第5話 スキル

 この世界には魔力も魔法も存在しない。が、スキルは存在している。

 スキルには剣や鍛冶などの技能系だけではなく、魔法のような現象も具現化することが出来るのものもあり、様々な種類が存在している。


 この世界にはステータスもなく、鑑定スキルもない。だからどんなスキルを保有しているのかきちんと調べる術がないので、自分が持つ技能とスキルの区別がついている人はほぼいなかった。


 でもティリアはアンを通じて鍛錬して様々なスキルを身に着けてもいる。だからいざとなったら抜け出すことも出来なくはない。でも……。


 それは最後の手段なのよね。だって王家が所有している血統スキルが。


ーーー隷属スキル、なのだから。




「ティリア……、決意は、変わらないのね?」


 じっと私の瞳を探るかのように見つめる王妃の視線に、内心を綺麗に隠して儚く苦笑してみせた。


「ええ。申し訳ありません。もし……。もし、魔の森へ追放されて生き延びられたら、ただの平民のティリアとして捨て置いて貰えますか?それだけが……私の望みなのです」


 更に強くなる視線に、自由への渇望の本心を少しだけ瞳に乗せて真っすぐと見返す。


「……そう。分かったわ。でも、十年間きちんと務めを果たしてくれた貴方を、ただ魔の森へ放り出してその命を無残に散らすことなんてならないわ。では、貴方の意志は王へ伝えましょう」

「ありがとうございます。……お世話になりました」


 感謝の笑みを仄かに浮かべ、優雅にカーテンシーをしてみせたのだった。


 やはりただで解放なんて、してくれる訳ないわよね。断頭台への一本道から逃れるまで、気を抜かずにやりきらなければ。まだここは、自由への第一歩なのだから。




 表面上はまるで義理の親子のように、挨拶を交わし別れた。これで王妃と二度と顔を会わせることはないだろう。

 そのまま培った鉄壁の無表情に固め、離宮にある貸し与えられている部屋へと下がりただじっと待つ。

 そして、予想通りに翌日には王との謁見が決まった。



 ここが正念場ね。大丈夫。アンとティリアの努力を信じるわ。


 固い決意は無表情の下へ隠し、質素なドレスに身を包んで簡素な髪型へと整える。

 毎回のことなので、一人で身支度するのも慣れたものだ。


 そうして呼びに来た侍従に無言で案内され、とうとう王との対面へとなった。



「ティリア・プルースト。十年に及ぶ勤め、ご苦労だった。今頃はプルースト家への一斉摘発が開始されただろう」


 その言葉に無言で深く頭を垂れ、恭順の意を示す。


「よって、そなたの選択の通り、魔の森へ追放とする」

「ありがたき幸せにございます」

「……頭を上げよ」


 来た。いい、不自然にならないように目を合わせ、その瞬間に発動するのよ。


 ゆっくりとカーテンシーを崩すことなく顔を上げ、王の顔を見返す。

 目と目が会った瞬間、頭の奥に何らかの力の干渉を感知した。瞬時に私も自分のスキルを発動する。


 ーーースキル。二重思考&高速演算


 表面の意識を分割し、更にそれぞれの思考の速度を上げる。

 そして片方の表面の意識にスキルによる干渉を感知すると同時に意識をそらす。そのままとどまることなく意識をそらし続けることで、意識のほんの表面だけでスキルの干渉を受け止め切るのだ。


 よし。これなら王には私に隷属が掛かっていると思わせられた筈。アンのとの鍛錬の通りだわ。しかし、王家の業は深いわよね。鍛錬を重ねて取得したスキル以外のスキルの存在を闇に葬ることで、こういった他人の意識への干渉や魔法に似た現象を起こすスキルを取得出来なくしているだなんて。


 当然、これは諸刃の剣だ。今は国交はほぼ絶っていているがこの国以外ではスキルの存在は一般常識となっているし、鑑定ではないが確認の手段さえある。


 だから、今この国が侵略を受けたとしたら、子供の首をひねるよりも簡単に落ちるだろう。国よりも、王家は支配の永続を選んだのだ。


 まさに張子の虎よね。でも、だからこそそのことが露見しないように、執拗に監視が国中に張り巡らされているから、安易に私が平民になって国外へ逃げる、なんてことは不可能だし、それどころかこの城を出た瞬間、闇に葬られるわね。



「ふむ。残念だが、安心せい。ただ魔の森へ放り出すことはしない。きちんと案内の者をつける。すぐに荷物を纏めるがよい」

「お心遣い、ありがたく承ります」


 そのまま再度頭を下げて王が去るのを見送り、速やかに謁見の間を出て離宮へと退散した。



 さあ、ここらからが正念場よ。断頭台の一本道から絶対に逃れてみせるわ!



 

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