第6話 沈黙の街と最後の鍵

空と夏油は、新たな目的地である**「沈黙の街」**にたどり着いた。この街は、かつて繁栄していたものの、数年前から急に人々が消え、完全に廃墟と化したと言われている。


街の入口に立った空は、周囲を見回して眉をひそめた。「何だ、この静けさ……まるで時間が止まっているみたいだ」


「気を抜くな、空」夏油が鋭い目で辺りを警戒する。「ここには何かが潜んでいる。呪霊だけじゃない、人間の意思が混ざった何かだ」


二人は慎重に歩を進める。壊れた建物、放置された生活用品、錆びついた街灯――すべてが時の流れを拒むかのように静止していた。


「何も動いていないのに、何かに見られている気がする」空が呟く。


夏油は短く頷いた。「ああ、俺もだ。この街そのものが何かの意思を持っているようだ」


空は街を進む中で、ふと立ち止まった。視界の中に、かつて見た夢の光景が重なったのだ。


「ここ……夢で見た。俺がこの街で何かを変えようとした場面だ」


夏油が空の顔を見つめる。「それで、何を変えた?」


空は首を横に振った。「覚えていない。だけど、この街に俺の選択が関わっているのは間違いない」


その時、不意に風が吹き抜け、遠くからかすかな声が聞こえてきた。


「――お前の選択がこの街を滅ぼした」


その声に、空は振り返ったが、誰の姿も見えない。


「聞こえたか?」空が夏油に問いかける。


「ああ……だが、それは単なる幻聴じゃない。この街そのものが、お前に問いかけているんだ」


二人が街の中心部にたどり着くと、巨大な広場が広がっていた。その中央には、黒い石碑のようなものが立っている。石碑には無数の名前が刻まれていた。


空は石碑に近づき、その中に見覚えのある名前を見つけて息を飲んだ。


「……詩?」


妹の名前が石碑の中に刻まれていた。それを見た瞬間、空の頭の中に夢の断片が蘇る。


回想


かつて空は、この街で一つの選択を迫られていた。呪霊に囚われた多くの人々を救うか、妹だけを救うか――その二択だった。

空は迷った末に、詩を優先し、この街の人々を見捨てた。結果、呪霊が暴れ回り、街全体が崩壊した。


空は膝をつき、震える声で言った。「俺が……この街を滅ぼしたのか……」


夏油は石碑を見上げながら静かに言った。「その選択を後悔しているのか?」


「後悔……してる。でも、詩を選ばない未来なんて俺には想像できなかったんだ」


空の言葉に、夏油は短く頷いた。「なら、その選択を背負え。それが正しいかどうかなんて、誰にもわからない。ただ、俺たちは進むしかない」


その時、広場の空間が歪み、フードの男が再び現れた。背後には、仮面の仲間たちも控えている。


「遠野空。再びここに来たということは、君がまだ選択を続ける覚悟を持っている証だ」


空は立ち上がり、フードの男を睨んだ。「俺はもう迷わない。何があっても俺が選んだ未来を守る!」


フードの男は冷たく笑った。「その言葉が本物かどうか、試させてもらおう」


彼の手が動くと、空間に新たな幻影が現れた。それは、空がかつて救えなかった街の人々の姿だった。


「彼らを見ろ。君の選択によって滅んだ者たちだ。それでも、君はまた選び続けるのか?」


空は力強く頷いた。そして、静かに言葉を紡いだ。


「選ばなければ何も守れない。だから俺は、何度だって選ぶ。たとえその代償がどれほど大きくても!」


その言葉に、フードの男は一瞬沈黙したが、再び微笑んだ。


「ならば、その覚悟を示してみせろ」


空間が歪み、巨大な呪霊が現れる。それは街を崩壊させた元凶であり、空がかつて倒せなかった存在だった。


「こいつが最後の試練か……!」空が拳を握りしめる。


夏油が静かに隣に立つ。「一人じゃない。お前の力と俺の力で、この街に新しい未来を刻もう」


「ありがとう、夏油さん。絶対に負けない!」


二人は巨大な呪霊に向かって駆け出した。これまでのすべての選択が試される決戦が、今始まろうとしていた――。


巨大な呪霊がその異形の姿をあらわにし、周囲の空間を歪めていく。無数の触手が伸び、街の残骸を巻き込みながら二人に襲いかかる。


「空、右だ!」夏油が鋭い声を上げる。


空は未来のビジョンを利用し、その攻撃を間一髪でかわす。「ありがとう、夏油さん!こいつ、動きが読みにくい!」


夏油は冷静に呪霊を操りながら応戦する。「この呪霊、ただの化け物じゃない。この街の怨念そのものだ」


呪霊の触手が再び二人を狙う。夏油は即座に呪霊を召喚して防御を固め、空がその隙に呪霊の弱点を探る。


空は再び未来のビジョンを見た。そこには、自分がこの呪霊を倒すために全力を尽くす光景と、その代償として自分の存在がさらに薄れていく未来が映し出されていた。


(これが……俺の選ぶ未来なのか?)


空は心の中で葛藤しながらも、次第に覚悟を固めた。


「俺が消えたとしても、この街を守る。これ以上、俺の選択で誰も失わせない!」


その決意を胸に、空は夏油に叫んだ。「夏油さん、最後の一撃を俺に任せてくれ!」


夏油は一瞬驚いたが、すぐに頷いた。「わかった。ただし、絶対に死ぬなよ!」


夏油が呪霊を完全に拘束するために全力を注ぎ、その間に空は呪霊の核心部へと突っ込んでいく。触手が彼に向かって襲いかかるが、未来のビジョンを使いながら、すべてを回避して進んでいく。


