第7話 初日:大毒ムカデVS毒おじさん

 


「わふ……! わん……!」


「わんこ! 駄目だ、静かに……!」


 俺の腕の中でわんちゃんが小さく吠える。ムカデを威嚇しているようだ。


 やだ~ラブリーで、もふもふな上に勇敢なのお~?


 思わず犬に意識が向かうがそんな事を考えている場合でもない。



「ぎぎぎぎぎ」



 赤と黒の体色の大ムカデはまだ食べたりないらしい。

 顎をカチカチ鳴らして、俺とわんこを見つめ。


 ひゅっ!

 何か、紐のようなものが大ムカデの口元から伸びた。



「は?」

「……!! ワン!」


 犬が、俺の腕の中からするりと抜け出す。

 俺は、そのまま犬に突き飛ばされて……。


「お前っ! まさか」

「わふ!! ――キャィン!!??」



 犬が大ムカデの紐――鋭い棘がついた触手に突き刺されるのを見た。


 犬は、俺を庇い盾に……!!


 どくどくどくどく。

 触手が脈動する、あれは、まさか……。


 ざくっ。


「え?」



 いつの間にか俺の右腕にも、触手が刺さっている。


 無痛薬の影響か、痛みはない。だが――。



「うおえ……」


 熱い、苦しい、吐き気がする。

 身体が硬直して動かない。


 毒、だ……! 

 こいつ、直接毒を注入してきやがった!!



【大毒ムカデはグルメな生物です。自分の溶解性の毒をタバスコ感覚で獲物に振りかけて美味しく頂くみたいですね!!】


「あ、あああああ!!?? ふざけんな!! 誰だ、そんなモンスターの設定考えた作家は!!」


 触手には、返しのような棘が生えており簡単には抜けない!

 死ぬ、ここで?


 作家になる夢も、目標もここで終わり?


「きゅ~ん……」


 犬も、助けられないまま?

 ……いや、案外死ぬ時ってこんな感じなのかも。


 ~~~~

 毒の高揚

 劇毒状態になったので、精神に大幅な+補正が発生します

 ~~~~



 いや、待て。


 なんで俺が、色々理由つけて諦めなきゃなんねーんだ?


 何で、俺が死を受け入れるような、そんな事考えなくちゃあならねーんだ?


 逆だろ。

 ふざけんな、俺を殺そうとしやがって。


 ~~~~

 毒の高揚

 精神が更に上昇

 ~~~~


 リアリティだ。

 そうか、人は自分を殺そうとしてくる存在に対して、こんなにも怒りを覚えるのか。


 今、俺は作家志望として最高のシチュエーションを体験しているんじゃあないか!!??



「もったい、ない……」



 ~~~~

 毒の高揚

 ”あなたは毒に酔っている”

 ~~~~



 ああ。ムカつくムカつくムカつく。

 なんだ、この虫、なんで俺を殺そうとしてんだ?


 死にたくない、死にたくない、死にたくない。


 俺の夢を、目標を、俺を邪魔するな。


 邪魔する奴が邪魔だ。


 俺の邪魔をする奴は全部全部全部邪魔だ。


「……してやる」


「ぎぎっ?」


「ぶっ殺してやる」


 スキルは使えば使うほど、進化する。

 毒手で木を殴るのではなく、毒手でムカデの触手を掴んで。



「毒手……――解放」


「ぎぎ?」


 どろ……。

 黒い触手に毒手で毒を送り込む。

 大ムカデは特に効いてなさそう、だが……。



 ~~~~

 スキル”毒手”による格上の原生生物への攻撃を確認――スキル経験値加算3000

 ~~~~



「はははは、すげえ経験値効率……」


【うっひょ~!! 激アツの絶対絶命――ごほん、チュートリアルです! やってますねええ~! 他のプレイヤーの方にも見習ってほしい健闘ぶりです! まさか、原生生物との戦いを繰り広げていらっしゃるとは!!】


 頭の中にチュートリアルの声が響く。

 こんな時に呑気な声で話しかけてきやがって!


