この街で Ⅳ

 捕縛した共犯者の連行を頼むため、好葉はスカートのポケットからスマートフォンを取り出し、機関に連絡を入れた。こういう時などにブレザーを羨ましく思う。

 ゴーレスという闇の脅威も、今回それを対処したのが高校二年生の女子二人というのも、世間は知らないが、ただ公には明かされていないだけで、機関は迅速に回収を承る。好葉たち実戦員も、事後を引き継ぐ班も、共に政府の管轄下で、極秘裏に解消したいため話が早い。

 何より、まだ高校二年生とはいえ、好葉と小撫はゴーレス退治の実績を十分に積み上げている。この街を担当する機関の拠点で、二人の帰る家でもある由埜道場でも精鋭の扱いとなっているため、疑う余地もないほどの信頼を得ていた。


 ――この街の、華のように、踊る風。


 好葉も小撫も、持て囃されたいわけではない。好葉には重い野心があるが、小撫と共に任務へ赴くことができれば満足だった。

 女子高校生ながらも特筆して強く、身を顧みず意欲的に動ける二人は、誰であれ最後には認めざるを得なくなる。事実、過半数が大人の男性で構成されている由埜道場で、好葉と小撫は正に紅一点の存在。徒手が基本の中でも棒術と天性の腕を主な戦術としていることも二人を特別として際立たせている。

 小撫は、由埜道場を、この街の実戦員を預かる由埜家の一人娘であり、次期当主。

 好葉は、元はゴーレス退治どころか、格闘に触れる機会さえあり得ない平穏な場所に生まれた。

 二人は実力と実績を積むにつれて、危険な任務へ赴こうとも周囲から心配されることが無くなってきた。女子高校生を死地へ向かわせるなど……と、そもの話を疑う者が、二人の生活する世界では絶滅危惧種となっている。

 特に好葉にはゴーレスを追い求めなければならない個人的な事情があるため、特別に想う小撫と共にそれが実現できている戦いの日々にこそ青春の息吹を感じることができた。

「今回の相手も違ったようですね」

 事情を知る小撫は少し躊躇して、やはり問うことにした。

 好葉がスマートフォンを仕舞うタイミングを見計らったが、そんな些細な気遣いなどより、この話題は小撫の心からしても良いものではないから覚悟を要した。

「うん。さっきのお兄さん、並みのゴーレスだったでしょ? 『ゴーレム』とは全然違う」

「そうですか……」

 クラブを出ると、街は既に闇夜の中、ネオンやLEDの光で抗う頃となっていた。

 秋の風に心地良さより寒気が感じられると、陽が沈むのも早くなった。

 日常を脅かす悪魔など知らずに行き交う人の群れ。任務達成の充足もない。目の前での爆散が強烈に残る好葉の心は、遠い円月に反して曇り模様。

 いつもなら小撫とハイタッチするところだった。それを思い出し、慌てて掌を見せた。小撫も内心浮かず、相棒の掌をいつもより優しく弾いた。

 お決まりの勝利の儀なのだが、今は互いにやるせなく、気まずい。いつもは好葉が「イエーイ!」と声高らかにハイタッチを求め、ノリ次第で小撫に抱きついたり、頭を撫でにかかる場合もあるが、今夜の群衆は誰一人、はしゃぐ少女たちを目撃することはなかった。

 好葉には追い求めている仇がいる。君島もそれに連なる敵ではあったが、結局は半端なまがい物だった。

 またもハズレを引かされた不満と、格闘家としての信念がまだ残っていると見た相手が目の前で散ったオチ。好葉こそ負かされた気分だった。

 それも踏まえて今日は一段と違って映る。『仇』の話になると決まって悪鬼の形相に化ける好葉が、小撫は苦手だった。

 好葉の勘は戦闘に限ったものでもない。小撫は基本静かだが、現在の静けさの原因が自分にあると気付いた。慌てて「私が追ってるのはゴーレスじゃなくてゴーレムだから。お兄さんの態度からして違うと思ってたよ!」と必死に盛り上げる。

