この街で Ⅱ

 男たちは第二の少女を上から下まで観察した。

 グレーのセーラー服に、ハイソックスとローファー。

 この街からはみ出た高校の制服だ。見覚えがある。

 自信に満ちた円らな瞳、同じセミロングの黒髪だが毛先が跳ねている。大和撫子という言葉が似合う小撫と並べば男勝りとも取れた。

 小撫より描きやすい容姿の女子高校生が、実に分かりやすい宣戦布告を繰り出したことで、君島は、予想が悪くも当たり、良くも当たったのだと、込み上げてくる期待に口元が緩んだ。

 一方的なリンチなど、本来望むところではない。華奢で、荒ぶる姿が想像し難い小撫よりも全体的に少しだけ仕上がっているようだが、それでも自分と比べれば簡単に折れる細さだ。

 それでも不足とは思えなかった。

 小撫と同様、第二の少女も何かを秘めているのがひしひしと伝わってくる。

 タッグマッチみたく、遅れてやってきたセーラー服の少女とブレザーの少女がタッチを交わして入れ替わった。

 気にも留めず目の前を横切る乱入者に共犯者は何もできず、君島もそれを許した。

 棍が突き刺さったスピーカーはリングの真上にあり、セーラー服が照明を浴びると同時に落ちてきた。

 少女はそれを見もせず掴み、自在に弄ぶ。一本の棍がヌンチャクのように、荒ぶる蛇のようにも見え、デブは息を呑み、君島は愉快に笑った。

「誰でもいいがな、俺の前に立った以上はただでは済まさんぞ」

「小撫に説明されなかったの? 私たちが来たからにはおじさんたちこそお終いだよ」

「……お前たちは何だ?」

 さっさと殺し合いに移りたいが、これ以上のサプライズが無いのなら焦ることもないだろう。

 君島の思考は、ここに至る経緯のままに一貫していない。リング下の拉致被害者の尊顔さえ崩せていない体たらくというのに、自分とはこの程度の男なのだと自嘲している。

 それならせめて眼前の獲物くらいは確実に仕留めなければと思い、そして惑う。

 セーラー服の少女は冷めた目で敵の逡巡を見下げ、また戦意を滾らせた。

「予想はついてるんじゃないの?」

「まあな。だが、証明されなければ認められん」

「私がこの場所を特定できたのはね、小撫が囮になってくれたからだよ」

「……怪しいとは思っていた。無抵抗、お嬢様高の生徒ならそんなものだと割り切れるが、封を解いた後でさえ全く動揺していないのだからな。お前さんたち二人とも、殺す前に尋問の必要がありそうだ」

「私たちが何者かは、あなたの予想通りよ。だから脅しなんて通用しない」

 第一の少女と同じ、揺るぎない決意の眼差しだった。

 君島は怪訝な顔に変わる。これ以上の酔狂は命取りになる気もした。

「いつから気付いていた?」

「小撫が拉致される前から」

「馬鹿な、人気はなかった……はずだ」

「周囲に目を配るのはいいけど、この街には監視するポイントも隠れる場所も沢山あるんだから、細かく目を配るべきだったね。ま、GPSだけで十分に事足りたけど」

 失態を笑うようにスピーカーや照明の破片が君島の頭上に落ちてきた。

 慌てたのは安全席のデブだった。君島は眉間に皺を寄せ、裸の右腕を一度振るうだけで全て払いのけた。

 歴戦のファイターとはいえ、その威力は常軌を逸している。彼が異常である証明に他ならない。

「俺はこのクラブの主役だった。かつての栄光の時代の覇者だった。今は埃まみれの寂れた隠れ蓑だが、それでも俺はどうしてもこの場で獲物を狩る作業を止められない。これ以上の快楽は他にない」

