純白ウェディングビキニエルフ、ただいま婚活中!

龍田たると

本編



「これで終わりだ! 受けろフィアナ、あたしの最大の剣を!」


 喚声飛び交うコロッセオの剣闘大会で、獣人族の女戦士が大剣を振り上げた。

 それに対するは、金色の髪が美しい、細身のエルフの女剣士。

 彼女が手にした長剣には、大きな亀裂が入っている。

 受け太刀すればおそらく砕けてしまうだろう。


 獣人族の女戦士は、それが狙いとばかりに大剣を振り下ろす。

 エルフの剣士──フィアナは刀身で受けると見せ、直前でかわすと一瞬で相手のふところに飛び込んだ。


「なッ──!?」


 フィアナは肘撃ちの要領で相手の腹部に柄をぶつけ、壁面まで吹き飛ばした。

 一直線の軌道を描き、「がはッ」と、壁にたたきつけられる獣人の女戦士。

 地面に倒れ込み、意識を失ったことを審判が確認すると、その審判は大きく両手を頭上で振った。


「勝者、剣士フィアナ!」


 直後、どっと観客たちの歓声が沸き起こる。

 フィアナはひび割れた剣を高く掲げ、観客たちの声援に笑顔で応えた──







「……で、優勝したっていうのに、なんでそんなにしかめっ面なのよ」


「……べっつにぃー」


 剣闘大会の試合の後。コロッセオ近くの地下酒場で、フィアナは不満げな様子で酒を飲んでいた。

 向かいの席には彼女の親友であるリーサ。

 フィアナとは対照的な、黒髪ショートの女魔術師だ。


「まぁ、だいたい予想はつくけどね」


 そう言いながら、リーサは皿の揚げ芋に手を伸ばす。


 「何よ」と、フィアナが問うと、「どれだけ勝ち続けても、結婚相手どころか恋人すら見つからない。だから面白くないんでしょ」と、リーサはさらりと正解を述べた。


「うっ……」


「あんたねぇ、そもそも手段からして間違ってるって、あたし前から言ってるじゃない。どんなに剣闘士として名を上げたって意味ないの。いい加減理解しなさいよ」


「で、でも、まずは名前を知ってもらうことから始めないと、出会いだって──」


「だから逆効果なんだって。そりゃ確かに、あんたはエルフで可愛いし、スタイルもいいわよ? でも、一晩遊ぶとかならまだしも、結婚となると話は別なの。強ければ強いほど男は引くんだって。もしこの娘と結婚しても、下手に機嫌を損ねたら、ボコられてどうなるかわかったもんじゃない、ってね。そもそもランキングトップのレジェンド女剣士が、これ以上有名になる必要なんてないでしょうに」


