第4話 妹との再会とさらなる試練
空と夏油は新たな街にたどり着いた。それは霧に包まれ、どこか現実離れした静寂が漂う場所だった。瓦礫や荒廃した景色が続く旅とは異なり、この街はどこか人の温もりが残っている。
「ここは……」空が足を止める。
「お前が見た夢の中にあった場所か?」夏油が問いかける。
空は頷いた。「ああ。この街には、俺の妹がいるはずだ。夢で何度も見た」
その言葉に夏油は興味深そうに目を細める。「そうか。なら、その妹に会いに行くとしよう」
空は期待と不安が入り混じった感情を胸に、街の奥へと歩みを進めた。
街の一角、小さな病院のような建物の前で空は足を止めた。夢の中で見た場所そのままだった。空が扉を開けると、奥の部屋に幼い頃と変わらない妹の姿があった。
「詩(うた)……!」
空が声をかけると、少女は振り返った。だが、彼女の目には困惑の色が浮かんでいた。
「……あなた、誰?」
その言葉に空の心が凍りついた。何度も覚悟していたはずの言葉だったが、それを実際に聞いた瞬間、胸の奥が引き裂かれるような感覚に襲われた。
「詩、俺だよ。空だ。お前の兄だろ?」
詩は首をかしげた。「お兄ちゃん……?違うよ。私のお兄ちゃんは、もうずっと前に……」
詩の言葉は途中で途切れた。彼女の表情に戸惑いと悲しみが浮かび、言葉を続けることができなかった。
その様子を見ていた夏油が静かに歩み寄り、空の肩に手を置いた。「彼女の記憶からお前が消えた。それでも、ここに来たのはお前だ。これが何を意味するか、わかるか?」
「俺が、無理に未来を変えようとしたから……?」
夏油は首を横に振った。「いや、そうじゃない。お前の力には、未来だけでなく人の記憶や存在そのものに干渉する力がある。彼女に再び自分の存在を刻み込むことも、可能かもしれない」
空は驚いた。「それって、本当にできるのか?」
「簡単なことではない。だが、そのためにはまず彼女を危機から守ることだ」
その瞬間、建物全体が揺れ、外から轟音が響いた。空と夏油が外へ飛び出すと、巨大な呪霊が街の中心部に現れ、人々を襲っていた。
「こんな時に……!」空が拳を握りしめる。
夏油は静かに空を見た。「守るべきものがあるなら、迷うな。戦え」
空は頷き、夏油とともに呪霊へと向かっていった。
戦いの中、空は自分の力を最大限に使い、未来の映像を何度も繰り返し見た。だが、未来を変えれば変えるほど、空の体は重くなり、意識が遠のいていく。
「まだだ……俺は倒れるわけにはいかない!」
空は最後の力を振り絞り、呪霊の動きを完全に読み切った。そして夏油と息を合わせ、呪霊の中心部に一撃を叩き込む。
「これで終わりだ……!」
呪霊は断末魔の咆哮を上げ、霧散した。
6. 妹の記憶に刻まれる存在
戦いが終わり、空は再び詩のもとへ戻った。彼女は震える手で空の頬に触れ、静かに呟いた。
「……お兄ちゃん?」
空の目に涙が浮かんだ。「覚えてくれたのか?」
詩は頷き、泣きながら空に抱きついた。「お兄ちゃん、ずっと探してたんだ……!」
その瞬間、空は自分の存在が再び彼女の中に刻み込まれたことを確信した。そしてそれが、自分が戦い続ける意味を再確認するきっかけとなった。
二人の再会を静かに見守っていた夏油が口を開いた。
「やるじゃないか。お前の力、使い方次第ではまだ多くの人を救えるかもしれないな」
空は微笑みを浮かべながら答えた。「ありがとう、夏油さん。俺、まだやれる気がするよ」
夏油はその言葉に静かに頷いた。「そうだ。それでいい」
こうして空と夏油は、新たな決意を胸に次の目的地へと歩みを進める。だがその背後では、空の力に引き寄せられるさらなる脅威が静かに迫っていた。
呪霊との戦いを終え、空と夏油は小さな宿で一夜を過ごしていた。詩は隣の部屋で休んでいる。疲労困憊のはずなのに、空は眠れずに窓際で星空を見つめていた。
「未来を変えられる力……それが俺にとって何を意味するのか、本当にわかってるのかな」
空は自問しながら、これまでの出来事を振り返る。妹の記憶を取り戻せたことは喜ばしいが、自分の存在が消えつつある事実が頭を離れなかった。
「本当にこのままでいいのか……?」
その時、不意に背後から夏油の声がした。「悩んでいるのか?」
空は振り返り、少し気まずそうに笑った。「まぁ、いつものことだよ」
夏油は静かに窓際に近づき、夜空を見上げた。「悩むのは悪いことじゃない。俺も、毎日がその繰り返しだった」
空は少し驚いた。「夏油さんでも?」
