第2話 桜に嫌われ大作戦!

「よし、これで完璧っと」


 変わり果てた我が部屋を見て、満足げにうなずく。

 魔法少女は脅されたいの主人公、夜遊花火よあそびはなびのポスターを壁に三枚、天井に一枚貼り、棚には花火のフィギュアが四体、コルクボードには花火のポストカードやキーホルダー、缶バッジ等のグッズをたくさん付けてある。


 我ながら、短期間でよくもここまで集められたものだ。

 日本の経済を動かしているのはオタクらしいが、まさにその通り。


 散財する時の幸せって、マジハンパねぇから!


 俺は生活費の余りをオタ活に使うのではなく、オタ活の余りで生活する人間なのだ。

 ここまで沼るとは思いもしなかった。

『魔法少女は脅されたい』がヤバすぎるから仕方ないね…………っと、さっそくきたきた。


 ピンポーンと呼び鈴が鳴る。


 桜がうちにやってきたので、一階の玄関まで移動して扉を開けると。


「こんにちは、春人くん」


 恥ずかしそうにはにかんだ桜に、思わず見惚れてしまう。


 桜はデニムのミニスカートに、白のシャツを合わせている。

 ってか桜がミニスカートなんて珍しいな。

 というより初めて見たかも。

 どことなく色っぽいというか艶かしいというか…………でも、なぜそんな印象を抱くのだろう。


「とりあえず上がって…………あ」


 って、よく考えたら今の状況って、もはやあれでしかないじゃん!

 親のいない家に男子高校生が彼女を誘うって、どう考えても下心丸出しなやつじゃん!


 俺はようやく、高校生男子が彼女を誰もいない家に誘う意味を理解した。

 タイムリープする前は同じ家に住んでいたから何の気なしに誘ったけど……全然普通じゃないね、今の状況!


「お、お邪魔します」


 ってか、その誘いに乗ってきた桜は、今から起こることを全て受け入れているんだよね?

 可愛いの買わなきゃ、ってもしかしてあれのこと?

 だから桜はさっきから緊張してるのかぁ……って、もう考えるのやめよ。


 桜がそういうつもりでも、俺はそういうつもりではない。


 今日は桜と別れる日。


 オタクのフリをするだけが本当のオタクになってしまった、という想定外はあるが、それは些細なことだ。

 なんなら『魔法少女は脅されたい!』と出会わせてくれたこのタイムリープ減少に、俺は多大なる感謝をしている!


「ほ、本当に春人くん、一人なんだね」


 脱いだ靴を揃えなが、桜が堅苦しく聞いてくる。


「なんか、ばあちゃんに用事あるって、朝から出かけて行った」

「そっか。じゃあ今日はずっと二人きりなんだね」


 なんだこのこそばゆい会話は。

 高校生カップルの甘酸っぱさって、初めての日って、こんな致死量秘めてたの? 

 初々しさが限界突破してない?


 タイムリープ前、桜とは一緒に暮らしていたにもかかわらず、そういうことは久しくなかった。

 そのせいもあって、なんか俺もちょっと緊張してるんだけど?

 余裕を見せろ俺!

 見た目は高校生でも、中身は大人だ!

 ちゃんと優しくエスコートを……だから今日はそういうムードにはならないんだよ!


 嫌われるのが目的なんだから!


 荒れ狂う思考と正直な欲望を内に秘めながら、桜を二階の俺の部屋の前まで案内する。


「なんか、緊張と楽しみが混ざって変な感じ」

「え? 楽しみって?」


 反射的に尋ね返すと、桜は耳まで真っ赤に染める。


「あっいや、それが楽しみってことじゃなくて、春人くんの部屋がどんなのか楽しみって、あの、だから、その……」


 墓穴を掘りまくって頭から湯気が出ている桜。

 桜ってこんなにポンコツだったっけ?