「あ、あたし別に何もしないわよ! 付き合う人と喧嘩になったって──」


「事実かどうかは問題じゃないの。皆がそう思ってることが問題なの」


「ううっ……」


「だいたいさぁ、なんで試合のコスチュームがウェディングベールとビキニなのよ? あれ見て寄ってくる男と、あんた本気で結婚したいわけ?」


「だ、だって……」


「『最初は結婚アピールのためにウェディングドレスだったけど、動きづらくてベールだけにした』でしょ? 知ってる。でも、今の格好、絶対ただの痴女だからね」


「い、言い方……!」


 容赦のない言葉のナイフに、フィアナはテーブルに突っ伏す。

 それらの指摘はすべて図星だからこそ、何も言い返すことができなかった。


 リーサの言う通り、フィアナは現在結婚相手を探している最中である。

 彼女はエルフ──人間の三倍は生きる長命の種族だが、今まで特定の誰かと婚約に至ったことはなかった。

 それは主に彼女の強さのせいなのだが、加えて言うなら『間の悪さ』も原因の一つだ。

 長命のエルフゆえに、当初は気ままなシングルライフを満喫していたフィアナ。

 五十を超えた頃「そろそろ婚活を」と、剣闘稼業と並行して相手探しを始めたが、そのタイミングは決して良いとは言えなかった。


 というのも、すでにフィアナの強さは界隈に知れ渡り、彼女のことを知らぬ者はいないほど、強者として名が広まっていたからである。


 あるいは彼女が男だったなら、その勇名にも意味があったかもしれない。

 だが、自分より強い女性を妻にしたいと思う男は少なく、フィアナが勝ち星を増やせば増やすほど、彼女の結婚は遠のいていった。


 現在の彼女の戦闘用コスチューム、ベールに白ビキニというスタイルも、その焦りが生んだ産物である。

 当初は婚活アピールとして、ウェディングドレスに手甲と具足という装備で戦っていた。だが、動きが制限されるので、ドレス部分は破れたのを機にそのまま脱ぎ捨ててしまう。

 観客受けもいいので今もベールだけの格好を続けてはいるが……それが婚活に役立っているかというと、そんなことは当然ない。


 ちなみに、現在着用している白ビキニはランジェリー風の装飾が施されているのだが、それはドレスが破けて下着姿で戦った時の名残である。

 衣装屋からも勧められたので以降も似た感じのデザインのものを着用しているが、正直言って彼女自身、騙された気がしないでもなかった。



「……とりあえず、そのビキニコスだけでも変えた方がいいと思うけど? どれだけファンが増えても、その格好だったらエロ目的の男しか寄って来ないでしょ」


「そんなことないわ。私のことを純粋に応援してくれる人も……いるにはいるのよ」


「嘘つけ」


「嘘じゃないって! ロルフ君っていう男の子なんだけど……彼だけは露出度とか関係なく、いつも私の勝利を喜んでくれるの」


「じゃ、そのロルフ君と結婚しちゃえば? 冗談抜きで」


「それはダメ」


「なんでよ」


「だって彼、まだ十一歳なのよ? あたしとは年が離れすぎてるって! それに、お付き合いとかそういうのじゃなくて、あたしの強さにあこがれてるって感じだし……。だいたいああいういい子は、ちゃんと常識を学んで、まっとうに成長して、まともな女性と結婚すべきなのよ。あたしなんかには……もったいなさすぎるわ」


「……それはそれで自分を卑下しすぎじゃないかしらね」


 エルフなんだから、その子が大人になるまで待てばいいんじゃないの。ふと浮かんだそんな言葉を、リーサは対面の親友に投げかけようとする。

 しかし、いつもの倍以上の酒をあおっていたフィアナは、すでにその時、すやすやとテーブルの上で寝息を立てていたのだった。





 一週間後。

 この日のコロッセオでは、フィアナの十回連続優勝を記念して、特別試合が行われることになっていた。

 闘技場の中央では、いつものウェディングベールを着用し、フィアナが対戦者を待っている。

 ただ、本日彼女と闘うのは人ではない。ギルドの魔術師たちが複数の蛇型モンスターを結合させて作った実験作、ユナイトヒドラが今回の相手である。


 このユナイトヒドラ、ヒドラの名を冠する通り、蛇の頭が九つあり、それぞれが高い攻撃力を持つ。

 凶暴性も高いため、試合直前まで眠らされ、檻ごと運ばれてくる手はずとなっていた。


 やがて、ゴゴゴ、ガラガラ……と、車輪付きの巨大な檻がフィアナとは反対側の入り口からやって来る。

 かぶせていた布が取られ、睡眠魔法の解除と同時に檻が開けられる。

 目覚めたヒドラが目下の獲物──フィアナを視界に入れると、フィアナは剣を構え、審判が甲高い声で開始の合図を叫んだ。


「──始め!」


「っ、大きいわね……」


 その威容に少しだけ圧倒されるフィアナ。だが、すぐに気持ちを切り替え、飛び込んでいく。


「フィアナさん、がんばれー!」


 そこで場違いな可愛らしい声が観客席から響き渡る。

 同じく客席にいたリーサが声の方向を見やると、茶髪の小さな少年が必死でフィアナを応援していた。


(ははぁ、あれがフィアナの言っていた『ロルフ君』か……)