「本能での狂暴。完全にゴーレスの傾向だよ。おじさんはまだ理性がある方だから、壊れる前に捕まってくれない?」

「お前は嫌な女だな。それが無理だから来たんだろ?」

 罪を自覚し、それでも立ち止まれない男の執念に呆れ、少女は溜め息を吐いた。

「ここに来たからにはもう逃がさん。俺の渇きを潤すために死ね小娘」

「小娘じゃない。私はそめこの

「俺は君島徹だ。知っての通り、もう後戻りができない……ゴーレスと呼ばれる意欲的廃人だ!」

 狩人たちが目を見開き、両手両脚に力を注ぐのは同時だった。


 デブがウイスキーの隣に置かれたゴングを鳴らし、直後に君島が突撃した。

 デブの視線がゴングからリング上の二人に切り替わる隙、残る一人が次の行動に移った。

 デブはすぐに気付いたが、ゴング後に騒ぎ立てるようでは自分までベアナックルの餌食にされるため、大粒の汗を垂らして焦燥するだけだった。

 君島も、時に拳を躱し、時に棍で弾く器用な獲物に手応えを感じつつ、もう一人がいなくなっていることに気付いていた。

 中断するつもりは毛頭ない。無粋にも奇襲を計り、二人がかりで襲ってこようとも、まとめてブン殴ればいいだけだからだ。

 期待通り、好葉が強敵で歓喜した。拳で確かめる前から度胸だけでなく力量も十分と予想し、線の細い女子高校生だからと侮ってはやられると弁えていた。

 君島はこれまで一度も情けや容赦をしてこなかった。事態が呑み込めない情弱にも、格闘未経験のカスにも、死ぬまで猛威を振るった。

 外見だけなら、この初居好葉が一番脆い。

 しかし、君島の拳は若くシミ一つない少女の頬を未だに裂けていない。

 手加減などしていない。実際、無傷とはいえ好葉も猛攻を躱すので手一杯で、反撃に転じる好機を見つけられずにいた。

 互いに舌打ち、恨めしく相手を睨み、次へ駆け出す。

 好葉は棍を駆使するために狭いリングを駆け回り、時にはロープを使い跳躍することもあるが、すぐに追いつかれ、攻撃に移れない。

 君島も好葉を中々捉えられず、優勢とは思えなかった。

 手練れとはいえ十代の女子なら、一発入れるか棍を弾き飛ばすだけで弱る。それが叶えば主導権を握れるに違いない。

 そう考えて、もう何度も空振りに終わっている。

 共に息が乱れてきた。特に君島は仕留める気で渾身の拳を何度も放っているため、発汗量だけが先を行っていた。消えたもう一人を探してウロウロしている協力者も目障りで、ストレスも散らずに溜まる一方。

 そんな、失くした栄光を更に錆びさせる格好となった男を嘲笑うように、好葉は青コーナーの上に着地し、尊顔を浮かべた。

「どうしたの? やっぱり過去の栄光?」

「ふざけやがって……」

 セーラー服の腹部は上下している。余裕ぶっているが、疲労と守勢から焦りを覚えているに違いない。

 君島はそう捉えるも、そんな小娘一人を捕まえられずにいる自分に腹が立った。小娘より息を荒げている自分の醜態が何よりも鬱陶しかった。

「おじさんは確かに強いと思うよ。私がまだ一度も攻勢に回れていないくらいだもの」

「お兄さんな」

「けど、多分、昔の方が強かったはず」

「……何だと?」

 額から血が噴き出るほどの怒りを覚えるも、否定はできなかった。

「ただ戦いたいだけなら他にいくらでも道はあったはずなのに、どうしてこんな酷いやり方なの?」

「ただ戦いたいわけじゃない。命懸けの決闘が好きなんだ。しかし、それが世間では許されない。できなくなってしまった。同情を乞うつもりはないが、俺も被害者なんだよ。望んだ生き方が叶わなかった。

 だから承知の上で外道に堕ちた。『啓示』を、疑問にも感じず受け入れた」

 何故、今更、機関の者かどうかも定かでない少女に打ち明けたのか。

 君島自身よく分からなかったが、見下ろす少女の瞳に蔑みや同情の色ではなく、理解の色があるように見えると腑に落ちた。

 決闘とはそういうものだ。命懸けならば何も飾る必要はない。たとえ小娘であれ、問われれば、答えなければ無礼だ。

(確か、そのはずだ……)

「堂々と私たちのところに来れば良かったのに」

「無理だな。おそらくだが、お前が戦うようになる前から、お兄さんは手遅れだったのだから」

「……そっか」

 格闘の技術と経験があるとはいえ、好葉はまだ高校二年生の少女。この戦いが未然に防げるものではなかったと分かり、やるせなかった。

 君島はこの隙を突くことを選んだ。

 こんなやり方で良かったのかと、考える頭も失くして。

 君島の頭部と両の拳にターコイズ色の光が宿った。

 照明と合わせて好葉の目を眩ませ、これまでが遅く思えるほどの速さで猛進、青コーナー上の好葉のハイソックスを掴みに掛かる。

 君島がそうなることは想定内だった。

 初居好葉は、摩訶不思議な発光と同時に、皮膚が人外の硬度に化ける狂人『ゴーレス』を討つ者だからだ。

 堪らず目蓋を瞑るも、好葉は迫る足音だけで君島との距離を計り、捕獲を逃れるため跳躍した。

 スカートがめくれないよう押さえつつ、君島の頭を越えて赤コーナー前に着地。足音が一度止み、それからまた向かってくるのを慣れた視界で確かめた。

 すると、拳、躱してもまたすぐ拳と予測して攻められなかった君島が、ゴーレス化により大振りになったと分かった。

 好葉は、迫り来る君島の額に棍の先端を撃ちつけようとする。

 しかし、君島は却って冷静だった。それを躱した後、好葉にこそ隙が生じると読めた。

 自身の加速からして棍はもう掴めない。防御も、後で一瞬の隙を突くのを考慮すると有効でない。

 回避一択となる。左右は……考える間もなく選択肢から消えた。

 下なら間に合う。直感した君島は直撃寸前で上半身を仰け反らせて突きを避けた。

 そこから片方の足を伸ばして好葉の腹に一発入れれば、形勢はこっちのもの。ゴーレス化した今なら軽いスタンプで痩せた腹部をより凹ませられる。

 君島は左足で体を支え、迷わず右足を突き出した。

 棍の突きなどを凌ぐ、槍の穿ちのよう。これまで数多の決闘を越えてきた勘から、君島はこの瞬間に勝利を確信した。

 ……確信であり、結果として形になったわけではない。

「いない⁉」

 仰け反ったまま首だけを起こすも、その先に獲物の姿はなかった。

 在ったのは棍の先端だけだった。

 それもおかしい。棍の先端は頭上を通り過ぎたはずで、ここに留まっていることなどあり得ないのだから。

 理解が及ばない君島こそが足元をすくわれる。

 少女の戦術が歴戦のファイターを上回った。スライディングで君島の左足を蹴り、前屈みで倒れる顔面に、留め、降ってきた棍でアッパースイングを見舞いした。

 君島の顔面を覆うターコイズが、ガラスのように砕けて散った。

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