第3話 交渉

「ティリア……。貴方の努力は私がずっと見ていました。確かにプルースト侯爵家の悪行はもう見逃せませんが、貴方とはこの十年間、一度も接していないことは私が証明いたします。だからこそ、この選択の機会を貴方に与えることを、王も宰相も承認したのですから」



 そうか……。私は、王妃や女官長が私のことを厳しく指導しながらも、きちんと見守っていてくれることは理解していたけど、王も宰相も私の努力は認めていてくれたのね。


 そう思った瞬間、胸の奥にいいようもない温かさが溢れた気がした。ここで十年間、孤独に戦っていた私を見ていてくれた人はいたのだ。でも、それでも。


 ティリア。私はここから出て自由に生きることを望むわ。それでいいわよね?


 こくん、と心の中で頷く気配に幾分緩んだ顔を引き締め、顔を上げて真っすぐに王妃の瞳を見つめた。


「それでも、プルーストの名の元に生まれた私が王族に名を連ねることは、国民も望まないでしょう。私は国に混乱を呼び、やはりプルースト、と言われることだけは嫌なのです」


 恐らくこの最後の選択の条件は、私がプルーストの名を棄てて名目だけでも他家へ縁組して名前を変えること。それでも私の中に、唾棄すべきプルースト侯爵家の血が流れていることは覆せないなら同じことだ。そんないつ断頭台へ踏み出すのかのデッドヒートの生活なんて、もうまっぴらよ!


「……そう。でも、この選択をここで断ると……」


 王家や国家の秘事にはまだ触れてはいないが、逆に言えばそれ以外のことはほぼ学び終えてしまっている、ということ。


 だからプルースト家に私を戻す、なんてことは、初めから王家的にもありえないのだ。今回の選択は、私にたった一つだけ与えられた、正しく生死の選択なのだ。


「ええ、分かっております。私の存在が、この国の騒乱の種になることは望んでおりません」


 悪名高い侯爵家の、王妃、王子妃教育を受けて選抜を生き残った令嬢。これがどれだけ国家にとっても煙たい存在か。


 ふふふ。だって、魔の森を攻略し、人類の生息域を広げる!を唱えて三百年前に戦乱の世に名乗りを上げ、そして実際に魔の森に接していた三国を攻め滅ぼし、この大陸の覇者へと名乗りを上げた。でも……。


 実際には全く歯が立たなかったのよね。魔の森、と言われるだけあって、森へ入って一キロもいかない場所で上級魔物まで出るのだ。魔法のない世界で、人相手なら勝てた軍事国家でも、そんな森を切り拓くことは夢物語でしかなかった。


 だがその事実を隠さなければ、他の国に攻める口実を与えることになるので、この三百年、他の国とは最低限の国交しかもっていない。

 当然国境は常に緊張状態であり、そこには国の精鋭部隊が派遣されている。そのせいで更に魔の森の攻略から遠のき、今では逆に人の生存域は狭まっているのだから。


 そんな我が国から、悪名高いとはいえ侯爵家、さらに王妃、王子妃教育を修めた令嬢を外の国へと嫁がせる訳には万が一でもいかないのだ。


 しかも、プルースト家は外国と繋がっている疑惑から、そろそろ粛清される筈なのよ。よく私、今まで始末されなかったわよね。きちんと教育も他の人と同じように受けさせて貰っていたし。


 まあ、そこには悪意もしっかり混じっていたが。そのせいもあって私は何倍もの課題を出され、必死になってこなしたことでついに最後の候補まで残ってしまったのだ。本当に皮肉なものだ。



「私の望みはプルースト家の連座を避けることです。プルースト家の断罪の折には、私を今までの功績をもって魔の森への追放、で収めていただけませんでしょうか」



 そう。これが私の望み、断頭台から逃れるたった一つの道なのだ。



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