 フィアナいわく、その少年、ロルフは孤児院の出身で、今は町の小料理屋で住み込みで働いているという。

 勤務中、ガラの悪い客に絡まれていたところを、偶然夕食中だったフィアナが助けて、それ以来なつかれてしまったそうだ。

 ふむふむと興味深くリーサはロルフを観察する。

 ロルフがフィアナを見つめる瞳は、やましさなど微塵もなく、宝石のように輝いていた。

 他の観客がフィアナの胸や尻ばかりを見ているのと対照的に、彼は顔を赤らめながらもそれを意識しないようにしつつ、応援している。


(ふふ、確かにフィアナが「自分にはもったいない」と言うのもわかるわね……)


 リーサは親友の言葉を思い出し、クスリと頬を緩ませた。


 と、その時。


「あっ、危ない!」


 ロルフが声を上げ、リーサは闘技場に視線を戻す。

 次の瞬間、強い衝撃音とともに、闘技場の壁が破壊された。


 ドガァッ──!


「フィアナ!」


「フィアナさん!」


 ヒドラがフィアナめがけて一番大きな頭を彼女にぶつけ、壁面まで叩きつけたのだ。

 土煙が晴れると、あらわれたのは苦しそうな顔のフィアナ。

 とはいえ、大きな外傷はなく、無事である。

 しかし、巨体から繰り出されたその頭突きは、彼女にかなりの衝撃を与えていた。


 バチッ、バチバチッ──


 続いて、何かが大きくぜるような音がした。

 それは結界が消失した音。コロッセオは観客を守るため、結界魔法で中央の闘技場部分を覆っているが、今のヒドラの攻撃で結界が壊されたのだ。


「いけないっ、みんな逃げて!」


 状況を察知してフィアナは叫ぶ。

 付近の観客たちは、わっと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 しかし、そのせいで観客の方に一瞬だけ気を取られたフィアナは、次のヒドラの打撃を避けることができなかった。


 ドガッ──


「くっ!」


 吹っ飛ばされるがなんとか受け身を取り、体勢を立て直す。

 攻撃と同じ方向に飛んだおかげで、ダメージは最小限だった。伊達に剣闘士として十連続で頂点に立ってはいない。

 加えて、今のフィアナには身体強化の魔法がかけられており、そのせいもあって怪我はなかった。

 今回の試合はモンスターが相手の特別試合エキシビジョン。王者であるフィアナの勝利と安全のため、彼女には魔法や魔道具の使用が許可されていた。


「フィアナ! 『憧憬しょうけいの宝玉』を使いなさい! この蛇モンスター、それくらいしないとヤバいわよ!」


 リーサは観客席からフィアナに叫ぶ。

 フィアナに身体強化魔法をかけたのは、親友であるこのリーサだが、加えてリーサはフィアナに必勝のための魔道具も貸し与えていた。

 その魔道具こそが、彼女が言った『憧憬の宝玉』。これは、装備した者の望みのままに己の姿を変えさせる、奇跡の宝玉だ。

 この宝玉の特筆すべき点は、姿だけでなく強さまでも使用者のイメージによって変えられるところにある。

 つまり、誰かのように強くなりたいと願えば、姿とともにその誰かと同じくらいの力を得られるのだ。

 伝説の戦士にあこがれるなら、その伝説の戦士の容姿も強さも、そっくりそのまま自分のものに。

 フィアナの相手が大型モンスターと聞いたリーサは、惜しむことなくこの宝玉を貸し与えた。

 少なくとも、これで彼女に命の危険が及ぶことはないだろう。そう思って、安心していたのだが──


「無理よ!」


「──へっ?」


 蛇の頭をいなしながら、フィアナはリーサに声を上げた。

 想定外の返答に、リーサは素っ頓狂な声を漏らす。


「だから無理なの! あたし別に強さとか望んでないもの! あたしがなりたいのは素敵なお嫁さんなのよ! 昨日の夜、宝玉使ってみたんだけど、ウェディングドレスが豪華になったくらいで、別に力が上がったりしなかったの! だから無理!」


「ちょ……ふざけんじゃないわよ!」


 リーサは怒る。


「それ早く言いなさいよ! だったらもっと別の魔道具貸してあげたのに!」


「ごめん、時間なかったし、もういいやって思って!」


「そんなことだから結婚できないのよ、このおバカ!」


「ちょ、あんた、今それ言う? ていうか他にアイテムないの!?」


「こんなところに何個も持って来てるわけないでしょ! いいからさっさと間合いを取って──」


 ──ギシャアッ!!


