第24話 あるVtuberのありふれた終わり その2


『ふふふ、動けない? 貴女の神経、魔力回路を狂わせる香なんだ。優れた魔力操作と、植物の声を聴く異能、そして何より深い智識。ああ、そう、特別な知恵を持つ者だけが作れる素晴らしい力……』



 玉座に座る悪魔の女。


 そいつが手のひらに煙の出る金属のツボみたいなものを持ってる。



『これを作るのに、100年掛かったよ。1000年に一度咲かすセアカの花、人の手が届かぬ海底洞窟”トリトン”に棲む万年フグに一本だけ生える真針、存在するだけで周囲の生物を殺す王蛇の毒液……これらの希少素材を天才的な調合技術と針の孔を通す魔力操作で編んだ芸術品……ああ、陛下。ご照覧下さいませ……』



 うっすらと昇る黄色い煙が、辺りに充満していた。


 こいつの仕業か……!

 麻痺毒……! 体が、動かない。



『……ああ、素晴らしい。陛下……貴女の忠実なしもべ、フランシスはついに、御身の奇跡の一端にたどり着きました……貴女の麻痺毒……完成した……麗しく、愛しく、そして何よりも美しき陛下……フランシスは今日、また貴女の領域に一歩……』



 この女……!

 最初から逃がす気なんてなかったのかよ……。



「GOB……!」


「ひっ!?」


 足首を信じられない強さでつかまれる。

 みしっと骨が鳴った。


 ゴブリン、その中でもひときわでかくてデブな奴が俺の足首を掴んだ。


「い、いやだ、やめ、やめて!」



 地面に指と爪を立てる。

 だが、そんな抵抗もむなしく。


「GOB」


 ニヤッ、と笑ったゴブリン。

 浮遊感。


 俺はそいつにそのまま、おもちゃみたいに振り回される。


「ァ、ァァァァァ!?」


「GOBGOB」


 ぐしゃっ!

 振り回された直後、地面に叩きつけられた。


 あ、ダメだ、これ……。

 死。


「GOBBBB」


 ぽたっ、ぽたっ。


 オレを見下ろすゴブリンのよだれが顔に垂れる。


 きたねえ、きたねえきたねえ、最悪だ。

 やめろ、近付くな、俺に近づくな。


 逃げなきゃいけないのに、いよいよ、指1本たりとも動かない。


 ゴブリンが、よだれを垂らしている。


 臭い息、汚い緑の肌、いきり立った股座……。


 おい、待て、待て待て、なんで、こいつら……。


 勃ってーー。


『はは。彼らは随分、貴方にそそられているみたいだね』


「な、んで……」


『本能でしょう。醜き神の子供である彼らは美しく清廉なものに惹かれる。ゴブリンの好物は処女の聖女ですが……以前、聖女を浚って彼らに与えた時と同じくらい興奮しているようですね』



「GOBBBBBBB」

「GOB!!」

「ウホッ」

「ごぶぶぶぶ」



 悪魔の声に、ゴブリンが騒ぎ出す。

 嫌だ、自分がこれからどうなるか、想像したくない。


 なのに、理解してしまう。

 これから自分がどんな目に合うのか。



『ああ、良いですね、その目。素晴らしい。そう、予想通りです。貴方はこれから、ゴブリンに犯されます』


「…………ぇ」


 え?

 待っ、ちょ……。


 殺される、の聞き間違いだよ、ね?


 いや、無理、無理無理無理無理。


 聞き、聞き、間違いであってくれ。


『いいえ、聞き間違いじゃないんだ。ほら、彼らは貴方と仲良くしたくてたまらないみたい』


「GOB……!」「gOBBBBB]

「GOB!!」


 ゴブリン共がよだれをまき散らし、叫び始める。

 明らかに、興奮していた。


「ひっ」


「GOB」


 ゴブリン達が盛り上がる。

 こいつら、オレがビビってる事を、喜んで――。


「GOBQ!!」


「が、はっ!」


 あ、え?


