第2話 呪霊との戦いと信念の衝突
荒野を駆ける空と夏油。背後からは、巨大な呪霊が地響きを立てながら迫ってくる。その姿は不気味で、無数の触手と歪んだ顔を持つ怪物だった。夜闇の中で、呪霊の目だけが血のように赤く光っている。
「でかいな……」空が息を切らしながら言う。
「これほどの呪霊が、ただの荒野にいるわけがない」夏油が呟くように言う。その瞳には、わずかに苛立ちの色が見える。
「どういうことだ?」
「お前だ、空。その力がこの呪霊を引き寄せたんだろう」
その言葉に、空は思わず足を止めた。「俺のせいだって言うのか?」
夏油は振り返らずに、冷静に続けた。「お前の未来を夢に見る力は、ただ予知するだけじゃない。未来そのものを揺るがせている。それが呪霊にとってどれだけ強い刺激になるか、わからないわけじゃないだろう?」
空は言葉を失い、拳を強く握りしめた。「それでも……俺は戦う。これ以上、誰かを危険に晒したくない!」
「その覚悟があるならいい。ただし――生き残れるならの話だがな」
夏油の冷たい言葉に、空は悔しさを噛み殺しながら頷いた。
二人は立ち止まり、背後から迫る巨大な呪霊に向き合う。夏油が手をかざすと、彼の背後に現れた黒い呪霊たちが蠢き始めた。それらは獣のような形態を取り、巨大な呪霊に向かって飛びかかる。
「俺の呪霊が相手を引きつける。その間にお前が弱点を探せ」
「わかった!」
空は夏油の指示に従い、瓦礫や岩を飛び越えながら呪霊を観察する。夢の中で見た光景を思い出しながら、未来の映像と現実を重ね合わせるようにして動いた。
しかし、呪霊の力は圧倒的だった。夏油の呪霊を次々と弾き飛ばし、触手を振り回して周囲を破壊する。その一撃が、空のすぐ近くに迫る。
「危ない!」
夏油の声が響き、空はとっさに身を伏せる。直後、巨大な岩が空の背後に砕け散った。
「俺の指示通りに動け。無駄な行動をするな!」
夏油の鋭い声に、空は無言で頷き、再び動き出す。心の中では焦りと苛立ちが渦巻いていた。
未来のビジョンが脳裏に閃く。巨大な呪霊の左胸にある不自然な輝き――それが弱点だ。
「左胸だ!そこが弱点だ!」
空が叫ぶと、夏油はすぐに呪霊たちを左胸に集中させた。巨大な呪霊が触手を振り回して応戦する中、空は瓦礫を駆け上がり、呪霊の懐へと飛び込む。
「おい、無茶するな!」
夏油が制止する声を上げるが、空は無視して前へ進む。
「これ以上、あんたにばかり頼っていられない!」
呪霊の左胸に向けて、空は拾った鉄の棒を渾身の力で突き刺した。しかし、呪霊の皮膚は異常に硬く、棒は弾かれるように折れてしまう。
「くそっ……!」
呪霊が空を狙って触手を振り下ろす。その瞬間、夏油の呪霊が間に割り込み、空をかばうように触手を受け止めた。
「お前一人で突っ込んでどうする。仲間を頼れ!」
夏油が怒鳴るように言い放ち、空を呪霊の攻撃から引き離す。その言葉に、空は初めて自分の焦りが無謀な行動につながっていたことを理解した。
「……すまない」
「謝るのは後だ。次は俺と連携しろ」
夏油が呪霊たちを巧みに操り、巨大な呪霊の注意を引きつける。その間に、空はもう一度弱点を狙うチャンスを伺う。今度は冷静に、夏油の動きと自分の役割を意識しながら動く。
「今だ!」夏油が叫ぶ。
空は全力で呪霊の胸に向かって飛び込み、鋭い岩片を突き立てた。今度は確実に呪霊の弱点を貫くことに成功する。
呪霊が苦しげな咆哮を上げ、その巨体がゆっくりと崩れ落ちる。空と夏油は呆然と立ち尽くし、やがて静寂が訪れる。
戦闘が終わり、空は地面に崩れ落ちた。息が上がり、手足が震える。
「……俺はまだ弱いな」
空が自嘲気味に呟くと、夏油が静かに言った。
「弱いのは仕方ない。それを知った上で、どう動くかが重要だ」
夏油は冷静な口調で続ける。「お前は一人で全てを背負おうとしすぎる。その結果、命を落とせば、誰も救えない。俺もかつてそうだった」
「……あんたも?」
「ああ。そして、俺は間違えた。だから、同じ間違いをお前にしてほしくないだけだ」
空は夏油の言葉に何かを感じ取り、小さく頷いた。
「わかったよ。次はあんたを頼る」
「それでいい」
夏油の言葉には、どこか柔らかさが含まれていた。それは、彼が過去の自分を重ね合わせながらも、空に何かを託そうとしているように思えた。
夜が明け始め、二人は荒野を進み始める。空は疲労と共に、心にわずかな希望を抱いていた。
「俺が未来を見られるのなら、あんたの未来も少しは変えられるかもしれない」
空の言葉に、夏油は微かに笑みを浮かべた。
「そうかもしれないな。なら、お前に賭けてみるさ」
こうして二人の旅は再び動き出す。彼らの行く先には、さらなる試練と奇跡が待ち受けている――。