 会話の隙を縫ってユナイトヒドラがフィアナの体に噛みついてくる。

 ギリギリのところでかわしたフィアナだが、今度はバランスを崩し、剣を落としてしまった。

 拾おうにもヒドラの攻撃が激しさを増し、どんどん距離が遠ざかってしまう。

 壁際に追いつめられる丸腰のフィアナ。迫るヒドラ。


「ああもうっ、ほんとバカなんだから!」


 加勢するしかないと、リーサが闘技場に飛び込もうとする。

 だが、その瞬間──ゴッと強大な魔力が、ヒドラの背後で立ち上った。


「「──えっ!?」」


 フィアナとリーサが驚いてその方向を見ると、そこにはフィアナの剣を持ったロルフ少年が立っていた。

 ゴゴゴゴゴ……と、地鳴りのような音とともに、彼の身体から魔力が放出されている。

 一体何が起こったのかと少年を凝視するリーサ。よく見ると、魔力の放出源は彼が持ったフィアナの長剣だった。

 そして、剣の柄部分、そこにはリーサがフィアナに与えた宝玉──『憧憬の宝玉』が埋め込まれていた。


「あ、あの、僕、これ、剣をフィアナさんに渡そうと思って──ど、どうすれば……!」


 予想外の状況に、ロルフ自身も戸惑っていた。反対に、彼の言葉でリーサは現況を把握する。

 おそらくロルフはフィアナが落とした剣を届けようと、闘技場に足を踏み入れたのだろう。

 だが、いきなり宝玉と自分の体が輝き出したため、驚いて固まってしまったようだ。

 一方、宝玉はロルフの思念に呼応して、魔力を発動させたに違いない。

 つまり、フィアナが『憧憬の宝玉』の力を発揮できずとも、彼──ロルフを、宝玉で強化させることはできるということ。


「フィアナ! 少年のサポートに回って! その子と宝玉の力で、ヒドラを討つのよ!」


 リーサはこの機を逃すまいとフィアナに叫んだ。

 ロルフの願いと望む姿は、聞かずとも見当はつく。

 おそらく、彼が求める強さは──少なくとも、フィアナと力を合わせれば、目の前のヒドラを倒せる力はあるはずだ。


 リーサの意図を理解したフィアナは、大きく跳躍してヒドラを飛び越し、ロルフの隣に舞い降りる。

 そして、剣を持った彼の手を、上から優しく両手で覆う。

 憧れの女性に触れられて赤面するロルフに、フィアナは優しく語り掛けた。


「ロルフ君、このまま二人であのヒドラを倒すわよ。あなたがなりたいと思う一番強い人の姿を──自分がその人になることを、頭の中でイメージして。この宝玉はね、持ち主の願いに応えて強さを与えてくれる、奇跡の魔道具なの」