「ああ。俺はずっと、自分の選択が正しかったのかどうかを考え続けている」
夏油の瞳には、遠い記憶が映っているようだった。
「でも、結局は自分が信じた道を歩くしかない。それが正しかったかどうかを決めるのは、俺じゃない誰かだ」
その言葉に、空は少しだけ安堵を感じた。「ありがとう、夏油さん。少し楽になった気がする」
夏油は微かに笑みを浮かべたが、その目には隠しきれない憂いが残っていた。
その静寂を破るように、宿の扉がノックされる音が響いた。時刻は真夜中。二人は顔を見合わせ、警戒しながら扉を開けた。
そこに立っていたのは、黒いフードを被った謎の人物だった。その顔は影に覆われており、表情は見えない。ただ、低い声が闇の中から響いた。
「遠野空。ようやくお会いできましたね」
空は思わず身構える。「お前は……誰だ?」
「名乗るほどの者ではありません。ただ、あなたの力を見極めたいだけです」
その声はどこか冷たく、底知れぬ威圧感を帯びていた。夏油が一歩前に出て、敵意を露わにする。
「何のつもりだ?空に何の用だ?」
「彼の力を試させてもらうだけです。もちろん、拒否することもできます。ただし、その場合は――」
フードの男は手をかざし、宿全体を覆う呪力を放った。建物全体が軋み、人々の悲鳴が遠くから聞こえる。
「ここにいる全員を呪いで覆い尽くすことになるでしょう」
空は歯を食いしばった。「やめろ!」
男は静かに頷く。「では、私と向き合っていただけますね?」
宿の外に誘導されると、夜の闇の中に奇妙な空間が広がっていた。月明かりも星の光も届かない、漆黒の闇。そこに立つフードの男が再び口を開いた。
「遠野空。あなたの力で私を超えてみせなさい。そうでなければ、あなたの存在は完全にこの世界から消えるでしょう」
空は拳を握りしめた。「俺の力を試すだって?お前に利用されるつもりはない!」
男は静かに笑った。「これは利用ではありません。あなた自身の選択を見せていただきたいだけです」
その言葉とともに、男が手を振ると、闇の中から無数の呪霊が現れた。それらは全て、空が夢で見た過去の場面に登場した呪霊たちだった。
「これは……?」
「あなたの過去が作り出したものです。あなたがどれほど未来を変えられるか、試してみなさい」
空は戦慄を覚えたが、隣に立つ夏油が静かに声をかけた。「行け、空。俺が後ろを守る」
その言葉に勇気をもらい、空は前へと踏み出した。
空は次々と現れる呪霊と対峙し、未来を見る力を使いながら戦いを進めた。しかし、その呪霊たちは単なる敵ではなく、空がこれまで救えなかった人々の姿を模していた。
「お兄ちゃん、どうして助けてくれなかったの?」
幼い少女の姿をした呪霊が空に問いかける。その声に、空の動きが止まった。
「俺は……助けたかった。でも、できなかったんだ」
空は呟きながらも、その手に力を込め、呪霊を断ち切った。
「過去の後悔に囚われるな、空!」夏油が背後から叫ぶ。
「わかってる!でも……」
次々と現れる過去の幻影に、空は心を揺さぶられながらも必死で抗い続けた。
全ての呪霊を倒し終えた時、空は膝をつき、肩で息をしていた。フードの男が静かに拍手をする音が闇の中に響いた。
「見事です、遠野空。あなたの力は確かに素晴らしい。だが、その代償は大きい」
「代償……?」
「あなたの存在はますます薄れていく。いずれ、あなたの大切な人たちですら、完全にあなたを忘れるでしょう」
その言葉に、空の顔が青ざめた。妹の記憶が戻ったばかりだというのに、その未来をまた失うかもしれないという恐怖が襲ってきた。
「くそっ……!」
夏油が男に向かって一歩前に出た。「こいつに手を出すな。これ以上、空を追い詰めるなら俺が相手になる」
男は静かに首を横に振った。「私が欲しいのは戦いではありません。遠野空の成長を見届けることです」
そう言い残し、男は闇の中へと消えていった。
戦いが終わり、空は地面に座り込んだ。夏油が隣に腰を下ろし、ぽつりと言った。
「お前は本当に、不思議な奴だな」
空は疲れた笑顔を浮かべた。「俺だって、自分のことがよくわからないよ」
「でも、一つだけ言っておく。どれだけお前の存在が薄れたとしても、俺はお前を忘れない」
その言葉に、空の目に涙が浮かんだ。「ありがとう、夏油さん」
二人はしばらく言葉を交わさず、夜空を見上げていた。その空は、これから訪れるさらなる試練を予感させるように、どこまでも暗く広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます