き、神の如き彼女の業を盗んだのだろう?』


 ちりん、ちりん。


 女悪魔が手のひらの上の香炉を揺らす。

 視認できるほどの濃い黄色の煙が空気に乗って飛散する



『何度でも言おう、お客人、ゲームオーバーだ』



「が、はっ……」


 息が、出来ない……!

 呼吸器が、麻痺してっ……


『はははは、どうだい? 教会は知らない人体の秘密、呼吸にも筋肉の動きが必要でね。この麻痺毒はその筋肉の動きを阻害するんだ』


「はっ、はっ、はっ……」



 息が吸えないっ……。

 涙で目の前がかすむ。

 まずいな、これ。

 無痛薬で痛みがない分、身体がどんな状態にあるのか分かりにくい。


 やっぱ、痛みって大事なんだな……。



 だが……。


「ィ、い」


 これで、良い。

 そうだ、もっと、もっと俺にこの毒を喰らわせろ。


 ~~~~

 毒量増加――毒喰らい適応進行上昇

 ~~~~


『陛下、ご覧下さい、貴女の毒は私を侵さない、貴女の毒を何度も喰らい、何度も浴びたその愛の結晶、ああ、耐えている、私は今、貴女の毒へ適合している……これこそ、まさに愛の証明に他ならない――運命は私に毒へのを授けた!!』


 今、こいつなんて言った?

 耐性……。

 無効化じゃないのか……なら、試してみるか。


 こっそり……毒手開放。

 麻痺毒+気化毒。範囲限定、無味無色透明……濃度上昇……。



『ははははは、いい顔だね……おっと、まだ死なないでね、さあ、聞かせておくれ、陛下の墓の場所を、その毒を見つけた在処を。ああ。陛下、フランシスは幸福です。”回復薬”の材料に加えて、まさか、貴女の毒の在処を知る者まで、手の内に。これも、貴方のお導き、ああ、陛下、陛下、貴女の声が聴きたい、深海のような、月の光のような……さあ、見せてください、お客人、貴方の毒道具は、ペンですか? 瓶ですか? それとも短剣ですか? 隠してもね、無駄なんだよ!!!』


 悪魔女が懐から取り出したのは、赤い玉。


『道具忘れの玉! お茶目な陛下が毒道具を失くした時に探すのはいつも! このフランシスの仕事だった!! この玉はお前が墓から持ち出した陛下の遺産を指し示す!! ああ、墓暴き、墓暴き、墓暴き、冒涜者め!! 毒道具をさっさと出せ!! 楽に死ねると思うなよ!! お前の臓腑を生きながらにその目の前で薬の材料に……ぇ?」



 女悪魔が、何かに気付いたように首を傾げた。



『……玉が、反応、しない????』


 その手に持つ玉は別に光も音を出しもしない。



『待て。あなた……毒道具は???? 陛下の毒を扱う為の、道具は、一体どこに持って――』


「さっきも言った。手のひらから搾り、出すんだ」


『――は?』


「スキルだ。麻痺気化毒はすでに、無色透明、最小範囲かつ最高濃度でお前を囲んだ、お前の耐性と俺の毒、どっちが強いと思う?」


『え――? ッ、ァ!? ァァァぁあ!? ――あああァァァァあ!?』



 がくん!! 

 女悪魔の膝が折れる。


 予想通りだ。

 こいつは別に毒喰らいのように毒そのものを無毒化した訳ではない。


 シンプルに毒への耐性が高いだけ。

 ならシンプルにはシンプルを。



「答えは出たな。お前のだ。しっかり味わえ」


『がっ……あ、あ、あり、えない……この、このフランシスが、陛下の毒で、いや、待て、待て待て待て、お客――貴様!! 毒道具は!? その濃度の陛下の毒を扱うのなら、陛下の毒道具がなければ――ありえない、なら、お前、ありえないありえないありえない!! ま、ま、まさか……毒手、毒手スキル!!?? ありえない!! 毒手スキルを十全に扱える人間など、陛下以外にいる、訳が……え?』



 悪魔女が言葉を止める。

 驚愕の表情のまま、固まっていた。


『……が、あ。待っ、貴様、なぜ、立っている?』


「ああ、もう全部喰った』


『…………は?』


 ~~~~

 毒喰らい適用完了

 ~~~~


 身体が軽い。

 呼吸もすっきり。

 俺は立ち上がり、膝をつく悪魔女を見下ろす。



 さあ。反撃開始、いや――。


『こ、答えろ答えろ答えろ!! なぜ立っている!? なぜ、お前、私の陛下の毒を喰らって、平然と立って……』


「うるさいな、聞こえなかったのか? お前もう終わりなんだよ」


 ――ソウ


 毒液を操り、攻撃を強化する――あの不審者の技術。

 呼吸を置き、両腕に意識を巡らせる。


 どろり。

 緑のオーラと毒液が俺の両腕に灯る。

 膝をついた悪魔女。


 腹に向けて拳を構える。


 この世界にきて、何度も何度も行った基本動作。

 1日数千回! 感謝の薬師正拳!!!!


『――ぇ?????????』


「ゲームオーバーだ」


 えぐりこむように、拳を放つ。

 瞬間、視界を緑の閃光が埋め尽くした。

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