因縁の対決

「続き、続き。次のイベントは何かな」



 仄暗い部屋の中でゲームを起動すると、あたりがぼんやりと明るくなる。そして、画面にはこう表示されていた。「奇襲斬撃を使用。1ポイント付与」と。



「『奇襲斬撃』を使って1ポイント付与。もしかして、現実でスキルを使えば使うほど、ポイントが貯まるのか? もし、そうだとすれば現実でスキルを使いまくればいいのでは? そうすれば、ゲームを有利に進められて、新たなスキルを習得できる。俺、天才かも」




 次の章を選択すると、第2章上洛戦というタイトルが表示された。うわ、この章で新しいスキルを獲得できる自信がない。ゲーム内でポイントを貯めるくらいしか使い道がなさそうなイベントだ。俺はコントローラーを握ると、画面に齧りついた。


**


 数時間プレイに熱中したが、第2章上洛戦パート1をクリアして得られたポイントはたったの50。第2章が何パート構成か分からない以上、慎重にポイントを割り振る必要がある。「奇襲斬撃」を強化するのに使うか、攻撃ステータスを上げるのに使うか。迷った末に、ひとまず保留することにした。現実世界でスキルを使ってポイントを地道に貯めればいい。



「うーん、どうやってポイントを貯めるかな。不良がわんさかいるほど、このあたりは治安は悪くないし……」



 その時、俺は名案を思いついた。コントローラーを放り出すと、スマホを取り出す。そして、某掲示板に新しいスレッドを立ち上げる。タイトルは「悪人を成敗します」だ。



タイトル:悪人を成敗します


1  俺、織田信長なんだけど、なんか困りごとない? 学校でいじめられているとか。場所を教えてくれたら、そいつを叩きのめしてやるわ。



2  織田信長? お前、頭のネジ外れてるんじゃないの? こんな痛い奴に個人情報を教えるバカはいないだろwww


3  2>>同意。ていうか、場所ってどこまでの範囲だよ。まさか、信長が東京にいて、北海道に来いって言われたら飛行機で飛んでくるわけ? こいつ、頭空っぽだよな。



 しばらく、そんな誹謗中傷が書き込まれていたが、数分後「私、パワハラ上司に困ってるんだけど。会社名は……」



「お、最初の依頼人きた! パワハラ上司か。いいじゃん、いいじゃん。こういうのを待っていたんだよ」



 具体的にはこうだった。「最近、異動してきた上司が部下を殴る蹴るしている」「職場環境が悪化して何人も辞めた」「結果的に依頼人の仕事量が増えた」。



 俺はまだ学生という身分だから、会社でどんなことが起きるのか分からない。しかし、パワハラと聞いて放っておくほど悪人ではない。ひとまず、依頼人とやりとりを続けて、パワハラ上司の帰り道を狙うことになった。


**


 俺は依頼人の会社の近くで、パワハラ野郎が出てくるのを待っていた。彼女によれば、退勤時間はそろそろだ。



「お、あの禿頭か? 確かスレッドには『今日のネクタイは紺色。メガネをかけて、小太り』って書かれてたし、まずは名前を聞いてみるか……」



 俺は路地裏から飛び出すと「お前の名前は影山か?」と訊ねる。



「誰だ、お前は!」



 否定しないところから考えるに、こいつがターゲットのパワハラ上司で間違いないだろう。俺は「奇襲斬撃」でぶっ倒そうとしたが、一つ気づいた。どうすればスキルを使えるか、ということに。不良の時は勝手にスキルが発動した。腕につけたブレスレットが鍵なのは間違いない。



「『奇襲斬撃』発動!」俺は試しにブレスレットに手を当てて叫ぶが、当然何も起こらない。



 そうこうしているうちに、影山が近づいてくる。やばい、このままだと返り討ちにされる!



「このクソガキ、痛い目にあわなければ分からないらしいな。くらえ!」影山の拳が飛んでくる。



 もしかして、俺の信長人生が終わるのか? その時だった。ブレスレットが光ると、あたりが黒い膜で包まれる。そして、「奇襲斬撃発動」と機械の音声と同時に、青白い光が影山にヒットする。彼はゴミの山に突っ込む。



「痛い! くそ、今日はこの辺で終わりにしてやる!」と、捨て台詞を吐くとバッグを持って慌てて逃げ去っていく。それと同時に黒い膜が消え始める。



「これ、なんなんだ?」



 俺は興味本位で触ろうとしたが、その前に消えてしまった。だが、一つ気づいたことがある。影山が吹っ飛んでいったゴミの山が元通りになっている。仮説だが、「スキルが現実世界に悪影響を及ぼさないように、バトル用の空間になる」のではないだろうか。



「ひとまず、スレッドで報告しておくか」


**


35  俺、信長だけど、影山っていうパワハラ上司を片付けてきたわ。しょぼすぎワロタ。



36  >>35証拠は? こいつの嘘ってこともあるだろ。



37  >>36明日、パワハラ上司は青あざをつけて出社するはず。依頼主さん、報告よろしく。



 そこまで書き込むと、ベッドに寝転がる。俺はさっきのことを思い出す。俺の直感が正しければ、ブレスレットがスキル発動の鍵のはず。だが、俺の言葉には反応しなかった。



「もしかして、『奇襲斬撃』だからカウンターでしか使えない、なんてことはないよな……」



 俺は「戦国バトル列伝」を立ち上げると、スキルの説明を読む。そこには、予想通り「カウンタースキル。敵が攻撃してきた時に、奇襲で叩きのめす」と書かれていた。



「いや、史実だとカウンターではなかっただろ……」



 おそらく、無制限だと強すぎるからに違いない。これは、だるい。まあ、一度隙を見せればいいんだ。それくらい我慢するしかないだろう。



 翌日、掲示板を見ると「パワハラ上司、今日来なかったわ。きっと、信長さんがボコボコにしたおかげね。ありがとう」と書き込まれていた。



75  え、マジで? それじゃあ、俺も。



76  いやいや、僕が先だ!



「お、次々と依頼が来たぞ! これで、効率よくポイント貯められるわ」


**


「ポイントがだいぶ貯まったわけだけど。どうするっかな。新しいスキルを覚えたら、そこにつぎ込むか」



 しばらく掲示板を覗いていなかったら、大量の書き込みがされていた。その中に、影山というパワハラ上司に困っていた女性のものが混ざっていた。どうやら、家庭内暴力に困っているらしい。「近くの公園に誘導するから、信長さんお願い」とのこと。



「って、今日!? おいおい、指定の時間まであと少しじゃねぇか!」



 慌てて公園に行くと、ブランコに一人の女性が座っていた。セミロングの茶髪に、丸型のメガネ。そして、イヤリング。おそらく、依頼主だろう。



「もしかして、あなたが信長さん?」



「ええ、そうです。で、旦那さんはどこに?」



「いるわけないじゃない」そう言うと彼女はゆっくりとブランコから降りる。



「はあ?」



「信長さん、あなたは能無しね。自ら名乗るなんて」



 彼女はイヤリングに触れる。次の瞬間、あたりを黒い膜が包み込む。



「まさか……」



「ええ、そのまさかよ。私は今川義元。ほら、このイヤリングをよく見て」



 そこには、今川家の家紋があしらわれていた。



「さあ、信長の人生もここでおしまい。現実では、今川義元が勝つのよ。『弓取の采配』」



 今川義元の周りに、無数の弓矢が浮かぶ。それは黄金に輝き、俺をしっかりと狙っていた。



「行きなさい、矢よ!」



 矢は弓から勢いよく飛び出すと、俺の足元に突き刺さる。



「マジかよ!」俺はバックステップで、次々と飛んでくる矢をかわす。



「逃げてばかりなんて、信長らしくないじゃない。トドメよ!」



 矢が解き放たれると、俺の心臓目掛けて一直線に飛んでくる。



「そうか! スキル発動! 『奇襲斬撃』」



 青白い光が現れると、今川義元に斬撃がヒットする。



「きゃあ、何よこれ!」



「今川義元は、現実でも負けるんだよ」そう言いながら、女性に近づく。



「嘘、そんな……。まだまだ、いける! 『弓取の采配』」



 しかし、弓矢が現れることはなかった。地面をよく見ると、イヤリングが落ちている。どうやら、これがないとスキルは発動しないらしい。俺はそれを拾い上げてポケットに突っ込む。



「もう、あんたはスキルを使えない。さあ、これ以上痛い目にあわないうちに帰るんだな」



 今川義元は悔しそうな表情を浮かべるが、不利なことを悟ったらしい。後退りをしながらジリジリと逃げる。どうやら、背中を向けて逃げ出すほど、バカではないらしい。



「あんた、調子に乗っていると他の武将に叩きのめされるわよ!」そう捨て台詞を吐くと、彼女は去っていった。



「ふう、危なかった。って言っても、スキルで余裕で勝てたけど」



 ホッと一息ついていると、ブレスレットから機械音声が流れる。「武将を撃破。100ポイント付与されました」と。武将撃破で100ポイント。これは、武将狩りをした方がポイント稼ぎが捗るかもしれない。俺は掲示板にこう書き込んだ。「今川義元、撃破したわ。次の挑戦者求む」と。

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2025年2月1日 17:03

現実で魔王信長の黒魔法!? ゲームスキルでバトルロイヤルを勝ち抜け! 雨宮 徹@クロユリの花束を君に💐 @AmemiyaTooru1993

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