 しかし、そう言う好葉は、今も業火の中、かけがえのない人を目の前で惨殺した、全身がターコイズ色の宝石と化した仇敵の姿を、月を鏡として映し出していた。

 好葉がこの状態になるたびに小撫は、これだけ傍にいるのに、決して届かないほど遠く離れているように感じて、涙したい思いに駆られる。


 回収班が到着するまでの間、二人はクラブの前で待機する形となった。

 ピンク色の鈍器は合皮のケースに仕舞い、拘束したデブは入り口のすぐ傍。外から見えない位置に移したとはいえ気まずく、二人とも目のやり場に困っていた。

 特に好葉は限界だった。小撫に聞きたいことがあったため、それで気を紛らわせようとする。

「あー、仇の話はまた今度にしてさ。ちょっと気になることがあるんですけども……」

「好葉さま?」

 珍しくはっきりしない好葉に、小撫は首を傾げた。

 好葉は一瞥し、彼女に事故がなかったことを改めて喜びつつ、向かいの古びたペンシルビルに光る、紫色の看板に仰天、目線がどこにも落ち着かぬまま続けた。

「小撫が拉致されるところまでしか見えなかったんだけど、何か酷いこととかされてないよね? 確かキャリーケースが置いてあったはずだけど」

「はい。あの中に押し込められて、ここへ運ばれました。叫ぶのを防ぐために口を塞がれてしまいましたけど――」

「口を⁉」

「は、はい。あと目隠しも。変ですね。中は真っ暗ですし、私を狩るのが狙いなのに、そこを徹底する必要は――」

「目隠し⁉」

 代わりに叫ぶ相棒に驚き、小撫は肩を跳ねらせた。

「こ、好葉さま……?」

 小撫の困り眉に好葉はハッとした。

 同性ながらに互いを友愛以上の想いで見ている。特に好葉には、仮に恋情がバレたとしても、決してバレてはならない秘密の激情があるため、聡い小撫を恐れて平静を手探る。

「な、何でもない! 多分こだわりだと思うよ。猟奇犯罪者め、気持ちは分か……許せない!」

 少し漏れたが、清楚な小撫には悟れなかった。

 小撫は夜の街に目を向けて、それからゆっくりと目蓋を閉じ、まだ伝えていなかった言葉を口にする。

「好葉さま、感謝いたします」

「へ?」

「情報の通り、あの二人にも信念があり、好葉さまの心配に及ばず無傷でリングに上げられるも、結果、最後まで無傷で済みました。全ては好葉さまが間に合ってくれたおかげです」

「そんな、小撫こそ囮役なんて怖かったでしょ? 公にバレず対処するために敵の拠点を利用させてもらったけど、その分だけ小撫のリスクも高かったんだから、今回のMVPは小撫に決まってるよ」

「そのように、いつも優しく励ましてくれて、それでいて心も、戦う姿勢も逞しい貴女さまがいてくれるから、私も臆せず大胆な作戦に付き合うことができるのです」

「小撫……」

「好葉さま」

 潤む小撫の瞳は、僅か目線を下げる位置にある。

 相棒で、最も大切な存在から感謝と羨望の目を向けられては覚悟を迫られる。

(もう良いんじゃないかな……)

 好葉は向かいのいかがわしい看板を見直して思った。路上で女子が女子にチューするくらい、そこそこある光景じゃないの、と。

 コンッと、ケースに入れた棍を落とし、好葉は小撫の両肩に触れた。

 何てガラス細工。何て守り甲斐のある、尊い存在だろう。

 小撫は、触れられた瞬間は事態を把握できなかったが、今は密に感じる好葉に真っ直ぐ見つめられると、段々と頬の朱色を濃くしていった。

 もし、好葉がこのように愛を表してくれたら、受け入れる覚悟でいた。

 好葉もやってやるつもりだったが、小撫の奥から見覚えのあるトラックがこちらに向かってきていることに気付き、「もっと良いタイミングがあるはずだよね」と言って手を離した。


 引き継ぎを済ませると、二人は自然と家路を急いだ。

 途中、好葉は思い出してスマートフォンを取った。

「連絡入れとかないと」

姿すがたさまですね?」

「そう。夜間の任務のあとは連絡しろって。めんどくさー」

 言いながら親指で画面を動かし、じんのう姿すがたと表示された画面を耳へやった。

「自分はいつも家にいないくせにさ。平日は朝しか姿を見せないんだよ、姿だけに」

「フフ、それでもお二人は固い絆で結ばれているように見えますよ」

「そうかなぁ。よく揉めるけど。頑固だからさ、私も」

 小撫は気怠そうに眉を吊り上げる少女を慈しみ、微笑した。

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