「僕が……なりたいと思う……?」


「そう」


 ロルフの言葉に大きくうなずくフィアナ。

 この時、フィアナとリーサが考えていたのは、ロルフをフィアナの姿に変えて、彼の強さをフィアナの位にまで高めることだった。

 ロルフはフィアナの強さにあこがれている。ならば、彼に念じさせて彼をフィアナに変身させれば、二人分の強さとなってヒドラも倒せるのではないか。

 そんな思いとともに、フィアナはロルフに寄り添う。


「さぁ、ロルフ君!」


「は、はいっ!」


 フィアナの呼びかけに、ロルフは緊張しつつも覚悟を決めた声で返す。

 同時に、さらなる光が彼の身体を包んでいく。

 しかし、両眼を閉じ、思い描く姿を頭の中で念じたロルフは──光の膨張とともにその背丈を、フィアナ以上のものにさせていった。


「あ、あれっ……? ろ、ロルフ君……!?」


「ど、どういうこと……?」


 瞠目するフィアナとリーサ。

 背丈だけではなかった。ロルフの体格はがっしりと筋肉がついた大人の男性のものに。

 髪は伸び、服装は物語に出てくる勇者のような鎧を着込んで。

 けれど、見知った人間ではない。あえて言うなら、それはロルフ本人をそのまま成長させて、フィアナの外見年齢と見合うようにした──そんな感じの青年の姿だった。


「だ……誰……?」


 フィアナは思わず尋ねる。ロルフは少し照れたような声で「あの、僕ですけど」と答えた。


「僕──ずっと思ってたんです。助けてくれたフィアナさんのように強くなりたい。大人になったら、フィアナさんを守れるくらいの男になりたいって。だから、大人になった強い自分の姿を念じてみたんですけど……あの……ダメだったでしょうか……?」


「あ……そっちなんだ……。え、ええと……」


 どこでどう伝え間違ってしまったのか。その方向性は想定していなかった。

 とはいえ、強さ的にはこれならお釣りが来るぐらいである。

 何故なら、「フィアナを守れるくらいに強く」、それは言い換えれば、フィアナよりも強いということなのだから。


「フィアナ! 攻撃来る! よけて!」


 瞬間、リーサの声に思わずハッとなり、前に向き直る。

 しかし、それより早くロルフは手にしたフィアナの剣を振り、ヒドラの攻撃を跳ね返した。


 ──ズバァッ!


「す……すごい……」


「蛇の首、全部斬ってしまった方がいいですよね。このまま一気にいきます──つかまってて下さい!」


 ロルフは左手でフィアナを抱えると、空高く跳躍した。

 そして、彼は宙空の頂点で右手の剣を振りかぶり、一瞬にして九回、鋭い風の斬撃を目下のヒドラへと繰り出した。


 ザザザザザザンッ──!


 すべての首を切断され、蛇はあっけなく絶命する。

 ロルフは自重を感じさせない軽やかさで着地して、抱えていたフィアナをゆっくりと地面に下ろした。


(か……かっこいい……)


 思わず見惚れてしまうフィアナに、ロルフは剣を差し出す。


「あの……ありがとうございました、フィアナさん」


 そう言いながら、元の可愛らしい十一歳の姿に戻っていくロルフ。

 何に対しての礼か判然とせず、フィアナはきょとんとする。

 少年は少しはにかみながらも、彼女に向って言葉を続けた。


「さっきも言った通り、僕……ずっとフィアナさんを守れるぐらいの男になりたかったんです。だから、魔道具の力を借りてではあるけど……こうして少しでもお役に立てたこと、嬉しかったから……」


 ああ、そういうことかとフィアナは理解する。

 彼女は優しい笑みをロルフに向け、少年から剣を受け取った。


「何言ってるの。役に立つどころか、本当に守ってくれたじゃない。お礼を言うのはこっちの方よ。ありがと、ロルフ君」


 フィアナは少年の頬に軽くキスをする。

 ロルフはポッと顔を赤らめる。

 ただ、すぐに呆けた表情を消すように首を振り、続けてフィアナを見上げると、彼は決意の瞳でこう言った。


「あの、僕、今はまだまだですけど……いつかきっと、自分の力でフィアナさんの隣に立ってみせます! あなたよりも強くなって、あ、あなたを迎えに行きますから! だ、だから、その時は……僕と…………その…………け、結婚、してくれませんか! 僕でいいとフィアナさんが思うなら!」


「えっ」


 と、フィアナは声を漏らす。


「……」


「……」


「ちょちょちょちょ──ちょっと待って!」


 数秒の沈黙の後、我に返って慌てふためくフィアナ。

 本日二度目の想定外。ロルフが自分のことを慕ってくれているのは知っていたが、まさか一足飛びでプロポーズされるとは──というか、彼が自分と結婚したがっているなどとは思ってもみなかった。


「え、ええとね……気持ちは嬉しいんだけど、あたしこれでも五十五歳なのよ? ロルフ君とは年が離れすぎてるっていうか──」


「エルフだからですよね。わかってます。エルフの五十歳は、人間だとまだ二十歳くらいだってことも」


「ああ、いや、そうなんだけど……ていうか、ロルフ君だって、まだ十歳そこらじゃない! こういう告白はもっと大きくなってからするべきで──」


「だから、あなたよりも強くなったら迎えに行くって言ったんです。それまで、待ってて欲しいんです!」


「で、でも、あたしなんかより若くてまともで、可愛い人間の女の子なんか、世間にはいっぱいいるでしょう? ロルフ君はそういう子とお付き合いした方がいいと思うんだけど……」


「僕は、フィアナさんがいいんです! 本当だったら、今すぐにでもフィアナさんをお嫁さんにしたいくらいで……。こ、これでも、我慢してるんですから!」


(えええええぇ~~……!?)


