少年と少女の昔話
㉖電車移動
土曜日の朝、僕は一泊分の荷物をリュックに詰めて家を出た。
親には初瀬の家に遊びに行ってくると伝えてある。初めて外泊する思春期の少女みたいでちょっとだけ自分に嫌気がさした。
「おはよ~めぐみく~ん」
集合場所には既にちかりさんが座っていた。地べたに。
「屋外の階段に座っていいのは小学六年生までですよ」
「そんなことないよ~。この床はみんなのものなんだよ?」
「たぶん土地の所有者のものですけど」
「誰が決めたの~? いつ~? 地球が何回回った日~?」
「マジで小学六年生じゃねえか。小学六年生の方がもうちょい大人だろ!」
相変わらずちかりさんは日本酒の瓶を抱きかかえていて、相槌を打つたびに一口飲んでいる。
「いやいや。この前小六の男の子にカードゲームで勝ったからおねえさんのほうが大人~」
「怪しいラインの話してるな」
そりゃ負けたら負けたで大問題だけど勝ったも勝ったで大問題だろ。
「だいたいどこの小学生といつ戦ったんですか」
「そりゃあ君が学校に行っている間にその辺の小学生とだよ。今もほら、ちゃんとデッキ持ってるから」
ちかりさんは鞄からカードの入ったデッキケースを取り出した。
「出すな出すな。同類だと思われるでしょうが」
「人の趣味をそんな風に言うのはおねえさん感心しないなぁ~」
「違う、趣味の話じゃなくてTPOの話をしているんだ。今は土曜日の早朝でここは道端。そんなところでデッキを見せびらかしていいのはカードゲーム漫画の主人公だけです。わかります? TPO」
「時とパショとなんだっけ」
「パショっつったか今」
「ちかりさん、メグ、お待たせ、オケイショ~ン」
「いまおはようのフリしてなんか別のこと言ったな、おはよう、伊原」
「伊原ちゃんおはよ~」
僕たちの背後から伊原がひょこっと顔を出した。
制服じゃない伊原を見るのは新鮮だった。田舎の山道を意識したのか歩きやすそうなスニーカーとパンツルック。赤みがかった髪の毛は後ろで結んでいて、暖かそうなコートに負けずスポーティーな印象を受ける。
しばらく見惚れていると「見すぎ」とジトっとした目で突っ込まれた。
「いや、制服じゃないの新鮮だなあって」
「何も「いや」じゃないのよ。逆接になってないじゃない、順接。見すぎ」
「いまの「いや」は否定の嫌じゃなくてドイツ語の「ja」」
「屁理屈ばっかりうまくなっちゃって。カノちゃん悲しいよ」
僕たちは三人で改札をくぐって電車に乗った。
途中の乗り換えでボックスシートに座ることができたので、落ち着いて会話ができる環境になった。このまま予定通りにいけば昼前には最寄りの駅につけそうだった。
そこからバスでの移動がもう少しあるけれど。
最寄り駅に着くまで数時間。僕は意を決して、デイズ関連のことを聞くことにした。
今を逃すと、一生この件に触れられないような気がして。
「伊原さ、デイズの話――昨日の話について聞きたいんだけど」
「なあに?」
まるで学校のイベントについて話すかのような緩いテンションで伊原は顔を上げた。
「昨日君は『あいこ』と言った。ってことは、一周目世界で君自身がどうなったかも知ってるんだよね」
「うん。全部聞いたよ、ちかりさんに教えて貰った。だからメグとちかりさんがキスをしていた理由もよく分かった。あ、そうだ。あの時は不当に怒ってごめんね」
「……不当?」
不当に怒られた覚えはなかったので僕は首を傾げた。
少し考えて、キスを目撃された直後に公園を出て行ったことを指しているんだと思い当たる。あれを不当な怒りと言い切れるメンタルが少し怖くなった。
「不当に怒られた覚えはないけど、まあ謝るなら受け取るよ。でさ、伊原」
核心に切り込んでいく。
本来なら一生言うつもりのなかったことを言う。
「僕が伊原のために世界をやり直したこと、正直どう思った」
自分の代わりに知らない人が犠牲になったことについて、伊原はどう思ったのか。それがすごく気がかりだった。
しかし伊原は何を聞かれているのかわからないと言った表情で「……?」と首を傾げた。
そのまま上を向いて口を開く。
「そりゃありがとうと思ってるけど。えっと、なに? あ、お礼? あたしになにかお礼させようとしてるの?」
「やだ~めぐみくんえっち~」
「違くて!」
伊原とちかりさん、もしかして二人並べると会話が進まないコンビか?
