第12話 2日目:味覚薬と犬の名前
味が、しない。
これはかなりショックだった。
俺はかなり飯を食べるのが好きだ。
いや、俺に限らず食事に喜びを見出す人間は少なくないはず。
原因を考える。
たまたま、この森に生える果物が味のしない物だった?
それとも。
「まさか、無痛薬の副作用か……?」
様々な要因が頭をよぎる。
その時だった。
【運営からのお知らせ――味覚について】
頭に響くのは、あの運営の声だ。
チュートリアルの声とは違うな。
【現在、多数のプレイヤーの方から寄せられているご意見、”味覚”についてお知らせします】
【転移の際に、皆さまのお身体にスキル機能などを導入し、再構成の際にどうやら不具合があったようです! しかし、ご安心を!】
良かった、俺だけじゃなかったらしい。
他の転移者からも意見があったようだ。
一体、どのような対応をしてくれるのか。
しかし、次の瞬間。
運営は俺の予想の遥か上を行く事を言い始めた。
【味覚は別に他の五感に比べてこの世界を攻略、冒険するにあたって別になくても問題ないものです!】
「……あ?」
こいつ、一体、何を言って……。
【食事については、きちんと取る事をお勧めします! 正しい食事は皆さまのステータスを上昇させる事に繋がります! それに、味覚がなくとも空腹はきちんと感じますので、気付かない内に餓死、何て事もございません!】
本当に何を言っているんだ?
【という事で!! 本件に関するご回答は以上です!! 次はもっと建設的な意見をお願いしますね? そもそも、初日の動きを見ていると、本気でこの世界で生きていく気概を感じるプレイヤーの方は非常に少ないです! 権利だけを主張する人種はあまり好きではないので、そのおつもりで! あ、初日に既に冒険者ギルドに行ったり、対人戦や
……。
【それでは2日目の楽しい異世界生活をお楽しみ下さい、運営でした!!】
ぴちゅん。
声が消える。
「……」
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だろう。
あの運営、駄目すぎる。
人の心とかないんか。多分ないわ。
化け物だわ。
「……駄目だ、あいつ、何とかしなければ……」
あの口ぶりだと転移者全員、味覚が消えている可能性がある……。
プレイヤーの6割以上は日本人のハズだ。
暴動が起きるぞ。
何か良い手はないだろうか。
俺が頭を悩ましていると……。
「わん! たぼ! わふっ!!」
「うお!? わんこ、どうした?」
犬が、俺の薬師のカバンを鼻で突いてくる。
その勢いで閉まっていたエルマから貰った本が飛び出て……。
「たぼたぼ! キューン」
「こら、駄目だぞ。どうしたんだ、急に。お前はもっとお利口な……ん?」
本が開いた形で、地面に落ちている。
それを拾おうとして、ちょうど開いたページに目が行った。
《味覚薬:味覚を鋭くするための薬、また失われた味覚を取り戻す事が可能。薬の実験をしすぎて舌を壊した薬師におすすめ》
「お? おお!?」
犬がぴょんぴょん飛び跳ねる。
なんか最高な事が書かれてないか?
この薬ならもしかしてなんとかなるのでは……。
「わふ!」
犬がぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ははは!! でかしたぞ! わんこ、お前凄いな! 知ってたのか!?」
「わんわん!!」
俺の喜びに、犬も楽しくなったのか。
舌を出してくるくる回り出す。
お耳がぺたんとヒコーキのよ翼のように平行に。
頭をわしゃわしゃ撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。
あら~撫でやすいね~、いい子ね~、お耳が垂れてるよ~。
「そういえば……君の名前、つけていいって話だったな」
「たぼ? わふ! わん!」
ふむ、エルマは彼にパーラハーラ3世とか言う独特な名前をつけていたな。
可哀想に。
頭だけじゃなくネーミングセンスも悪いとは……
犬はそもそも、その名前を気に入っているのだろうか。
「きゅーん……」
試しにパーラハーラと呼んでみる。
すると彼は目をつむって首を横に振った。
……どうやら違うらしい。
じゃあ、遠慮なく新しい名前をつけるか。
ふむ、オオカミのようなデカわんこ。
鋭くも理知を感じるかっこいい瞳。
抹茶色の落ち着く毛皮、柴犬みたいなくるんとした尻尾……。
犬の名前か。
犬は大好きだが、実はまだ飼った事ないしな……名前も……。
太郎、ハチ、ポチ太……うーむ。
何がいいか。
「たぼ!!」
「……独特な鳴き声だな。よし、じゃあ、君は……タボって呼んでいいかい?」
「わふ!! キューン!!」
嬉しそうに犬――タボがぴょんぴょんと跳ね回る。
どうやら気に入ってくれたらしい。
まあ、パーラハーラ3世よりは良いだろう。
さて命名も終わった所で……。
「肝心のこいつの作り方は……あれ?」
タボと一緒に木に背中を預けて、本を開いて座る。
モフモフの毛の感触を楽しみつつ、レシピ本を確認すると――。
肝心の味覚薬のレシピのページが、ない。
というより、不自然に破られているようだ。
そういえば、アイテム説明になんか、所々破れているとか書いてあったような……
《付近に破れたページを発見》
「え?」
本から、女の声がした。
聞き覚えのある声……エルマの声だな、これ。
本が勝手に捲れて、白いページを開く。
その瞬間、脳内に光景が広がる。
なんだ、これ、映像が直接頭に流れ込んでくるような……。
《トアイラ世界樹林・死王の蟲野営地にて、味覚薬のレシピを発見》
うお、なんだ、これ。
森の奥に、なんか、木の建物とか、テント……それに、シュミの悪い骸骨のモニュメントみたいなのが見える。
上空から俯瞰している。
鳥の目でその場所を見下ろしているような映像だ……。
ここに、レシピがあるのか?
でも……やべえな。
なんか昨日の骸骨鎧みたいな奴らと、黒いローブを着た人間が見える。
要はここに忍び込むか、なんかしてレシピを回収する必要がある訳か……。
……毒手スキルでなんとかなるもんか?
~~~~
外敵の察知、発動
世界樹林・死王の蟲野営地との戦力評価
”命が3つあれば、制圧可能”
~~~~
ならないっぽいな……。
いや、でも、この世界がRPGゲームである、”エルダーフロンティアを元にした世界だとすると……。
ゲームのお約束で言うならば……。
「スキルをもう少し鍛えりゃ……イケるか?」
チュートリアルを呼び出そうかと思ったが、あの運営の用意した物だしな……。
う~ん。よし!
悩むより行動だな。
異世界転生とか転移のラノベでも、主人公はいつもレベル上げしたりするし。
「よし、じゃあ、訓練だ! あ、そうだ、スキルも経験値で進化させれねえかな……」
「わんわん! たぼ!」
じゃあ、今日はそんな感じで行きますか!
ひたすらスキルを鍛え上げ、レシピを回収する!
力こそ、異世界攻略の鍵だ!
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