「今、忙しい! くだらない事なら後にしろ!!」


【おっほ!! 死に物狂いの真剣な表情!! 最高です! そんな貴方に朗報です! 貴方はこの世界の誰よりも早くスキル経験値を5000以上貯めました! その努力を称え、”スキルツリー”機能を差し上げます! 手に入れたスキル経験値をコストに”毒手”を自由に進化させる事が可能になりました!!】



 ぱんぱかぱーん。

 呑気なファンファーレが頭に響く。


 こいつ、どこまでもバカにしやがって……。

 だが、この状況を打開できるのなら!!



「なんでもいい!! そのスキルツリーとやら、俺の役に立つんだろうな!!」


【もちろんです!! この絶対絶命の状況を貴方は貴方の選択と意思、そして修練の成果によって打ち破る!! くう~、コレコレ! こういう定命の者の抵抗が見たいんですよお~!! あ、こちら、スキル経験値で開放出来る”毒手”スキルツリーの能力です!!】



 目の前に赤い文字が浮かび上がる!!



 ~~~~

 《使用可能SPスキルポイント”6960”》

 ・毒喰らいⅠ:毒を食物として消化可能・SP1000

 ・毒調合Ⅰ :体内に吸収した毒素を材料にオリジナルの毒を調合可能・SP1000

 ・毒解析Ⅰ :触れた毒の効果を即時、解析する・SP2000

 ・麻痺毒Ⅰ :生成する毒に”麻痺”の効果を付与する・SP2000

 ~~~~



「ッ!! 全部だ! 全部欲しい!」


【素晴らしい選択です! ――スキルツリーシステム導入開始、完全定着まで残り6秒】



「ぎぎぎぎぎぎ!!」



 どろろろろろろ!!

 ムカデから送られる毒液が一気に増加する。


 身体中が、熱い。

 内側から肉と骨を解かされる毒。

 血が口からこぼれる、視界がどんどん真っ赤に変わる。



「ぎぎぎィ!!」



 ムカデが、本気で殺そうとしているのが分かる。


 生命としての格が違うのだ。

 相手はモンスターで、俺は人間。

 本来なら、こいつは、勝てる筈のない敵なのだろう。

 それが普通の世界のルール。


 だが――ここは。



「異世界だ」



 ~~~~

 スキルツリーシステム適応終了 スキルインストール完了

 ~~~~




 スキルの使い方を、本能で理解した。



「6秒、経った――毒手。全種解放」



 ”毒喰らい”。

 ムカデの毒を消化、吸収。

 血管や骨を焼き尽くす熱はいつの間にか、温泉のような心地よい暖かさに。



「ぎ、ぎぎぎぎぎ?」


「ああ~暖かい……真冬の吹雪の中を1時間さまよった後に入るサウナみてえだ。最高……」


「ぎっ!?」



 ムカデが首を傾げる。俺が苦しんでないのを不思議がるように。


 俺は、両腕でムカデの触手を掴む。

 今度は触手を外そうとしてじゃない。触手を逃がさない為に。



「お前の毒と俺の毒、どっちが有毒だ?」


 ~~~~

 毒の高揚、発動。続いて毒解析、毒調合、発動

 ~~~~



 毒解析。

 体内に注入されたムカデの毒を解析。効果、溶解、血液凝固、魔力回路破壊、細胞破壊。

 ――ムカデ毒完全解析。

 毒喰らいにより全種消化、吸収完了。



 毒調合。

 毒喰らいにより吸収したムカデ毒に、麻痺毒を追加。

 混成ムカデ毒生成完了。



「毒手――混成ムカデ毒、注入開始」


「ぎっ!?」



 なんだか、楽しくなってきたぞ。

 あああ、なんだ、これ、凄い……ハッピーな感じだ!


 俺の腕、毒手に突き刺さった触手をルートに、ムカデ野郎に毒を注入!!


 触手の中で、俺の毒と奴の毒が混ざり合う!!


 ごぼぼぼぼ。

 ムカデの毒が俺を蝕む。


 だが――無駄無駄無駄ァ!! 

 消化消化消化吸収吸収吸収、調合調合調合ォ!!


 ムカデの毒を体内で俺の毒に変換していく!


 あああああ、なんだ。

 これ、凄い、凄いぞ!



「お前の毒で俺が毒を調合ォ!! その毒をお前に注入!! ンでお前がまた俺に毒を送り込んでエ!! 永久機関の完成だァ!! お互い頑張ろうなァ!!」


「ぎ、ぎぎぎ、ぎぎぎぎぎゃ!?」


 ぶしゃああああああ!!