呪霊の中心には、不気味な赤い光を放つ核があった。それは、街全体の怨念を集約したような不気味な存在だった。


「これで終わりだ!」


空は全力を込めた一撃で核を貫いた。その瞬間、呪霊が断末魔の叫びを上げ、周囲の空間が崩壊し始める。


呪霊が消滅し、街に静寂が戻った。だが、空の体が再び透明になり始めていた。彼がその場に倒れ込むと、夏油が駆け寄る。


「空!おい、目を開けろ!」


空は微笑みながら夏油を見上げた。「これで……この街も守れたよな?」


夏油は拳を握りしめながら答える。「ああ、お前の選択は間違ってなかった。だが、ここで終わるつもりじゃないだろう!」


空は苦笑しながら小さく頷いた。「そうだな……でも、もう俺の存在が限界みたいだ」


その言葉に、夏油は顔を曇らせたが、静かに言った。


「消えたとしても、お前が選んだ未来は続く。俺がそれを証明してやる」


その時、石碑の方から不思議な光が広がり始めた。街全体を包み込むように優しい光が広がり、周囲が柔らかな風に包まれる。


空の体もその光に包まれ、透明になりかけていた姿が少しずつ戻り始めた。


「これは……?」


空が驚くと、光の中から詩の姿が現れた。彼女は静かに近づき、涙を浮かべながら言った。


「お兄ちゃん、いなくならないで……お願いだから、私を一人にしないで!」


その言葉に、空の体が完全に戻り、光が消えていった。夏油が静かに呟いた。


「妹の想いが、お前を現実に繋ぎとめたんだな」


空は立ち上がり、詩を抱きしめながら静かに言った。


「俺は選び続ける。この手で未来を紡いでいく。それが俺に与えられた唯一の役目だから」


詩は涙を拭いながら頷いた。「お兄ちゃんが選んだ未来なら、どんな未来でも一緒に歩むよ!」


その言葉に、夏油も微笑んで空に肩を叩いた。「やるじゃないか。これからも俺が後ろを守る。安心して選び続けろ」


街に再び平穏が戻り、空と夏油は次の目的地へと歩き出す。フードの男たちの姿は見えないが、その影が再び迫っていることを二人は感じていた。


「夏油さん、次はどこに向かう?」


「決まってる。お前が選んだ未来が導く場所だ」


空は力強く頷き、再び歩き出した。その背中には、迷いを振り切った強い覚悟が宿っていた。


空と夏油は静寂に包まれた道を歩いていた。これまでの旅の疲労は感じられたが、二人の足取りは迷いがなく、目指すべき場所に向かって進んでいた。


「次はどこに行く?」空が問いかける。


夏油は遠くを見つめながら答えた。「フードの男たちの本拠地……おそらく、そこが最後の場所になる」


空はしばらく黙っていたが、やがて強く頷いた。「これ以上、選択を強制されるのはごめんだ。自分の未来は、自分で決める」


「それでいい。それが、お前の強さだ」


二人は静かに視線を交わし、さらに奥深くへと進んでいった。


やがて、彼らは巨大な黒い城のような建物にたどり着いた。その門の前には、フードの男が一人立っていた。これまでのどの場面よりも、その姿ははっきりとした威圧感を放っている。


「遠野空、夏油傑……ようこそ、私たちの領域へ」


空は男を睨みつけた。「もうお前たちの誘いに乗るつもりはない。ここで全てを終わらせる!」


