第2話

 オレは小田原に戻り、親方のもとに報告に行った。


「小次郎、ご苦労さん。きっちり仕事するあたりさすが風魔の血統と評判だぞ」


「いやいや、兄者。あれだけ優秀な部隊をつけてもらえればオレでも天下取れますよ」


「ほおお、こいつ言いよったわ。是非天下をとってもらおう。ガハハハ。ところで、この後のうつけの処遇だがいかにする」


ん?


「うつけと申しますと?」


「織田のことじゃよ。あのうつけを放っておくと調子に乗るぞ」


「織田と申しますと、信長のことでございますか?」


「そうじゃ。あの後かなり調子に乗っていると報告を受けているぞ」


そんな馬鹿な。

確かに葬ったはず。

いや、絶命したところまでは見ていない。

しくじった。


「兄者、織田家の諜報活動にオレも参加させてもらえないか」


「お主ならそう言うと思ってな。すでにお主に任せることを北条様にお許しを得ているわ」


オレは尾張に向かった。



 時は永禄四年三月、オレは三河の岡崎の地にいた。オレの知っている歴史では尾張国内を掌握した信長は三河の松平元康と同盟して美濃攻略に専念することになる。とすれば、尾張国内統一を阻止するか元康との同盟を阻止するかの二択である。普通に考えれば元康一人を洗脳した方が楽だという理由で岡崎にいるのである。


 オレの知っている歴史では、今川氏真が父の敵討ちをしないというで元康は独立したと聞いてる。だとすれば、今川と同盟関係にある北条家の力を最大限利用すればいいのではとオレは考えた。今日、小田原からの使者が到着したのだ。


 小田原からの使者の顔を見た瞬間、オレはある言葉を思い出した。『小田原評定』。

そうだ。

北条家はその元祖だった。

うっかりしてた。


「それで上はなんと?」


オレは結論がわかっているのにその使者に訊く。


「外交が絡むため少し時間がほしいと」


少しね……。

こっちは時間との勝負なんだけどね。


「承知」


オレはその使者との話を切ろうとしたが、彼は話を続けた。


「親方様からの伝言です。小次郎様の好きにするようにと」


「ああ、兄者が……。わかった。もういいよ」


オレがそう言うと、彼は消えていった。


さて、どうしたものか。

外交ルートで元康と接触できないとすると殺るか?

元康と同盟できなければ美濃に専念できない。そうなれば、うつけはただのうつけとして歴史に消えていくだろう。

よし、元康を殺ろう。


 オレは外交用に用意していた正装に着替える。北条家が陽動用にオレに与えた名前『橘左衛門佐時忠』に変身する。こんなこともあろうかと書状も準備している。出来の悪い主家をもつと部下は大変なんだよ。


 オレは難なく岡崎城に潜入することに成功した。問題はだ。オレは元康の顔を知らない。征夷大将軍になった後のあの変顔の肖像画なら知っているが……。


仕方ない。

きちんとした順序を踏んでいこう。

控えの間で元康の家臣が書状を確認した。この頃の元康の家臣の名前なんてオレは知らん。向こうも名乗ってくれたが、訛がきつくてさっぱり聞き取れなかった。こんなことなら大河で勉強しておけばよかった。

どうするなんちゃらとかね。



 オレは元康との謁見に成功する。こんなにあっさりと。まさか、世良田某ってことはないよね。まだ大名でもないのに、まさかね。そうこうしているうちに互いの口上が終わり、元康が口を開いた。


「左衛門佐殿はどちらの家の家臣かね」


「北条本家の家臣でございます。昨年まで京におりました。畿内がきな臭くなってきたために小田原に呼び戻されたのです」


「ほう、畿内で?」


「弾正殿の勢い凄まじく、今にも畿内を統べてしまう勢いにございます」


「弾正とは三好のところの弾正か……」


「左様にございます」


「左衛門佐殿、ワシのところに来ないか。ワシであればそなた程の器量の持ち主をそのような忍びのような真似はさせんぞ」


これはバレてる?


オレが黙り込んでいると元康はこう言ってきた。


「すまぬ。尾張殿から忍びには注意されよと数日前に連絡があってな」


「そういうやり取りがございましたのであれば……」


オレは諦めて立ち去ろうとする。すると、武者五人が元康の前に立ち塞がった。


「五、六、七、八人か……」


「こいつ手練れですぞ。殿をお守りいたせ」


武者の一人が叫ぶ。


「おいおい、随分舐められたもんだな。風魔小次郎を!!」



岡崎城に血の雨が降った。

やっちまった。

これではね。

待てと言われて、強引に突入して、挙げ句の果てに岡崎城を落として……。

あれ、なんだ?

確かにオレは証拠隠滅のため岡崎城に火を放ったはず。

なんだ?

煙一つ上がっていない。


何が起こったんだ。


 オレは小田原を目指して東海道を下っていく。ふと、胸元に違和感を感じ右手を胸元に持っていく。ここにあるはずがないものの感触にオレは戦慄する。オレはそれを胸元から取り出す。松平家で使った書状だ。岡崎城の件といい、この書状の件といい、オレは疲れているんだ。そう思い、東海道を歩いていった。


 小田原に着くと真っ先に親方のもとに向かった。


「小次郎すまんな。上はこんなもんなんだよ」


「仕方ありませぬ。兄者」


オレは岡崎城の一件についてどう訊かれるのかビクビクしていた。



「小次郎。ところで……」


来た。

そりゃそうだ。

あんだけ大暴れしたんだ。

なにも報告がないほど、風魔衆は甘くない。


「この後、うつけはどうする?」


ん?


オレはしばらく考え込む。


どういうことだ?


オレが黙り込んでいると親方が口を開いた。


「松平がダメなら美濃から攻めたらどうだ?」


「美濃でございますか……。義龍は間もなく病死するはずにございます。跡継ぎの龍興は……。兄者、オレは駿府に行く」


「おっ、何か思いついたな。好きにせい」


オレは駿府に行くことにした。

そう、氏真と会うために。

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小次郎転生伝 すぎやまかおる @sugiyamakaoru

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