第4話 沼の底はまだまだ見えない

「春人、ただいま」

「おかえり、桜」


 桜が仕事から帰ってきたので、玄関まで出迎えにいく。

 スーツ姿の桜はとても綺麗で、見るたびに惚れ直してしまう。


「春人、今日のご飯は?」

「肉じゃが。今から作ろうかと思って」

「やった。春人の肉じゃが大好き」


 桜が満面の笑みを見せる。

 俺の心がまた撃ち抜かれた。


 結婚した俺たちは、桜が外で働き、俺が主夫として家事をこなしている。

 俺たち夫婦には、この形があっていた。


「ああぁ、やっと明日から三連休だぁ」


 疲れを声として吐き出しながら、桜がリビングに向かい、ソファの前まで歩く。

 前屈みになって、穏やかな眼差しを見せながら。


「ただいま、心奈ここな


 遊び疲れてぐっすりと眠っている愛娘の頬をそっとつつく。

 心奈は、桜から受け継いだ、魔法少女アニメのマスコットキャラクターのぬいぐるみを抱きしめながら眠っている。


「遊び疲れちゃって。夜眠れなくなるかと思ったけど、まあいっかって。だいぶ寝てるからもう起こしてもいいと思うよ」

「ううん。幸せそうだし、もう少しこのままで」


 立ち上がった桜が、俺の元まで歩いてくる。

 額をくっつけ合ってから、ぎゅっと抱きしめる。


「明日はさ、春人のご両親が心奈を預かる、でいいんだよね」

「ああ」

「久しぶりに二人でアニメイベント行けるね。楽しみー」


 明日は『魔法少女は脅されたい』の十周年イベントがある。

 当然、俺たちも参加する。


「あ、そうだ!」


 イタズラを思いついた子供みたいに、目を輝かせながらにやりと笑う桜。

 一度リビングから出ていって、一分もたたずに戻ってくると。


「これ着た私、まだ見たい?」


 俺たちが本当の意味での彼氏彼女になった日に着てくれた、夜遊花火のコスプレ衣装を体にあてがいながら、揶揄うように聞いてきた。


「もちろん!」

 

 即答し堂々と頷く。

 そんなの、見たいに決まっているじゃないか!


「その反応、‥…もう」


 桜はちょっとだけ不服そうに、頬を膨らませる。


「昔の春人は、もう少し照れてくれたのに。そこが可愛かったのに、ちょっと残念」

「いいだろ別に。見たいものは見たいんだから。好きには正直にならないと」


 ああ、俺はいったいいつまで、桜という沼に落ち続ければいいのだろうか。


 桜がいつまでも可愛すぎるから、しょうがないね!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一番イケていた高校時代にタイムリープ出来たので最悪の未来を変えようとしたら、なぜかアニメオタクになっていた件 田中ケケ @hanabiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画