第6話 初日:弱者の戦い

 

「あー……待てよ、その服装……厄王の信者共に似てんな」


「……確かに、あの辛気臭い深緑のフード、見た事アルね、陰気な連中よ」


「ふむ、この場所にいるという事は――やはり、当たりでしょうか?」


「ひっ」


 思わず、悲鳴を上げてしまった。

 そいつらから感じる圧倒的な雰囲気――いや、これは……


 ~~~~

 外敵の察知:強化条件クリア

 ・外敵の察知において、即死級の攻撃を違和感として感知できるようになりました

 ・戦力評価が”どう足掻いても殺される”の場合、恐怖の状態異常が発生するようになりました

 ・恐怖の状態異常時、各種ステータスに上昇バフが入るようになりました

 ~~~~


「……スキルの強化、こんな時に……!」


 思わず声に出してしまった。

 それを見逃す奴らではなかったようだ。

 敵は3人。

 そのうちの1人。

 強面の男が、怪訝な顔を浮かべた。


「あ? お前、今のセリフに、その腕……スキルホルダーか? おい、ラビニア、お前の鑑定眼でユニークと、クラススキル視ろよ」


「もう視てるね、固有能力は、Eランクの”毒手”、なんの面白みもない状態異常系のザコ能力ね。クラススキルは……ん?」


「どうしましたか? ラビニアさん」


「……視た事も聞いた事もないクラス職業スキルね。――薬師、って何アルか?」


「やくしィ? なんだそりゃ」


「――ほう? 薬師……まさか……いや、しかし……」



 眼鏡の騎士が俺を見つめて。



「そこの貴方、素晴らしい才能をお持ちのようですね。まさか、本物の薬師、なのでしょうか?」


「……」


「ふふ、沈黙ですか。ですが、もう全て理解しました。――貴方、墓守ですね。まさかこんな所にいるとは」



 何を言っているんだ?

 墓守? なんか勘違いしてないか?

 

 否定しても肯定してもめんどくさそうだ。

 黙っておくか。


「……」


「……貴方の沈黙は我が常闇の父、死の王”シース”の黒衣の如く穏やかだ……もしも、貴方が素直に墓所を教えるのなら、危害は加えないと約束しますが?」


 こいつ……なかなか詩的だ……!

 だが、いくら文化的な資質がある奴といえど。


「……犬を虐める奴の言葉は信用できない」


「そうですか、それは残念……」


 びりっ!!

 後ろ首に衝撃のような痺れを感じる。

 こけそうになって。


 ぶんっ!!


「お? マジか」


 気付けば、後ろに棒を持った強面の騎士が立っている。


 移動した、一瞬で!?

 何も見えなかった!


 さっきまで、俺の頭があった位置には突き刺すような動作で振るわれた棒先が――。


「はははは、あいつ、レベルが100も差があるザコに不意打ち避けられたね」


「ゴルドランさん、いい具合に痛めつけて下さい、出来れば殺さないように。多分、彼は墓所への手がかりですから」


「さあな、そりゃこいつ次第だぜ!」


 強面の騎士が黒い棒を振りかぶる。



 ~~~~

 外敵の察知――警告、一撃でも当たったら死ぬ

 ~~~~



「いっ!!」


 びりり!

 今度は顔面全体に痺れが走る。

 痺れから逃れるように、しりもちをつく、一瞬遅れて棒が振り下ろされる。


 ごっ!!


 棒が直撃した地面がえぐれる、小さな爆弾でも落としたかのような威力だ。

 人間が出せていい威力じゃないだろ……!!



 今、俺が生きているのは、”外敵の察知”スキルのおかげだ。

 これがなけりゃ、とっくに死んで……。



「おお? お前、こりゃ偶然じゃねえな。見切って……いや、なんかの危険察知系のスキルか?」


「そいつ、妙なスキル持てるアルよ。”外敵の察知”……? 見た事ないクラススキルね。スカウト系の職業でもないのに、回避系もある訳か」


「ははは、流石墓守殿……ゴルドさん、腕1本くらいで済ませてくださいね」



 こいつら、本気で人を傷つけるのに躊躇いがない。


 現実のヤンキーや不良、半グレとはくらべものにならない、本物の暴力集団――!


「きゅーん……」


 ……!


 可愛い声が聞こえた。

 犬が俺を見ている。地面に倒れたまま、心なしか心配そうな顔だ……。


 ふと、気付く。

 こいつは、こんな威力の武器と膂力で――。



「あ? なんだよ、その顔、今更ビビッて――」


 強面の男が俺を見下ろし、睨む。


 怖い!