戦闘から数日後、空と夏油は小さな山間の村にたどり着いた。木造の古びた家々が並ぶその村は、自然に囲まれ、穏やかな空気が漂っている。だが、二人はその静けさの裏に不穏な気配を感じ取っていた。
「ここ……嫌な感じだな」空が呟く。
「間違いない。この村には呪霊が潜んでいる。ただ、普通の呪霊ではなさそうだ」夏油が冷静に周囲を見渡す。
村人たちは姿を見せず、窓から外を覗く者の顔には怯えの色が浮かんでいた。二人が進むたびに、視線がそっと消える。
村の広場にたどり着くと、一人の老人が待っていた。やせ細った体に古びた着物をまとい、杖をついた老人が震える声で話し始めた。
「助けてくだされ……呪いが、村を蝕んでおります。あの山の中から現れる呪霊が、村人を一人また一人と奪っていくのです」
空は老人に近づき、静かに問いかけた。「その呪霊は、どんな姿をしていましたか?」
老人は顔を伏せ、震える声で答える。「……それは、人の形をしておりました。だが、その顔は……愛する者の姿をしておりました」
その言葉に、空は動揺を隠せなかった。未来を夢に見る能力を持つ彼には、これまでの夢の中で何度も見た光景だったからだ。
「愛する者の姿をした呪霊……」空が繰り返す。
「興味深いな」夏油が低く呟く。「呪霊が愛する者の姿をとるとは、ただの呪いではない。そこには人の強い執着が絡んでいる」
空は夏油の言葉を聞きながら、拳を握りしめた。「その呪霊を倒せば、この村は救われるんだな?」
老人は震える声で頷いた。「どうか、お願いします……」
二人は村の指示に従い、呪霊が現れるという山道を登っていく。道中、空はこれまでの戦いを思い出していた。
「愛する者の姿をした呪霊か……もし俺の前に、妹の姿をした呪霊が現れたら……」
空の心に迷いが生じ始めた。これまで彼は妹を守るために戦ってきたが、その妹が呪霊の姿をして現れたらどうするべきか、答えが見つからなかった。
夏油はそんな空の表情に気づき、静かに言った。「迷うな。呪霊は呪霊だ。その姿が何であれ、呪いを断つのが俺たちの役目だ」
「わかってる。でも、もしその姿が……」
夏油は足を止め、空に向き直った。「お前の選択次第だ。それをどう受け止めるか、誰にも押し付けられるものじゃない。俺もそうだった」
空は夏油の言葉に戸惑いつつも、覚悟を決めるしかないと感じた。
山の奥深くで、二人はついに呪霊と対峙した。それは美しい女性の姿をしていた。その顔は、空には全く知らない女性に見えたが、夏油の表情が一瞬変わるのを見逃さなかった。
「……夏油さん、知ってるのか?」
夏油は答えず、呪霊に一歩踏み出した。呪霊は微笑みながら、柔らかい声で話し始めた。
「傑……ずいぶん久しぶりね」
その声に、空は驚きの色を浮かべた。夏油の名前を知っている――それは、ただの呪霊ではない証拠だ。
「お前は……どうしてここにいる?」夏油が低く問う。
呪霊は微笑みを崩さず、夏油に向かって手を伸ばす。「私を忘れたの?あの日、あなたが守れなかったあの子たちの一人よ」
その言葉に、夏油は苦悶の表情を浮かべた。彼の過去に絡む呪いが、ここで形を成して現れたのだ。
呪霊は、夏油の心の奥底を抉るように言葉を続けた。「あなたのせいで私は死んだ。あなたがもっと早く来てくれていたら、私はこんな姿にならなかった」
夏油は拳を握りしめた。「それが俺の罪だと言うのなら……俺が背負おう」
空は一歩前に出た。「違う!夏油さんのせいじゃない!呪霊は嘘をついてるだけだ!」
夏油は動かない。その心の中で、かつて守れなかった子供たちの姿が蘇っていた。
「……俺がこの手で終わらせる」
夏油が呪霊に向かって手を伸ばすと、彼の背後から黒い呪霊たちが次々と現れ、襲いかかった。
呪霊も抵抗し、二人は激しい戦いに突入した。その中で空は未来の映像を見て、戦況を読みながら夏油を援護する。
呪霊はついに消滅した。しかし、その最後の瞬間に呪霊が呟いた言葉が、二人の心に深く刻まれた。
「人間が抱える憎しみや後悔は、こんなにも美しいものなのね……」
呪霊が消え去った後、夏油は静かに目を閉じた。「俺の過去は消えない。でも、俺はこれからも進むしかないんだな」
空は夏油の隣に立ち、言った。「俺も、過去を背負いながら前に進むよ。妹を守るために、そして……あんたを助けるために」
夏油はわずかに微笑み、「助けられるほど弱くない」と返したが、その瞳には感謝の色が浮かんでいた。
二人は再び村へと戻る。その背中には、過去の傷を乗り越えるための新たな覚悟が刻まれていた。
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