後日談:烽州

———烽州


「瑤一です。」

「ん。入り。」

 〈玉輪公〉に呼び出しを食らった瑤一は本拠点に来ていた。

「いかがしましたか。」

「堅苦しいのええって。ほんでおじいちゃん呼べ言うとるやろ。」

 気さくに話しかけてくるのは〈玉輪公〉その人である。焼けた肌と鍛えられた体格ほとても80歳には見えない。さらには、貧弱な瑤一の祖父とは思えないだろう。

 祖父が示した席にはすでにお茶が置かれていた。猫舌なのは把握済みか、適度に冷めている。

 数ある従兄弟の中で全員の情報をどこまで把握しているのか。この人とのやりとりはいつも『情報戦』だった。そして今回も。

「今回のことやけど。ギリギリ役割は果たしとったし、結果論怒られんかったけどやで。本来、例えば敵が〈仇鬼〉やったらえらいことやった。もっと事前に対処せなあかん話や。」

 どうして自分にその話を?とは聞かない。今回の『神降祭祀』の警備に瑤一は当たっていない。辞退したからだ。もう一人の次期候補の小隊はいくつか編成に加わっていた。

「原因は結局、指揮のすれ違いみたいやけどな、誰のミスかはっきりせん。最終的に指示の出所がぐるぐる回る。それもあのタイミングしかないってとこであいつらは来た。」

「指揮系統の見直しも必要ですね。」

 瑤一はただ薄く笑ってそれだけ答えた。

 〈玉輪公〉は一瞬、シワの深い鋭い瞳で瑤一を睨みつけたが、変わらずニコニコと笑うのを見てわざとらしく肩をすくめた。〈玉輪公〉は、瞳が見えないくらい目を細めて笑う瑤一の笑い方が、自分と似ていると感じていた。

「まぁええわ。見逃したろ。証拠ないし。ほんで、〈桜姫〉はどんな子やった。」

 全部とは言わないまでも、筒抜けなんだろう。だてに最長の〈玉輪公〉ではない。この話を完全に隠して〈玉輪公〉の逆鱗に触れるのは得策ではない。「おもしろくない」と思われるのは「使えない」と思われるのと同義だ。

「聡明な方だと思います。融通は利かなさそうですが。」

「うちにメリットあるんか。」

「前のよりはよほど。」

 〈仇鬼〉の巨大生息地を挟んで、赫州と烽州は隣り合っている。どちらかが荒れ廃れていくのは他人事ではない。〈仇鬼〉は廃れる方に向かうのではない、ほとんどは「栄えている方」に遊びにやって来るのだ。

「で、タマは何もらったんや。」

 瑤一は料亭での会話を思い出した。


 

「先ほどまでのことに、嘘はない。」

 紅華と一対一で対面した時、まず前置きとして弟を庇ったのだった。

「私が彼に伝えていないことがいくつかある。まず、〈桜貴〉が〈神器〉ではないという話だが、正式には〈桜姫〉と書く。〈桜姫〉の〈神器〉は女性にのみ継承される『女紋』だ。」

「…聞いたことないな。」

 『女紋』。

 〈五光〉の一つが既に欠けていたなんて、過去に何があった?

「そして、『神降祭祀』を狙うのは仰る通り、〈皇〉の面前を狙ってだ。そこで次の〈桜姫〉の就任も行う。」

「なんて?おねぇさんが〈桜姫〉なん?」

 紅華は頷いた。

 最初から、〈和合の一族〉ではないだろうと思っていた。髪色だけではなく、明らかに『調和』を体現するタイプの人間ではない気がしたからだ。弟と似てなさすぎる。

「だいぶ風向き変わったな。〈鶯目〉の件完全に無視しても、正当性もこっちにあるって?なるほどな。」

 目から鱗のその話をそのまま間に受けたつもりはなかったが、内心腑に落ちることが多かったのも事実だった。

 〈鶯目〉の処刑だけでなく。

 近年の〈桜貴〉の力の損失。

 『神降祭祀』を頑なに赫州でやりたがると聞いているが、それも道中で〈神器〉が使えないとバレるのを避けるためなら納得だ。

 他にも挙げれば、思い当たる『情報』はいくつもあるが、しかし瑤一が知らない事実にどうやって辿り着いた?

「それ、だれから聞いたん?正直腑に落ちるけど、全部嘘って可能性もある以上、やっぱり乗られへんで。情報源は確かなんか?〈桜姫〉ってこと証明できる?」

「…すべての情報は〈孟春〉の記録から。」

 ピクッと肩が動いた。

 瑤一は顔より先に反応してしまった肩を苛立たしげに見ながら、ふぅんと答えた。

「なるほど、そら確実か。結論、〈鶯目〉の復讐って肩書きはあるけど、本筋は〈桜姫〉の復権ってことやな。そういうことなら協力できんことないけど。けど、タダでとは言わんやんね。先言うとくけど、こっちが協力したところで成功するかはわからんで。僕は全権持ってるわけちゃうし、何より、表立って助けるわけにはいかん。あくまで今の事情を知らんかった体で、〈皇〉に〈玉輪公〉が怒られへん範囲でしか助けれん。それは後で怒らんといてな。で、その上で出す条件やから、そんな難しいことちゃう。」

 瑤一は一泊置いた後で言った。

「〈孟春〉を紹介して欲しい。それだけでええよ。」

「…それは…」

「正直、今あんたにできること何もない。そやろ?〈桜姫〉になってからも自由が効く範囲は限られるし、その地位を自分のものにするまでは時間かかるはずや。僕は〈孟春〉には、頼みたいことがある。〈孟春〉が僕の頼み聞いてくれるんやったら、僕はおねぇさんの頼み聞いたげる。」

「〈孟春〉が…私のために動く理由がないと思うが。」

「いやいやいやいや、そんなこと絶対ないよ。たぶん。わからんけど。」

「…〈孟春〉には何の用が?」

「まぁ、秘密やで。欲しい本があるんよ。もうなくなってしもた本なんやけど、〈孟春〉なら復元できると思ってな。」

 紅華はなお、困ったように「しかし、時間がない。」と言う。

「ここでええよ。な、〈孟春〉、聞こえとるんやろ?あんたはここで、口先で頼んでくれたらそれでいいよ。」

「…お願いする。」

 あとは〈孟春〉次第となった。しかしこれ以上、交渉の余地がないのはお互い様だった。

「やり方に口出すつもりはないけど」

 瑤一は大きく首を傾げた。

「えらい遠回りなことしてるな。〈桜貴〉断罪したいだけなら、自分が〈桜姫〉に返り咲いて、その後今の〈桜貴〉をどうするかは自由にしたらいいやん。それが〈桜貴〉のせいでうまいこといかんと思ってるんやったら、このまま『うち』を味方につけて突入したらいい。あんたが真の〈桜姫〉ってわかってたら、〈玉輪公〉でさえ直接手貸すと思うで。別に『神降祭祀』の日を選ばんくたっていいし。よっぽど大事なん、〈和合の一族〉のこと。」

 紅華は何も言わない。

「復讐させてあげたいからじゃないん?とは言わんまでも、なんか達成してスッキリするのはあるやん。復讐しても大事な人は戻ってこんとか、安いこと言うつもりないで。それで得られるものもあるやろ。」

「むしろ、私自身の我儘に、皆を巻き込んでしまったのかもしれない。」

「なんや、〈桜姫〉になりたくないんか。あくまで〈和合の一族〉として〈桜貴〉に復讐したいってこと?やからその時まで〈桜姫〉ってみんなにバラしたくない?」

「あぁ、そうか、そうだな。私は〈桜姫〉になりたくないのかもしれない。」

「…そうか。そら、あんたにとっては今回のが成功したら残念やな。まぁ僕は自己犠牲は美しいと思っとる派やし、『正しい』やり方だけが幸せになる方法とは思ってないから、やっぱりできたら協力してあげたいで。」

「じゃあ、また連絡するわ。」と、古い友達のように別れたのだった。

 紅華が居なくなり、静かになった部屋で一人、瑤一は呟いた。

「〈孟春〉、僕が欲しいのは———」


 その翌日、郵便物が届いた。

 てっきり知らぬ間に机の上に置いてあるとか、目の前に落ちてくるとか、驚くような届き方を期待していただけに「郵便かいっ」と内心突っ込みをせざるを得なかったし、それと同時に嫌な汗をかいた。誰かに中を確かめられていてもおかしくない。すぐに伊吹が見つけていてよかった。

「新しい墨の匂いがしたので。」と彼女は言っていたが、その匂いは瑤一にはわからない。

 中身は、製本されていない紙の束だった。正直読む気がなくなるほどの乱雑な字で記されていた。

 よほど急ぎで複製したからか、または挑発に怒りながら書き殴ったのであれば子供っぽいなと笑ったが、いやそうではなく、そうせざるを得ない事情があったのか。いずれにせよ、よほど〈桜姫〉が大事らしい。

 得たものは、失われた本の複製と情報だ。期待以上の結果に、嬉々として裏工作を進めたのだった。



「なに笑とんねん。そんなええもんか?」

 笑っていたらしい。ポーカーフェイスがまだまだだなと反省し、瑤一は〈玉輪公〉に向かってにこりと笑った。

「秘密。また今度な。」

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