 出来る女の一面しか見ていなかったから、そのポンコツさを意外に思うと同時に、懐かしさと愛おしさを覚えた。


 いや、思い出したというべきか。

 

 そして、桜に嫌われたくないという思いも。


 そうだ。

 俺は高校生の桜が嫌いではない。

 いや、なんなら大人の桜も嫌いではなかった。


 桜といることで浮き彫りになるが、一番嫌いだった


 なんて、今更自分の本心に気づいたってもう遅い。

 そもそも、今の桜をどう思っていようと、付き合い続ければ暗い未来が待っている。

 それがわかっていて桜と付き合い続けるのは、桜にとっても不幸だ。

 俺なんかよりもっといい男を捕まえて、男も見る目あるよね、って言われる素敵な女性になって欲しい。


 嫌われる覚悟は決まった。

 今日の夜は、夜遊花火に癒されるとしようか。

 本物のオタクになっててよかったぁあああああ!


「別に緊張することないから。普通の……いや、俺の趣味全開の部屋だけど」


 そう言いながら扉を開ける。

 俺の後に続いて桜が部屋の中に入り、すぐに立ち止まった。


「へぇ、これが、春人く、ん、の」


 桜の言葉が途切れる。

 俺はその違和感に気づかないふりをしながら、ベッドに腰掛ける。

 桜は顔を動かして、部屋をぐるりと見回していた。


「……趣味全開、なの?」


 恐る恐るといった感じで聞いてくる。

 俺は平然と答えた。


「ああ、俺、このアニメ好きなんだよね」

「そっか。春人くんの、これが……」


 桜が言葉を失い、ゆっくりと俯く。

 きっと、ひどく失望しているだろう。

 惚れた男が、こんなアニメオタクだったなんて。

 二次元の女にうつつを抜かしているなんて。

 普通の女子なら、秒で蛙化を引き起こす。


「そっか、私、間違えてたんだ」


 お、やっぱり俺と付き合ったことが間違ってたって気づいたか。

 嫌われるのは辛いけど、間違いと言われて桜と別れるのは悲しいけど、これしか不幸を回避する方法はない。


「そうだよね。私が間違ってた」


 床の上に、桜の涙が落ちていく。

 今すぐ抱きしめて違うんだと弁明したかったが、俺は歯を食いしばって、落下する桜の涙を目で追いかけ続けた。


 どれくらい、そんな悲しい時間が続いていたのだろう。


「春人くん」


 ようやく桜が顔を上げた。

 涙を拭い、力のこもった瞳で、俺をまっすぐ見つめてくる。

 その表情は、別れることを決断した女の顔のように、俺には見えていた。


 よし、作戦成功。

 これで俺の悲惨な未来も、桜の悲惨な未来も、変えることができた。


「ごめんなさい」


 桜が深々と頭を下げる。


 よしよし、この次は、私たち別れましょうだな。


「今から私の家に来て」

「そうそう、今から桜の家にって、え?」


 予想外の言葉に、頭が真っ白になる。


 な、なにこれ?

 どういう展開?

 桜の……家に行く?


「え? さっき俺んちに来たのに、なんで今から桜の家に?」

「私の家で、やりたいことがあるの」

「私の家で、やる?」


 やるって、なにを?

 俺んちじゃダメなこと?

 ま、まあこのアニメオタク全開部屋にはムードもへったくれもないから、そういう雰囲気にならないってのは理解できるけどさ。

 って、そうなら桜は俺に幻滅してないことになるぞ?


「あ、あのさ、俺の部屋を見ての感想とかないの?」


 動揺のあまり、不自然な質問をしてしまう。

 桜の表情は揺るがない。


「今からやることが、その感想。春人くんが勇気を出したのに、私が勇気を出さないのは間違ってると思って」

「だからどういう」

「いいから!」


 ピシャリと言われ、反論の言葉が喉の奥に引っ込む。

 桜の涙は完全に止まっており、その真剣な眼差しからは恐怖すら感じた。


「ほら、行こ」

 

 桜に手を取られ、俺は我が家を後にした。




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