 ムカデが口から直接毒液を吹きかける!


「ぎぎ――」


 ムカデが、確かに笑って。



「効かねえっつってんだろ!! 毒虫がァ!!」


「ぎ!? ギァァァァ!?」



 毒液を吹きかけられつつも、触手を手放す事はない。


 どくどくどく、俺の毒でムカデが苦悶の声を上げ始める。


 俺の力で俺を殺そうとしてきた俺より強い奴が苦しんでいる!


 はははは、なんだこれ、なんだ、この!!

 高揚! 

 俺、こんなの、知らない!

 はははは!! 最高!



「今のは悲鳴かァ!? クソみてえな匂いの毒も!! てめえの悲鳴と一緒なら、ミストサウナみてえなモンだ!!」



 大ムカデが悶え始める。

 麻痺毒が効いている!!

 俺の毒が、ムカデの毒を押し返す!



 ははっ! なるほど!!

 自分を殺そうとしてくる敵を殺すのってこんな気持ちなのか!!



「――わ、わおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」


「ぎぎっ!?」


 犬の遠吠え、瞬間、犬がムカデの身体を駆けのぼり、喉元に噛みついた!

 嘘だろ! 犬、つえええ!!


「犬!! 最強!!」


 ムカデの動きが完全に止まった――今だ!


「全毒、全開!! ありがとな! 殺し合いを教えてくれて!! いい体験になった!!」


「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!?」



 一気に全ての毒を解放する!

 触手が破裂するほどの勢いで、俺の作った毒がムカデの身体の中に注入!



「ギアァァァぁァァ」



 大ムカデが痙攣しながら、のたうつ!

 そして、ゆっくり、ゆっくり、動かなくなった。


 俺の腕に刺さっていた触手も萎れて、簡単に腕からとれた。



 ~~~~

 己より遥かに強大な敵を倒しました、スキルに100000経験値が加算されます

 深淵生物を倒しました、スキルに100000経験値が加算されます

 ~~~~



 ムカデを、倒した。

 凄い経験値だ……。



「あ……犬」


 俺はムカデの死骸の傍に斃れている犬の元に。

 犬は、ぐったりして動かない。


「……おい、おい。聞こえるか? ……お前、俺を助けてくれたよな?」


「……」


 犬は、答えない。目をつむったままだ。

 ……力尽きたのだろう。


 君の名前も好きなもの知らない。

 それでも君が隠れている俺をかくまってくれたり、ムカデ退治を手伝ってくれた事は忘れない。


 大きなモフモフボディを静かに撫でて。


「え?」


 ぺろ、ぺろ。

 温かい感触が、俺の手のひらを伝う。



「わふ」



 犬が寝ころんだまま身体を起こして俺の手を舐めている。


「お、お前、嘘だろ!!」


「わんっ! わんっ! フガッ! じゃも!」



 お前、生きとったんか!! 


 なんだか毛艶も良いし、目も生き生きとしているぞ。

 なぜ急にこんなに元気に……。



【どうも、チュートリアルです! これは珍しい! 貴方はどうやら彼に好かれたようですね!! 彼は”幻獣:毒牙のガルム”! 伝説では、毒を主食にすると伝えられる存在です! 毒ムカデの毒と貴方の毒手の毒で元気になっていますね! おっと、チュートリアルでの情報はここまでです!】



「わふっ!」


 嬉しそうにしっぽを振りながら俺の胸元に頭を擦り付ける犬。

 ……いき、てる。



「……よかった」


「わん!!」


 犬が、元気に鳴く。

 いかん、気が抜けたせいか。身体に力が入らない。


 流石に、ダメージと疲れが……。

 まあ、いいか、犬、生きてたし……。


「わん!?」


 俺は犬の鳴き声を合図に、そのままその場に倒れる。


 まずい、せめて安全な所へ……

 いや、森だし、無理、か……俺はそのまま重い瞼を閉じる。


 暖かい泥に包まれているような感覚。

 押し寄せる眠気に全てを明け渡して、目を瞑った。



 ◇◇◇◇


【運営からのニュース、初日を終えて】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る