3話 逃走は一閃に終わる

「チッ!クソが。」


悪態をつきながら俺は森の中を全力で駆け抜ける。転生したばっかなのにどうして走っているのかだと?決まってんだろ。後ろからデカイ熊が追いかけて来てんだよ!!

どうしてそうなったかというとだな。

転生した俺は、目を覚ました場所で5m大の熊にエンカウントしたんだ。それで思わずクソ女エリシアに向かってブチギレたんだがその大声に反応した熊がこっちに襲いかかってきたってわけだ。

んで今に至る。



足元の土を蹴散らし、枝を踏み折りながら俺は森を駆け抜ける。木々がかなり密生しているのか、時々小枝が俺の顔を掠めるがそんなことを気にしている余裕はない。後ろからは大地を揺るがすような鈍い音が近づいてくる。あの熊の足音だ。

振り返りたいのを堪え、俺はひたすら前を見つめて走り続ける。

当たり前ではあるが、どれだけ走っても足音は遠くならない。何なら近づいてきている。


「ダメだ!!絶対逃げ切れねぇ!」


思い至りたくなかったその結論が思わず口から零れ出る。

足音がかなり大きくなっている。背後を振り返る余裕なんかないから分からないがすぐ近くにいるだろう。人間の全力ダッシュの平均速度が時速15㎞程度。熊は確か時速50㎞くらいで走れる。振り切ることは物理的に不可能だ。

もし近く誰かいたのならば容易に異常に気付けるレベルで音も身体で感じる振動もでかい。


俺は急傾斜を駆け下りながら投げるものを探す。途中で木の根に足を取られそうになるも、必死に踏みとどまって走り続ける。熊は平地は早い一方、上り坂や下り坂では少しだけ遅くなる。その隙を利用し少し大きめの石を拾い上げる。そしてそれを力いっぱい投げつける。


「ひるんでくれ……」


無駄だと分かっている。それでも何かしなければ死ぬのだからせめて何か抵抗をしたい。


「まぁそうなるよな。」


結果は熊をさらに怒らせただけだった。熊は激昂したのか咆哮する。

敵対心剝き出しである。

その迫力に冷や汗が俺の背中を伝う。ヤバイ。すぐに俺は急傾斜を駆け降りると訳も分からず逃げ始める。足元はおぼつかない。かなり限界が近い。それでも生への執着が俺の身体を動かし続ける。

熊もすぐに急傾斜を降りてきて、俺を猛然と追いかけてくる。

恐怖が頭の中を占拠し、思考を遮断していく。何も考えられない。だからただ逃げる。本能の感じるままに方向さえ分からず駆ける。


「もっとだ、もっと速く!」


全身の筋肉が悲鳴を上げるのを無視して、足を動かし続ける。止まって死ぬか、動きながら死ぬかの違いなのだ。なら俺は、最後まで抗っていたい。

そう決意してさらに大地を踏み抜こうとしたとき、突然踏み出した右足がガクンと崩れる。


「うおっ!?」


罠でも、熊の攻撃でもない。単純な体力切れである。いくら気持ちが強かろうと肉体の限界は来る。俺はなんとか立ち上がろうとするも、もう遅い。足跡がやんだ。熊が追いかけるのを諦めたのか?違う。足音が止んだのはからだ。頭が痛い、足を動かそうにも震えるだけで機能しない。能力発動も意味はない。そもそも動けない時点で身体能力強化は無意味なのだ。

スポーツカーをいくら改造して速くしてもガソリンが無ければ動かない。まぁそういうことだ。


「助けてくれ......誰か.......まだ死にたくない!」


情けなく助けを求めるも、誰に届くでもなく虚空に霧散しただけだった。結局はこうなるのだ。転生したって結末は一緒だった。バイクに弾き殺されるか、熊に殺されるか。ただその違いでしかなかった。死を悟った俺は手をだらりと地面に垂らし目を閉じる。全てを諦めた俺に対して、次の瞬間熊の剛腕が振るわれる。ゴトン、と重い音を立てて落ちたのは俺の首や腕なんかではなく..........熊の上半身だった。


は?どういうこと?何者かもしくは他の生物かが、この熊を両断した。それは見れば分かる。でもいきなりすぎて脳が情報処理をしてくれない。熊に襲われて死ぬと思ってたら、その熊が目の前で真っ二つになったんだぞ?それで ラッキー!!とか思える精神構造はしていない......多分。

もしこれが人間以外の違う生物なら、俺を殺す奴が変わっただけの話だ。

そんな事に思考を回している俺は、誰かに話しかけられる。


「危ないとこだったな。無事か?」


その声の主は真っ二つになった熊の後ろからゆっくりと現れた。

オレンジの短髪に、整った顔立ち。身長は目測180cmくらいか?俺が165cmくらいだからだいぶ高い。上半身は白シャツのみで下半身は黒の長ズボンに背中にはケースのような何かがかかっている。んで肩に身の丈レベルの大剣。総じて「イケメン戦士」って感じだ。


え?ちょっと待って?

もしかしてこの人大剣の一閃だけで熊を叩き斬ったのか?化け物かよ....

おっと。ジロジロ見てる場合じゃない。まずは伝えることがある。


「助かりました。ありがとうございます。俺は.....その.....」


「おうよ!まぁ俺は普段聞こえないデケェ足音を感じたから来ただけだ。俺はここの見回りをしてる兵士なんだよ。それで敵兵かと思ってみたらお前が襲われてたって訳だ。まぁ偶然だから感謝されると変な感じだが、とにかくお前が無事でよかったよ!細かい事はここを出て飯を食いながらでも話そうぜ!出口はこっちだ。ついてこい。」


なるほど。めっちゃいい人だ。最初に出会えたのがこの人でホントに良かった。ずっと張りつめていた緊張が解けたからなのか意識が少しずつ遠のいていくように感じた。力の抜けた身体はその人が支えてくれている。

あぁ助かったんだ。よかった。

心の底から安堵していると、その人が優しく声をかけてくる。


「全く、仕方のねぇ奴だなぁ。ゆっくり寝てろよ。俺が背負ってやるから。」


その言葉に安心し、今度こそ俺は気を失った。

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