 怖い、が、でも、それより。

 恐怖よりも激しい熱が脳を茹だらす。


「――いたのかよ」


「あ?」


「こんな威力の武器で!! 犬を! 叩いたのかよ!!」



 ~~~~

 犬だいすき人間・発動

 効果:友好的な犬が敵対者によって傷付けられた際、全ての行動に絶大な+の補正を発生させる

 ~~~~


 どろっ……!!

 右手が熱い……。


 こぽっ、右手が触れている地面が溶けて、毒沼のように。

 それはみるみる間に広がり、騎士鎧達の足を絡める。



「こいつ……!」

「覚醒……!? いや、これは、違うアル! こいつ、スキルのスケールが急に上昇して――」

「――いけません! ゴルドさん、殺――」



 ぞくぞくぞくッ!!

 足の指先から頭のてっぺんまで一気に鳥肌が駆け抜ける。


 俺は気付けば、駆けだしていた


 毒手で地面に触れる! 

 どろどろどろ。

 液状化した地面、毒沼で周囲を囲む。


 警戒した鎧騎士が動きを止めて――



「バカが!!」



 一気に方向転換。

 迂回するように奴らの背後に回り込み、ぐったりしている犬の元へ。


 鎖が邪魔だ!!


「毒手!! 溶かせ!!」


 じゅうううううう。


 彼の首輪に繋がる銀の鎖を毒手で握りしめる。


 賭けだが、地面を毒沼に出来る出力だ。

 もしかしたら、鎖だって――。


 ぽろり。

 鎖が溶け堕ちた。



「ッ! おい、マジかよ!! ミスリルの鎖だぞ!!」


「チッ!! お前! 調子乗りすぎヨ!! お前の心臓1000個売り払っても足りない額のアーティファクトを!! よくも!!」



 鎧騎士達が何やら喚いている。

 知るか!! 犬を雑に扱う奴の財産なんぞ!!



「わ、ふ、ふっ……」


 抱きかかえた犬は、かなり弱っているようだ。

 ぐったりして目にも生気がない……!


 じゅわ……。

 しまった、気付けば、毒沼が薄くなっている。

 常に地面に触れ続けていないと、毒沼は出来ないらしい。



「わふ……」


 わんちゃんが鼻で俺の腕を押しのけようとしている。


 クソ……かわいそうに、よほどコイツらに酷い目にあわされたんだろう。


「おっと、毒沼は終わりかァ?」


「さっきのアタシの言葉訂正するネ、お前の能力はザコ能力じゃない。実にめんどくさいザコ能力あるヨ」


「ははは、いやあ、焦りましたね。魔力防護が遅れたり途切れた場合は一瞬で肉が腐り落ちていた事でしょう。ですが、薬師殿、ここで終わりです」



 鎧騎士達に恐らく二度目の毒沼は通用しない。

 万事休すか……!


「……クゥ~ン」


「すまん、俺が、弱いから…」


 犬が悲しそうな声を出す。

 結局、俺は何もできないのか。



 ――優れたものが、何もない。

 俺は結局、異世界でも弱者のモブだ。



 ああ、クソ。

 飛び出したりするんじゃなかった。

 異世界転移、どこか俺も浮足立ってたのか?

 クソクソ、クソ。

 弱者のくせに、モブのくせに調子に乗っちまったんだ。



「お前、しょうもない目つきしてんな、負け犬の目だぜ、それは」

「犬同士、ずいぶん仲が良いみたいネ。まあ、お前は殺すけど」


「まあまあ、お二人共……墓守殿、最終通告です。犬をこちらに。そして、我等の質問に答えてくれるなら、命は見逃しますが?」


 

 今、なんて言った?

 見逃す?


 今ならまだ、間に合うのか?

 ……そうだ、そうだよ。

 異世界転移なんて事でパニックになってた。


 考えれば、命を賭けてまで何してんだ、俺は。


 今日会ったばかりの犬だぞ? 

 人間でも、なんでもない、只の犬だ。

 俺にはなんも関係ねえじゃねえか。


 よし、そうだ、あのメガネの騎士のいうとおりだ。


「我々も暇ではない。これ以上時間を掛けるようであれば……殺します」


 メガネ騎士の言葉に嘘はないのだろう。


「ほ、本当に、俺を助けてくれるのか?」


 犬の鼻息が、止まった。

 目を閉じて、大人しく。

 まるで、自分の運命を受け入れたように。



「い、犬を返せば、犬を、差し出せば、ほ、本当に俺の命は助けてくれるのか?」


 メガネ騎士が、にこりと微笑む。


「ええ、約束しますよーーさあ、犬をこちらへ」



 俺はそのふわふわの身体を抱きしめる。

 犬が、不思議そうに俺を見つめて。



「――だが断る」


「は?」

「あ?」

「……なに?」

 


 言ってしまった、言ってしまった、言ってしまった!!