 この子……見た目に反してなかなか強引だ。フィアナはロルフの意志の強さに少し引きながら、ずっと夢だった「お嫁さん」という言葉に後ろ髪を引かれてしまう。


(うぅぅ……でもぉ……)


「いいじゃないのー! オッケーしてあげたらー? どうせ他に結婚の予定もないんでしょー!?」


 そこで、観客席から失礼な声がかかる。

 何を無責任なと振り返り見上げると、冷やかしの声の主はリーサだった。

 そして、リーサに同調して、他の観客たちも彼女同様二人をはやし立てる。


「いよっ、レジェンドチャンピオンもついに年貢の納め時ときたもんだ!」


「こりゃあいいや! 最強エルフを落としたのは、意外や意外、可愛らしい少年でしたってか!」


「あーあ、俺も先に告っとけばよかったかなー。ともかく二人とも、おめっとさん!」


「えええ、ちょ、ちょっとみんな……!」


 客席にいるのはほとんどが男だったが、意外にもほぼ全員の声がフィアナとロルフを祝福し、彼らの背中を押すものだった。

 各々の声に拍手が重なり、それは大きな歓声となっていく。


(……どうして皆で一斉に外堀埋めてくるのよ! こんなの、断るに断れないじゃない……!)


「……あの、フィアナさん……」


「えっと……ロルフ君」


「はい」


「あ、あたしより強くなるとか、そういうのはいいの。別に、強い男じゃなきゃ嫌だなんてことはないから。それよりも、一つだけ条件を付けさせてもらっても……いいかしら?」


「条件……それは、どういう……」


「……十年、ううん、あと七年待って。ロルフ君が十八歳になって、まだあたしのことを好きでいてくれたら、その時にあたしをお嫁さんにしてくれる? それまでに、もしかしたら、もっと素敵な女性が見つかるかもしれないでしょ。あたしと結婚するのは……万が一、そんな女性が現れなかった時でいいから」


「ありえません! フィアナさんより素敵な女性なんて!」


「即答っ!?」


「七年は……ちょっと長いかなって思うけど……わかりました。僕、待ちます。大人になるまで……なってからも、ずっとフィアナさん一筋でいますから! その時はよろしくお願いします!」


 少し不満そうな表情ながらも、ロルフは期待のまなざしでフィアナにうなずいた。

 そして、彼は観客席をぐるりと見渡して、聴衆たちに一礼する。

 それは応援してくれた皆への感謝の意思表示。

 コロッセオの観客たちはその礼を受けると、より大きな歓声を二人へと送った。


(……うーん……よ、良かったのかなぁ……? こんな良い子に思われるのは、悪い気はしないけど……。なんだか、流されるまま受け入れちゃったような……)


 心の準備もできないうちに告白されたことで、フィアナはほんの少しだけ逡巡してしまう。

 けれど、輝きに満ちたロルフの瞳を曇らせる気にはなれず、「まあいいか」と、彼に対して微笑みを返したのだった。








 ──そして、いつもフィアナがリーサと飲む、行きつけの地下酒場にて。


「……ねぇ、フィアナ。そういえば『十八まで待って』って言ってたけど、あれってよく考えたら意味のない条件じゃない? 実際に結婚できる年齢も十八からなんだから。あたしとしては面白いからいいんだけどさ、結局、あの子に言質を取らせただけのような……」


「……あ」


 ポロリとこぼした友人の言葉に、フィアナは思わず口に手をやったのだった。



<おわり>

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純白ウェディングビキニエルフ、ただいま婚活中! 龍田たると @talttatan2019

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