 鼻血……殴られた……痛い……。


「GOBUUUUUU!」

「GOBUUUUUUUUUU!」



 ゴブリン達は大盛り上がりだ。

 こいつら、楽しんでやがる、やばい、やばいって……。


 なんで、オレだけ麻痺して……。



『ああ、簡単な事さ、彼らは私の眷属でね。毒への耐性を付与しているんだ。もちろん、私も。ああ、陛下への愛が可能とした厄王の加護。陛下、そうだ、陛下、陛下はまだ生きている、ああ、陛下陛下陛下……おっと、ごめんよ、いまは君との対話に集中しないとね、竜血』


 悪魔が、指を鳴らす。


 でかいゴブリンが俺の腕を掴む。

 あ、待っ、それ、肘はその方へ曲がらな。


「やめっ」


 パキョッ。


「あ、あ、あァァぁァァァぁァァぁァァ!」



『これから君は、彼らに犯される。身体の中身を汚され、四肢を圧し折られ、肉をかじられ、糞尿に汚され、犯され喰われる』


「……な、んで、オレ……が」


 なんで、なんでなんでなんでなんで。


『君は材料なんだ』


「材、りょう……?」


『そう、”回復薬”の材料』


「は……?」



 返ってきた答えは、最初すぐに意味が分からなかつた。


 ざいりょう、ざいりょう、材料?


 オレが??



『ゲームオーバーだよ、君』


 あくまが、笑っている。


『教会の奇跡に頼らず、どんな傷をも治す神話の薬――”回復薬”。その材料の1つと言われているのが、”竜血の澱”……竜の血を引く存在が絶望と苦しみの中で穢され死亡した時に手に入ると言われる素材……ああ、まさか、こんな潜伏場所で手に入るなんて……!』


 あくまは、身体を震わせ天井を見つめる。



『ああ、陛下……厄王陛下……! ご照覧ください! 貴女の忠実な下僕は今日、また貴女に近付く……』


 へいかってなんだよ。

 顔を手で覆って震えるそいつが、怖い。



『あ、という事なので、張り切って絶望し、懇願し、憎悪し、死んでおくれ。美しい竜血の澱になりますように』


 すんっと、無表情に変わる悪魔。

 あ、コイツ、オレを生き物と思ってねえ。


 本当に薬の材料かなんかとーー。



「あ、待っ……」


「「「「「GOB」」」」」


 しぬ、しぬ、しぬ。


 やだ、しにたくない、だって、妹が、レイが独りに――。


 あ、そうだ、はいしん。オレの姿も配信されてる。


 俺が死ぬの、皆に見られる?

 

 あ、やば、ゴブリンが腕を、足を掴んで――。


「や、だ――み、ないで」


 ――いや、ちがう、ちがうだろ。

 

 双月セツナ。


 お前はプロだ。ライバーで、配信のプロ。


 死ぬ死ぬ死ぬ、こわい。


 あ、ゴブリンがズボンを剥ぎやがった、服もずたずたに引き裂かれてる。

 

 くさい、俺の首にぬっとりと湿った、奴らの舌が這いずる。


 いや、いや、しぬ。


 しぬこわいぷろはいしんはいしんはいしん。


 あ、今、配信中。

 

 カメラ、どこ?

 覆いかぶさるゴブリン、臭い。痛い、重たい。


 カメラ、カメラ、カメラ。


 リスナーには、最期まで、セツナを見せなきゃ……。


「みんな……今まで、視てくれて、ありが、と――対あり」



 ああ、はははは。

 良い取れ高なんじゃね?

 悪ィ、レイ。

 兄ちゃん死んだわ。




 ……あれ?



「GOB!?」

「GOOOOOOOOOOBBBBBBBBBBBB」

「BBBBBBBB……」



『――は?』



「……ぇ?」


 ゴブリン達が、急に動きを止めた。

 オレと同じ、まるで、麻痺したみたいに――。

 痙攣して、苦しみ初めて。




 ァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


 狼の声がした。


 ざっ、ざっ、ざっ。


 透明なほど静かになった地下墓に狼の遠吠え。


 それに乗って、声――いや。



「もりのおくでねむるけもの♪ つきがそっとみまもってる」


「だけどかぜにかおりが♪ どくのかおりただよう♪」



 歌が、聞こえた。



「どくのかおりしずかに♪ いのちをそっとうばってく♪」



 へたくそな。

 でも、何故か無駄に良い声のオッサンの歌が――。



 ああ、また、声が聞こえた。



「毒手解放――スキル複合使用、”麻痺気化毒”」


『――は????』


 がたん!


 大きな音の方へ視線を。


 あ。


 悪魔が椅子の足元にうつ伏せで倒れてる。

 細かく痙攣してる四肢、大きな翼、尻尾。


 お前……麻痺、してね?

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