フードの男は冷たく笑みを浮かべた。「終わらせる?君の選択はまだ始まったばかりだ。この先に待つのは、全ての選択の頂点だ」


「どういうことだ?」


男は手を一振りし、背後の門を開いた。「中に入ればわかる。君の力、その本当の意味を」


空と夏油は警戒しながらも、一歩ずつその門をくぐった。


門の奥には、巨大な円形の空間が広がっていた。中央には黒い玉座があり、そこにフードの男が静かに座った。そして彼の左右には、これまで現れた仮面の仲間たちが立っている。


「遠野空、君の力がいかに特別か、まだ君は理解していないだろう」


「俺の力がどうだって言うんだ?」


「未来を見る力……それはただの予知ではない。この世界そのものを再構築できる力だ」


その言葉に、空は驚きを隠せなかった。「再構築……?」


「そうだ。君が選択するたびに、世界は変わる。だが、その力を完全に使いこなすには、ある条件が必要だ。それが……」


男は手を挙げ、空の周囲に光の幻影を浮かび上がらせた。それは、空がこれまでに選んだ未来の分岐点を示していた。


「この全ての選択を統合すること。すべてを繋ぎ、ひとつの未来に収束させることだ」


空は拳を握りしめながら答えた。


「すべての選択を統合してひとつにする?そんなものは俺の力じゃない。俺は、ただ一つ一つの選択に全力を尽くす。それでいいんだ!」


フードの男は微かに笑いを浮かべた。「それができるなら、見せてみろ。君の選択がどれほどの未来を導くか」


その言葉とともに、仮面の仲間たちが動き出した。それぞれが異なる能力を持ち、空と夏油に襲いかかる。


「空、まずはこいつらを片付けるぞ!」


夏油が呪霊を操り、敵の攻撃をかわしながら反撃する。一方で空は、未来のビジョンを使い、仮面の男たちの動きを先読みして戦いを進める。


戦いは激しさを増し、空間そのものが歪んでいく。フードの男はその中心で静かに状況を見守っていた。


「さあ、遠野空。君が選び続けた未来、その力を見せてもらおう」


戦いが続く中、空は再び未来のビジョンを見た。だが、今回はこれまでと違っていた。無数の分岐が同時に見え、それらが交錯している。


(これは……?未来が一つにまとまろうとしている……?)


空はその中で、一筋の光を見つけた。それは、自分がすべてを守り抜く未来だった。


「これが、俺の選ぶ未来だ!」


空は全力を振り絞り、そのビジョンに従って動き出した。その動きは、敵のすべての攻撃を無効化し、夏油の呪霊との連携を完璧なものにした。


「空、今だ!」


夏油の声に応じて、空は最後の力を込めた攻撃を放つ。それは仮面の男たちを次々に打ち倒し、ついにフードの男のもとへとたどり着いた。


フードの男は、倒れた仲間たちを見下ろしながら、静かに立ち上がった。


「君の選択は、確かに強い。だが、君が選んだ未来が、すべての人を救うわけではない」


「それでもいい。俺は、自分が選んだ道を進むだけだ!」


フードの男は目を閉じ、微かに笑った。「ならば、その未来を見せてくれ」


空は静かに頷き、夏油とともに最後の一歩を踏み出した。その先に待つのは、世界そのものを揺るがす運命の終焉だった。

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