㉕リカバリー
僕しか知らないはずの場所に、伊原とちかりさんが立っている。
そこから導き出される答えはひとつしかない。
しかし僕はその答えが信じられず、馬鹿みたいに口を開けて「なんで?」と溢した。
「なんでって、どれに対して?」
「…………」
どれもなにも、最初から全部説明してもらいたいくらいだった。
どうしてループしたのか、いつループしたのか。
そもそも伊原とちかりさんに接点はないはずで。
「メグ、普段はそこそこ頭いいのに一回テンパると全く頭回らなくなるの、直せるなら直したほうがいいよ」
「直そうと思って直るもんじゃないでしょ」
「直るよ」
「どうやって」
僕は落ち着くためにいったん目の前の会話に集中することにした。
伊原との会話は楽しいし、勉強になる。それに付き合って自分の心を落ち着かせる。
「どれだけ物事が複雑になっても、物事には始点と終点がある。それを捉えられるようになれば――そもそもそれがあるっていうのさえ理解できれば、もう少しマシになるんじゃないかな」
「始点と、終点」
「はい、じゃああとは自分で考えて。行こ、ちかりさん」
「え~、めぐみくんに冷たくない?」
「そりゃそうですよあんな男」
「あんなに好き好き言ってたのに」
「この酔っ払い!」
伊原がちかりさんの頭をスコンとはたいて、「じゃね、メグ」と言った。
「ああそうだ。デイズは処理したから安心して。あと、あたしも明日のメグの旅行ついていくことにしたから」
「はぁ!?」
「は~い。テンパってないで頭使ってこ」
そう言い残して二人は去っていった。
デイズは処理した。彼女はサラッととんでもないことを言った。
デイズを処理したことが問題ではなく、伊原がデイズの存在を知っていることが問題である。そしてそこに、この状況を解き明かすヒントがあるように思った。
僕は伊原のアドバイスに従って、問題の始点と終点を考えてみる。
終点は簡単だ。伊原とちかりさんが二人でデイズを処理したという結果。
始点はなんだろう。
この一連の事件のはじまりは、僕とちかりさんが出会ったこと――いや、伊原がデイズに襲われたことと言えるかもしれない。
その両端から、確定している情報を埋めていく。
パズルのように思考を当てはめていく。
伊原を救うために僕はちかりさんとキスをして、ループした。
その後裏公園の事件、校舎のバケモノの事件に巻き込まれた。
両方ともを、伊原もちかりさんも知っている。
そして、デイズの巣穴を特定してループしたところを、伊原に目撃された。
伊原は僕のことが好きで――だからショックを受けて学校に来なかった。
「……待てよ、すでにおかしいところが一個あるじゃん」
さっそくサラッと流していた疑問点を見つけた。
どうして、伊原はあの時間に公園にいた?
あの公園は僕の通学路から少しだけズレた通りにあって――もちろん彼女の通学路でもない。たまたまで立ち寄るような場所じゃあない。伊原があの公園の存在を知っているのは、裏公園の話をしたからだ。
僕がこの公園で謎の女性と一緒にいることを知っていたからだ。
つまり伊原は、あの時僕たちに会いに来ていた。
結果的に不本意な形で会うことになったのは全員の計算外だっただろうけれど。
次に考えるべきは伊原華乃の思考だ。
伊原は僕のことが好きで、その好きな人が目の前で別の女性とキスをしていたのを目撃した。
瞬間移動と併せて。
果たして伊原華乃は、好きな人が別の女性とキスをしていた程度で、瞬間移動してきたという大きすぎる謎を放置するだろうか。
それはきっと否だ。
ましてや彼女は昨日校舎のバケモノに追いかけられたばかり。僕がまた理解のできないものに巻き込まれたんだとまでは想像できただろう。そして彼女は、僕が僕の意志でちかりさんとキスをしているところまで確認している。
つまり。
「伊原が今日学校を休んだのは、ちかりさんに会うためだったのか」
これで一つ目の疑問は繋がった。どうして伊原とちかりさんが一緒にいるのか。
それは、伊原が会いに行ったから。
中間地点までたどり着いた気がする。
そこで伊原はちかりさんと仲良くなったのだろう。
眼球を奪う化け物のことをデイズと呼称しているのは世界で僕とちかりさんだけだ。何故なら僕が名付けたから。
伊原がその名前を知っていたということは、まず間違いなくちかりさんから聞いている。きっとキスの理由を聞いて、ループ能力に辿り着き――デイズの存在まで知ったのだろう。
伊原が僕に対してそこまで壊滅的な態度をとっていなかったのも、キスの理由が伊原を救うためだったと理解してもらえたからかもしれない。あまり気持ちのいい考えではないけれど。
……ループ前の僕から聞き出したという可能性も一応ある。
あるが、それはいったん置いておこう。僕が彼女にデイズについてやすやすと話すとは思えないし、時間的にもそんなタイミングはないはずだ。
さて、伊原がデイズについて知ったのならば、僕がデイズと戦いに行くことを推測するのはそう難しいことではない。
一週目世界で、僕がベニヤ板を抱えて山道を全力疾走するのを見て、伊原はそれじゃ駄目だと思ったんだろう。
ここまで考えたところで、僕はひとつ重要な要素を思い出した。
そうだ、伊原は知っている。
理解のできないものも、死ぬことを理解している。
校舎のバケモノを踏み潰したことを覚えている。
だからデイズも死ぬと考え――爆殺したんだ。
確実に処理するためにはそれが一番だと考えたんだ。
爆弾をどうやって用意したのかはこの際どうだっていい。デイズを処理したという伊原の言葉だけが真実だ。
僕がデイズを殺さず封印しようという魂胆だと理解した伊原はループして、デイズを爆散させた。
僕はそれに気付かないまま一周目と同じように山道を駆け上がった。
そして、さっきのシーンに繋がる。
「……こういうことか」
これが、始点と終点を認識して順番に辿っていくということ。
伊原のアドバイスに従うことで僕は一連の流れを理解することができた。
しかし、ひとつだけわからないことがある。
どうして伊原はループしたのかということだ。
僕が封印しようとしている横から「それじゃ駄目だよ」というのでは駄目だったのか。
「……」
僕は山道を降りながら伊原にメッセージを送った。
それは、あまり考えたくない話だった。
『もしかして僕、デイズに眼球を奪われたのか?』
すぐに返信が来た。
『これであいこね。じゃあまた明日』
僕は数回瞬きを繰り返して、自分の眼球を触った。
背中に嫌な汗をかく。
ある。ちゃんと、ある。
大きく息を吐いて――
――長かったデイズの事件が完結したことに安堵した。
そして明日、僕は自分のルーツを知ることになる。
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