そもそもお礼させたいからと言ってそれがすぐえっちには繋がらないだろうが!
突っ込んでいたらきりがないので僕は首を横に振る。
「伊原のことだから、自分の代わりに見知らぬ男性が犠牲になったってのは理解しているんだよね。初瀬が言っていたトラック事故の」
彼女は小さく頷いた。電車の窓から差し込む太陽光で、特徴的な赤みがかった瞳が燃えているように見える。
「それについて、なんというか、どう思ってる?」
「質問が漠然としすぎ。だけどまあメグの言いたいことはわかるよ。罪悪感とかがないかってことだよね」
「……そう」
僕は伊原を救ったことを全く後悔していないけれど、自分が誰かの代わりに救われたと知った彼女がどう考えているのか知りたかった。
もし余計なことをするなと思われているのだったら、謝らないといけないから。
「余計なことしやがって――なんて思ってるわけがない。ありがとうしかないよ、メグ」
たっぷりと間を置いてから伊原は優しい声色で言った。
それを聞いて全身の力が抜ける。
「もちろん、あたしの代わりに犠牲になった人には申し訳ないと思うし、なんとかして犠牲ゼロで済む方法はなかったのかなとは思うけどさ。ないよ。ない中でメグはあたしを守ってくれた。だから君には感謝しかない」
「……」
よかった。
伊原にそう言ってもらえただけで、少しだけ罪悪感は薄れた。
もちろん消えるわけじゃないけれど。
そもそもデイズは僕が起こしたんだ。起こした上で、本来死ななかったはずの人を殺してしまった。それは僕が一生背負い続けるべき罪なんだ。
「だからメグ」
伊原が僕の手に手を重ねた。
上目遣い気味の赤い瞳と目が合う。
「メグが相手ならその――えっちなお礼とかも」
「ちかりさんの影響受けすぎだわ!」
僕は彼女のおでこをぺしっと弾いて座り直した。
ニヤニヤしながらお酒を飲んだちかりさんが一升瓶をゆらゆらさせながら言う。この人一昨日はあんなに凹んでいたのに、伊原と仲良くなってからテンション取り戻しすぎ。
「でも、でいずさんは伊原ちゃんが爆散させたことだし~」
「それもあんまり軽く流せる部分じゃないんですけどね」
「あとはめぐみくん本人の、理解のできないものを引き寄せてしまう体質について何かがわかれば、色々と解決だね~」
頷いてから改めて僕は、自分の過去の話を伊原とちかりさんに話した。
僕は幼少期からよく虚空と会話したりしており、理解のできないものに襲われていた可能性があること。
それがあるタイミングでなくなったこと。
タイミングで的に関係のありそうなものは、かなでちゃんという少女。
彼女は今から行く場所に住んでいた子で、親戚の集いで遊びに行った僕とよく遊んでいたらしい。
でも、かなでちゃんは亡くなってしまっていて。
僕にはその記憶が全くない。
「それ以来、理解のできないものは寄り付かなくなっていたのに、それが急にここ数日で活性化した、と。ふうむ」
ここ数日でもう四つの怪異に僕は遭遇している。
ちかりさん、デイズ、裏公園、校舎のバケモノ。
そしてちかりさん以外はすべていつ死んでもおかしくなかった。デイズに至っては一度明確に死にかけていて――伊原に救ってもらっている。
このペースで被害にあっていたら命がいくつあっても足りない。
それに、既に伊原やちかりさんを巻き込んでしまっている。今後親や初瀬たちを巻き込んでしまう危険性も十分にあるだろう。
だから僕は、原因を突き止めなければならない。
「んあ~~、お。次だね~」
伸びをしたちかりさんが艶めかしい声を出して、僕たちは電車を降りる準備を始めた。
「じゃ、いこっか」
僕は自分の過去と向き合うために、電車から降りた。
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