 完全にノリで言ってしまった!!


 後悔だらけの情けない内心とは裏腹に、俺の口から零れたのは迷いない一言だった。


 ああ、そうだ、わかってる。

 出来る訳ない、やって良い訳がない。

 

 犬は渡せない。

 

 怖くて仕方ないが、不思議と悪い気分じゃなかった。


「お前らみたいなクソ野郎がこの世で1番嫌いなんだ。渡す訳ねえだろ、野蛮人」


 男達が、しんと静まり返る。



「「「じゃあ死ね」」」



 殺される。

 このままじゃ確実に。



 ――【毒とは弱者が強者に抗う為の手段です】



 スキル”毒手”。

 この世界に来て唯一俺がやった事と言えば、このスキルを鍛えた事だ。


 まだ、何かできる事が……何か……!



「死ね」


 底冷えするような感覚。

 本当に人殺しが出来る人間の殺意。

 クソ……俺はーー。





 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 地面が、揺れた。

 地面が、割れた。


「え?」

「わふ」


「「「え?」」」


 ぞわわわわわわわわわわわ。

 鳥肌で身体中の皮がめくりあがりそうだ。


 恐らく、俺はこの瞬間、本能で理解した。

 この世界が、間違いなく本物の、異世界であると――。



「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」


 百足。


 節足、黒い蛇行する身体、触覚、巨大な顎。


 百足。


 5メートル以上ある大ムカデが、鎧騎士達の足元の地面を割って現れた。



「「「え????」」」


 しゅるるるるるるる。

 ムカデの口から伸びた触手が3人の鎧騎士を纏めて捕えて。

 じゅわああああああああ。

 毒液を吹きかける。



「あ、がッ!? ぎ、ァァァぁァァァ……体。が、溶けて!!」


「嘘ネ!!?? こんな、なんで、こんな所に、S級の原生生物がッ!!?? ァァァァぁァァぁ!!??」


「そ、んな、バカなッ!? ま、まさか、毒沼で大毒百足を呼び込んだのか!? 薬師、貴方は、やはり、厄王の――」



 紫の粘液まみれになった鎧騎士はもう、動かない。


 ばりばりばりばりばり、ごくん。


 ……嘘だろ。

 大ムカデがまるでスナック菓子でもかじるように、人間を食ってしまった……。


 ショッキングな光景だが……。


 まあ、いいか……。犬をいじめた奴らだし……。



 それよりも。



「ぎぎぎぎぎぎぎぎ……」



 大ムカデが、身体を擡げて俺達を見下ろしていた


 どう見ても、味方じゃないな。


 ――死ぬかも。



 ◇◇◇◇



 ◇現代――世界中のスマホ、PC所有者達◇


 その日、動画配信サイトにある動画チャンネルが突如開設された。


 現実と見紛う美麗なファンタジーの世界の様子を移したその動画は、熱病のように世界中に広がる。



「おい、これ見ろよ」


「配信動画? え!? これ、CG?」


「いや、違うって! これ、あのVtuber消失事件の奴じゃね?」


「犬を庇ってるの?」


「誰? Vtuber?」


「いや、わからん。これ、配信チャンネルがさっきできた奴なんだよ」


「チャンネル名は……エルダーフロンティア運営チャンネル??」


「初日、みどころ切り抜き動画って……どういう事だ?」


「コメントって流せるの?」


「いや、オフになってるよ」


「犬、可愛いな」


「犬守ってる奴が良い奴?」


「毒手おじさんらしい」


「毒手って何?」


「弱そうじゃね?」


「あーこれは死んだわ」


「エルダーフロンティアって、さっきニュースで参加者全員が消えたって奴じゃん!」


「え、じゃあ、この動画は、何?」


「ムカデ出てきてワロタ」



 華々しいセレモニー。世界中が注目する中、突如消失した1000人のVtuberと10000人の先行プレイヤー。


 世間では、消失したVtuberをはじめとする著名人達の安否に注目が行く中ーー。


 ほんの少しの人間が、アラサーおじさんの戦いを知る事になる。



【……う~ん、まさか初日から戦闘を行うとは。さすが、友村センセイ。只者ではないですね~♪】



 他のプレイヤーが状況を未だ掴めず、プレイヤー同士での話し合いや自暴自棄な行動を取る中。


 唯一、転移直後にモンスターとの戦闘を始めたプレイヤー。



 運営が、彼をお気に入り認定するのに時間はかからなかった。

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